第67話 海
雨は一切止む気配を見せず、降り続いている。凄まじい雨粒の中、傘も差さず崖の上から海を眺める人物がいた。
その人物は、美衣子だった。
美衣子は荒れ狂う海を思い詰めた顔をして見詰めながら、ゆっくりと、しかし確実に何かを覚悟していた。
彼女は幼い頃から海が好きだった。力強い波の音。その音は時々とても優しい音へと変わり、人々の心を癒す。
美衣子は瞼を閉じて、もうこの世にはいない、雪山との思い出を呼び起こす。とにかく素敵な事ばかりだったあの頃。まだあれから数ヶ月しか経っていないはずなのに、雪山が生きていた頃の事が酷く遠い昔の記憶のように思えた。
そっと瞼を開き、瞳の中に雨が落ちてくるのも構わず空を見上げた。それから口を開いて、空に向かって呟く。
「ごめんね……」
雪ちゃん、るぅちゃん、瑠夏ちゃん、京子ちゃん、奈々ちゃん、お母さん、お父さん。こんな私のわがままを、どうか、どうか許してください。
美衣子は力強く目の前を見据え、1歩、また1歩と海の方へ足を進めた。雨に濡れた衣服はとても重く歩き難かったが、そんな事は気にならなかった。
「今まで有難う……」
弱虫な私を支えてくれて、護ってくれて、ありがとう。
瞳を閉じる。美衣子の頬に、雨と共に涙が流れた。地面を打つ雨の音が沢山の拍手や歓声に聞こえて、今までの自分の頑張りを認めてもらえたようで、少し嬉しかった。
すぐ真下に海が見える場所まで歩いたところで、美衣子の足が震えた。美衣子は首を横に振って再び海を見詰めると、自分の腹を抱き締めるように押さえた。
美衣子は大自然の拍手に身を包まれながら、海に向かって身を投げた。
塩分を多量に含んだ水の中へ落ちた瞬間、美衣子は自分の顔の筋肉が緩むのを感じた。理由は解らない。ただその瞬間、ひたすら幸せな気分だった。
荒れた波が強く美衣子の体を跳ね上げ、美衣子は岩盤へ叩き付けられた。瞬間、脳内がスパークしたような衝撃を感じたが、体が海の中へ引き摺り込まれるところまで、意識があった。塩水の中で目を開いていても不思議と痛くも辛くも無く、美衣子はそのまま安らかな気持ちで両目を閉じた。




