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第44話 亀裂


(美衣子の泣き顔。美衣子の叫び声。美衣子の涙。……ああ、最高だわ!)


 妖しく笑っているのは、言うまでも無く葉山涙だった。その隣に立っているのは、瑠夏、京子、奈々の3人。いつもどおりの“美衣子イジメ”の主犯メンバーだ。


「ねぇ、るぅ。火葬場行こ? もうみんな移動しちゃったよ」


 瑠夏がそう言って涙の服の袖を、少し強く引っ張った。その時、袖が持ち上がって手首の傷跡が一瞬見えてしまい、瑠夏は慌てて涙の袖から手を離した。


「ご、ごめん!」


 が、しかし、涙はにたにたと笑みを浮かべたまま、瑠夏の方を向いた。


「別にいいわよ。あ、そうだ。あたし、もう帰るね」

「え? 帰る、って……」

「涙さんは火葬場に行かないんですか?」


 涙は奈々の質問に対して、ケタケタと笑い声をあげた。

 

「あはは、何言ってるの、行くわけないでしょ? 雪山は死んだし、美衣子の苦しむ姿を見たかっただけだから、もう今日の目的は果たしたわ」


 笑い転げている涙の姿を見た3人は、信じられない、と言いたげな顔をした。そして、なにかおぞましいものでも見るような目を涙に向けた。その視線に気づいた涙が、ピタリと笑いを止めて3人を睨みつける。冷たい目だった。


「……何よ?」


 瑠夏は慌てて目を伏せて、涙と目が合わないようにした。それから、小さく首を振り、ぽつりと呟く。


「何でもない」


 おずおずと、京子が軽く首を傾げて、涙に尋ねる。


「えっと、それじゃあ、涙は帰るんだよね?」


 涙はその問いには答えず、小さく頷いた。京子が“もう美衣子をいじめるのはやめよう”、と言い出した頃から、涙は京子にだけ微妙に冷たい。


「奈々たちは一応火葬場に行くので、ここでさよならですね」

「うん、そうね。それじゃ、また学校でね〜」


 学校の先輩が……、しかも以前好きだった人が亡くなったというのに、涙はいつもどおり、いやいつもよりも明るく笑って手を振っている。なんだかその笑顔がとても恐ろしくて、思わず瑠夏たち3人は顔を見合わせた。


「ちょっと待って、るぅ!」


 瑠夏が涙を引き止める。


「ん、なに?」


 涙はすぐさま振り返って明るい笑顔を見せた。瑠夏は静かに深呼吸をしてから、今までずっと気になっていたことを涙に尋ねた。


「あのね、るぅ。美衣子の家が火事になったり雪山先輩が転校することになったり……、あと、雪山先輩が亡くなったこの3つの事件ってさ、実はるぅが裏で何かを手回ししたとか、っていうことは無いよね?」


 京子と奈々も、顔を強張らせて涙の顔をじっと見た。涙はその問いに対して少し考えるような素振りを見せたが、直後、瑠夏に向かって満面の笑みを浮かべた。


「さあね。まぁ、ご想像にお任せするわ。……あ、でも、」


 涙は再び歩き出しながら、3人の方は振り返らず、明るい声を出した。


「……次は美衣子がいなくなったら、面白いと思わない?」


 涙は高らかな笑い声を上げながら、3人から遠ざかっていく。3人はただ呆然と立ち尽くしていた。涙の姿が夕焼けに呑み込まれてしまうまで……。

 涙の姿が視界から消えたその瞬間、奈々が声を震わせながら小さく呟いた。


「……い、今のって、どういう、意味ですか……?」


 京子は首を大きく横に振って、頭を抱えてその場に蹲った。体が小刻みに震えている。あまりの恐怖で体が動かなくなってしまったのだ。


「るぅ、おかしいよ……! 一体どうしちゃったの……?」


 瑠夏は震えながら両手で自分の髪の毛を鷲掴みにして、怒鳴り声をあげた。


「もういいじゃん……! 雪山先輩は居なくなった。それでもう十分すぎるんじゃないの? それなのに、今度は美衣子をこの世から消してやろうっていうの?」


 3人は小さく集まり、周りに聞こえないくらいの小さな声で囁きあった。


「るぅさんは異常です! 奈々たちはもう、ついていけませんよ!」

「ねぇ、瑠夏。私たち、このままるぅと一緒にいて大丈夫なの……?」

「そんなこと訊かれたって、あたしにだってわかんないよ! 大体、ちょっと美衣子をいじめれば、るぅの気も済んでまたすぐにみんなで仲良くできると思ってたんだもん! こんないきすぎたことまでするなんて思ってなかったからあたし、……協力、したのに」


 今まで美衣子にしてきたことが、突然後悔と罪悪感に変わり、3人に重くのしかかってきた。京子は泣きじゃくり、奈々は口を閉ざしたまま蒼ざめている。瑠夏は堅く閉ざしていた口を、静かに開いた。


「……あたしたちが、今、するべきこと、って……なんだと思う?」


 京子と奈々は顔を上げて、2人で顔を見合わせた。


「……するべき、こと?」

「……美衣子に対して……あたしたちが今からでも、出来ることって……なんだと思う?」

「……」


 3人はあることを決意し、火葬場へ続く道を走り出した。

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