第60話 疑惑
手を洗い終えると、美衣子は突然3人が寝ていた布団に倒れ込み、そのまま寝息を立て始めてしまった。
その美衣子を取り囲むようにして座り、3人は顔を見合わせる。
瑠夏は美衣子の血まみれの服に一瞬だけ視線を振って、見てはいけないものを見てしまったかのように慌てて目をそらした。そして、震えている自分の手をもう片方の手で押さえながら、掠れた声で呟いた。
「この血、誰のなんだろ……」
奈々は目を伏せて黙っていたが沈黙に耐え切れなくなり、瑠夏の問いに小さな声でこう答えた。
「……わからないです。帰ってきたら血塗れで、美衣子さんは放心状態で……聞ける状態ではありませんでした」
京子はそれを聞きながら、泣きそうな声で呟いた。
「でも普通に考えるなら、あのストーカー男の血なんじゃないの? だって、美衣子はあいつに会うために出かけたんだし……」
その考えに瑠夏も頷いて、そっと美衣子の髪の毛を梳いた。
「うん、あたしもあいつの血だと思う。だけどこれ、すごい量だよ。これじゃあまるで、人を殺した時、みたいな……」
京子と奈々は、瑠夏の言葉で黙り込んでしまった。実は2人もそう考えていたのだ。
もしかすると、美衣子はあの男を殺してしまったのではないだろうか、と。
3人は美衣子から少し離れ、顔を近づけて声を落とした。
「でもさ、もしそうだったとして、どうして殺しちゃったんだろう。美衣子、けじめをつけるって言ってたけど、もしかして最初から殺すつもりで……?」
「違うんじゃないかな。計画的犯行だったら多分着替えとか用意していくと思うよ? こんな血まみれで帰ってきたら不自然じゃない」
「そうですよね。もしあの人を殺したんだとしたら……」
そこで一旦言葉を切り、奈々は美衣子をちらりと見て続けた。
「美衣子さんにとって耐えられないくらい恐ろしいことがあったのかも……」
「……」
暫しの沈黙の後、瑠夏が潰れたような声で唸った。
「耐えられないような恐ろしいこと……」
奈々は慌てて両手を横に振ると、唇を噛んで膝の腕に両手を並べた。
「奈々には何もわかんないです。だから、話は美衣子さんが目を覚ましてから聞きましょう」
その言葉に残りの2人も賛同し、美衣子の目が覚めるのを待つことにした。




