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第63話 検査

 美衣子はちょうどその頃、自室のベッドで横になっていた。最近、いくら寝ても眠い。体がだるく、何をするのも億劫だ。


(そろそろ起きなくちゃ……)


 美衣子は重い体を起こし、テーブルの上の皿に置いてある梅干を口に運んだ。


「美味しい……」


 今までそんなに好きではなかった梅干が、近頃とても美味しく感じるようになった。梅干だけで食事を終えた美衣子は皿をテーブルに置いたまま、すぐにその場にごろりと寝転がった。


「うー……頭痛い……」


 小さく呟いて、瞳を閉じる。だんだん意識が遠のき、まさに意識を手放しそうになった瞬間。


「!」


 突然の吐き気が美衣子を襲った。慌てて跳ね起き、トイレへ向かう。


「っげほ、げほっ!」


 美衣子は何度か嘔吐し、ようやく少し治まったところで息を吐いた。実は、ここのところ突然激しい吐き気や目眩に襲われるようになったのだ。


「……」


 美衣子はごくりと唾を飲み込んだ。少し前から体に違和感を感じ始めていたが、やはり、この体調はおかしい。あまり考えたくなかったが、もしかすると……。

 トイレから出て、押入れに手を伸ばす。開くのが怖い。それでも決意し、恐る恐る押入れを開けた。押入れの中には、布団の他にたった1つだけ、ある物が入っていた。それは小さな長方形の箱。1週間ほど前に薬局で購入したものだ。

 妊娠検査薬。

 それがその物体の名前だった。

 美衣子は大きく息を吐き出し、深く吸い込み、その箱を見つめた。そして心の中で何度も何度も祈り続けた。今自分が考えている事が、どうか思い過ごしでありますように、と。

 意を決して、検査薬を持ったまま再びトイレへと向かった。扉を閉める最後の瞬間、硬く硬く両目を瞑って。


***


 数分後、美衣子は弾かれたようにトイレから飛び出した。髪の毛を両手でぐしゃぐしゃと掻き回し、奇声を発しながらその場へ蹲る。

 美衣子は心の中で神へ批判を浴びせていた。

 神様なんていない。絶対に信じない。仮にもし神がいるとしたら、存在している神はきっと死神だけなのだ。そうでなければ自分をこんなに酷い目に遭わせるはずが無い。

 トイレの扉に頭をぶつけ、泣き叫ぶ。何度も、何度も。鈍い音がして、額が赤くなっていく。それでも自分の頭を扉に叩きつける。とうとう額が切れて、血が滲んだ。

 嘘だ。夢だ。有り得ない。こんなことがあって良いわけが無い。

 美衣子は壁に爪を立てながらずるずるとその場にへたり込んだ。


「お願い……夢なら早く醒めて……」


 春風美衣子 14歳、中2。検査結果は“陽性”だった。

 彼女の胎にいる赤子は、言うまでもなくあいつの子供なのだろう。美衣子に限り無い恐怖を与え、美衣子の全てを奪った、あの男の。


「うっ……うぅ……っひっく……」


 憎らしい。恨めしい。死してなお、あの男は自分に苦痛を与え続けるのか。しかしあいつはもうこの世にいない。何故なら、自分自身の手で殺めてしまったのだから。

 美衣子は握り拳をつくり、床を力一杯叩いた。きっと下の階の人が迷惑そうな顔をしているだろう。でも、そんなことどうだってよかった。他人の痛みや苦しみなど、自分に比べればなんて事はない。


「うわあああん! あああああ!」


 泣き叫び、床や壁を力一杯殴る。5分ほどその状態で泣き続けていると、大家と隣人が部屋の扉を叩いて怒鳴り、注意してきた。それでも美衣子は鍵を開けることはなく、ひたすら部屋の中で暴れ続けた。


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