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第53話 決断


 美衣子の脇腹に包丁が突き刺さり、血が滴り落ちた。それを見た瞬間、京子は大きな悲鳴をあげ、両手で顔を覆った。


「み、美衣子! 大丈夫?」


 瑠夏が慌てて駆け寄り、美衣子の傷口を診る。……出血は大分酷い。だが、深く刺してはいないようだ。それを見て少し安心した瑠夏はすぐさま美衣子の傷口を止血することにした。部屋の隅に置いてあった救急箱を取ってきて、中から消毒薬とガーゼ、包帯を取り出す。

 美衣子は泣いていた。脇腹を押さえ、血まみれになった自分の手を見つめて。


「痛い……痛い、痛いよぉ……」

「美衣子、落ち着いて。大丈夫よ、大丈夫だから」


 瑠夏は優しくそう呼びかけながら手当てを続けた。涙目になった京子は、その場に座り込んで大声で泣き叫んだ。


「ごめんね……っごめんね美衣子……! あたしたちのせいで……っこんな事になって……! ほんとに……本当に……ごめんね……、でも……でもあたし嫌だよ! 美衣子が居なくなっちゃうなんて……絶対に嫌……。……っお願いだから……お願いだからもう……自分を傷つけたりしないで!」

「京子……ちゃん……」


 息もするのも苦しそうに、美衣子は京子の方を見た。


「……あたしたち、美衣子をいじめてた。だけど、もう美衣子にこんな事して欲しくないの……。美衣子がいなくなったら寂しいよ。それに、凄く辛い……。雪山先輩がいなくなって美衣子が悲しんでいるみたいに、私たちも凄く悲しい思いをするの」


 美衣子の手当てをしながら、瑠夏が涙声でそう言った。美衣子は視線だけを瑠夏の方へ動かして、ゆっくりと瞼を閉じた。


(私は……生きてて……いいの? ねぇ雪ちゃん……)


***


 美衣子の手当てが済むと、京子は美衣子の片手を握りながら首を傾げた。


「ねぇ、美衣子? ……あのさ、どうして……急に……自殺なんてしようとしたの?」


 言葉を選びながら話しているのか、京子の視線は宙を泳いでいる。美衣子は暗い顔をして唇を噛んだ。……昨夜の出来事が鮮明に脳裏に浮かび上がる。


(話すべきなの……?)


 ……そんな疑問が、ふと頭の中に湧いた。

 数分後、美衣子は顔を上げ、決意を固めたかのように3人の顔を見つめた。そして……震えながら、昨日の出来事を包み隠さず話し始めた。

 あの男が、初めて見る人物ではないことも話した。3人は真剣な眼差しで美衣子を見つめ、黙ったまま話を聞いていた。

 全て話を聞き終わった時、京子がテーブルを強く叩いた。大きな音。テーブルは衝撃を受けて大きく揺らいだ。京子の瞳には涙が溜まっている。ぶるぶると体を震わせながら、美衣子の両手を強く握り締めた。


「……あたしだって、そんな事があったら、絶対死にたくなる。きっとその男を恨んだよね。―――でも、大丈夫。ちゃんと解決できる。その男は放火犯であり、思い込みの激しいストーカーでもあり、殺人者でもある……法的にも裁かなければならない男だよ。だから、警察に相談しに行こう」

「……」

「このまま野放しにしておくわけにはいかないよ。ね、美衣子?」

「…………うん」


 美衣子が頷くのを確認した京子は、すぐさま立ち上がり美衣子の手を引いた。


「行こう、美衣子! このマンションの直ぐ傍に、確か交番があったよね。そこでまずは相談してみよう。一緒に行ってあげるから、頑張って全部話そう!」


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