第64話 秘密
美衣子は涙を頬に光らせたまま床に座り込んでいた。こんな事、あの3人にも、ましてや、親にも言えない。言ってしまえば最後、美衣子の人生は今以上に大きく狂ってしまうだろう。
あの3人に相談すればきっと堕ろす事を薦められると思う。無論、お腹の子には悪いが美衣子だってあんな男の子供を生みたくはない。
しかし親にバレれば必然的に、誰の子供だと訊ねられるだろう。雪山の子であればもうとっくにお腹が大きくなっている頃だし、雪山以外に特別親しい男性など、美衣子にはいなかった。そうすれば、嫌でも美衣子はあの男の存在を話さなければいけなくなる。
いくら酷い事をされたからといって、美衣子があの男を殺したことには変わりがない。あの男を殺めた事が知れ渡れば、美衣子は普通の女子中学生としての立場を失う。それだけはどうしても嫌だった。
美衣子は今までいろいろなことに耐えてきた。前向きに生きようとしてきた。それなのに普通の女性として生きる権利すら奪われたら、一体これからどう生きれば良いのだろう。
泣きながら顔を上げると、目の前に置いてある写真立てが目に入った。涙を拭き、その写真立てをそっと手にとる。その写真には、幸せそうに微笑む美衣子と雪山が映っていた。
この頃は本当に幸せだった。誰よりも幸せだという自信があった。それなのに、一体どうしてこんなことになってしまったんだろう。
雪山の優しい微笑みは、いつも美衣子の心を楽にしてくれた。この笑顔が大好きだった。いつか離れるなんて考えてもみなかった。
涙が頬を伝って、雪山の微笑みの上に落ちる。その瞬間、いつかの雪山との会話が脳裏に蘇った。
「―――なぁ、美衣子。もし子供ができるとしたら何人欲しい?」
「え? ……うーん、2人かなぁ」
「なんで?」
「だって、1人だと寂しいでしょ?」
「そっか。じゃあ、結婚したら親子4人で暮らすって事だな」
「……雪ちゃん、それって……」
「あはは」
あまりにも軽すぎるプロポーズだった。美衣子はドラマや小説のようなベタなプロポーズをしてもらうのが密かな夢だったが、あのプロポーズも十分心に響き、とても嬉しくて顔が熱くなったのを今でも覚えている。
「雪ちゃん……」
写真を暫く見つめた美衣子は、写真立てからその写真を取り出して大事にポケットの中にしまうと、携帯電話に手を伸ばした。




