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第45話 単独行動

 3人と別れた後、涙は商店街を歩いていた。左手で髪の毛、そして右手で携帯電話を弄りながら。

 ふと前方を見ると 深く帽子を被った太めの男が辺りを見回しながら此方へ歩いてくるのが見えた。その男は涙の真横をそそくさと通り過ぎていく。

 涙は横目でその顔を確認し、ふふっ、と小さく笑った。

 携帯電話を閉じて、その男の後ろへと駆けていく。そして、男の背中を、何度か優しく叩いた。


「ねぇ、おじさん」


 男は酷く慌てた様子で振り返った。それは、嫌というほど見覚えのある、あの太った男の顔だった。


「初めまして。あたし、美衣子の親友なんだけどさ、……突然だけど、聞くね。……おじさん、美衣子の家に火をつけた犯人でしょ?」


 男は慌てて逃げようと身構えた。が、しかし涙はにっこりと笑って首を横に振ってみせた。


「あ、大丈夫よ。あたし、おじさんを警察に連れて行こうなんて思ってないから。ねぇねぇ、そういえば、雪山先輩を線路に突き落としたのもおじさんだよね? あたし実はあの駅にいたんだぁ。だからおじさんの顔も記憶しちゃってるんだよね」

「うん……ぼ、僕が落としたんだ……。でも、実はそのせいで警察に追われて困ってるんだ」

「ふ〜ん……。じゃあ警察に捕まる前に、美衣子から預かった伝言伝えなくっちゃね」


 涙のその言葉に、男の瞳が輝いた。本当は美衣子に伝言など預けられてはいないが、涙はこれから綿密に練った“ある作戦”を実行しようとしているのだ。


(その作戦にはこいつの協力が必要不可欠だもんね……。この辺りをうろうろしてるって“裏板”で情報があったから来てみたけど、こんなに早く接触できるとは思って無かったわ)


「……ね、おじさん。教えて欲しい?」

「うん、是非お願いするよ」

「んっと……教えてあげても別に良いんだけどさ、今いくら持ってる? 財布の中身次第で教えてあげる」


 その言葉を真に受けたらしい男は、慌てて汚いポケットから財布を取り出した。そして、その財布を丸ごと涙に手渡した。財布は大きく膨れている。小銭の擦れあう音もした。……大分大金が入っているらしい。


「え、これ全部貰って良いの?」

「うん。全部いいから、早く教えて!」


 きゃあ嬉しー! とワザとらしく黄色い声を上げた涙は、すぐさま、傍の公園のベンチを指差した。


「じゃ、あそこでゆっくりお話しよっか」


***


 公園のベンチに腰掛けた涙は 男に“嘘で固めた伝言”を伝え始めた。


「おじさん、こないだ雪山先輩を線路に落としたでしょ? それで先輩死んじゃってさ、美衣子、かなり嬉し泣きしてた。あのおじさんに、本当にありがとうって言いたい、ってさ。でも丁度携帯が壊れちゃってて、伝えられなくて困ってたよ」


 男は鼻息を荒くしながら目を輝かせている。あまりにも単純すぎて、涙は小さく鼻で笑ってしまった。


「……と、まぁここまでが伝言なんだけどね。財布ごとくれたお礼に、秘密の事を教えてあげる。でもこの事を言ったって事は、美衣子には内緒だよ?」

「え? ……う、うん。何だい?」


 疑う事すらしてこないオヤジに向かって、涙は更に口から出任せを言い続ける。


「お葬式が済んだ後、『美衣子はあのおじさんと付き合うんでしょ?』って聞いてみたの。だけど美衣子はね、『ううん、できる限り利用したら捨てるつもり』……って言ってたの。いくら親友でもあの発言は酷いと思ったから、一応、報告しておくね」

「……み、……美衣子ちゃんが、本当にそんなことを言っていたのかい?」

「うん。これは事実よ。だって、ちゃんとあたし目の前で聞いたし」

「い、いくら美衣子ちゃんだとしてもその発言は許せないよ。僕の事を散々利用して、警察に追われるようになったら捨てるって事?」

「う〜ん……まぁ、そういう事なんじゃない?」


 表では深刻そうに話してはいるが、内心で涙は笑いを堪えるのに必死だった。すっかり涙の言葉を信じてしまっている男は、悔しそうに唇を噛み締める。それを見た涙は心の中で飛び跳ねて喜んだ。……計画は順調に進みつつある。


「……美衣子ね、家が全焼して今まで入院してたんだけど、今日からアパート暮らしするんだって。しかも学校があるからアパートには1人暮らしらしいのよ。両親はちょっとだけ離れた祖母の家に泊まるんだってさ。ねぇ、おじさん。……これってチャンスじゃない?」


 涙はそっと男の手を握って、男の顔をじっと見つめた。男は涙の言っている言葉の意味が分からないらしく、首を傾げている。涙は男の耳に唇を寄せ、小さな声で、妖しくこう囁いた。


「美衣子を自分のものにしたいって思わない? 今ならあたしも協力してあげるよ?」


 ようやく涙の言葉の意味を理解したらしい男は、眉を顰めた。


「でも……そ、それは流石にまずいんじゃないかな……。犯罪になっちゃうし……」

「何を今更! あいつのせいでおじさんは殺人犯なんだよ? このくらいの報復、当然でしょ!」


 男は涙の言葉を聞き、暫く躊躇ったが、小さく頷いた。

 涙はそっとほくそ笑み、心の中で美衣子の傷ついた表情を思い浮かべた。ずっと頭に描いてきた美衣子の絶望の表情が、だんだんリアルになっていく。この計画が成功すれば、夢にまで見た美衣子のあの表情を現実で拝むことが出来るのだ。


「それじゃあね、あたし、ちゃんと計画考えてきてあげたの! 今から教えてあげるから、ちゃんと最後まで聞いてね? ……」


 涙は、男に自分の考えた作戦を全て話した。男は必死に涙の計画に耳を傾けている。作戦を話し終わり、涙はにっこりと微笑んで、ちゃんとこの計画を実行するように釘を刺した。


「じゃあ今夜、あたしの言ったとおりに行動してね? そうすれば絶対に失敗しないから。……だから今夜は頑張ってね! あたしも応援してるから」


 メールアドレスと携帯電話の番号を交換した2人は、“計画”を隅々まで頭の中に叩き込んで 別れた。

 計画の実行日は今夜。もしも涙の目論見が成功すれば、美衣子の心はきっとこの上なく傷つくだろう


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