第43話 葬儀
3日後、雪山拓正の葬儀が行われた。葬儀の会場には沢山の、人、人、人。どれほど雪山が沢山の人に愛されていたか、すぐに理解できる大人数だった。
彼の遺影を胸の前に抱えて泣きじゃくっているのは、2日前に病院から退院してきた美衣子。美衣子は泣きながら』何度も何度も雪山の名前を呟いている。
「雪ちゃん、雪ちゃん……」
幾ら泣いても美衣子の涙は枯れなかった。3年生のクラスメイトたちが1人1人、彼に最後のお別れを言い、そして彼女である美衣子は、花に包まれた彼の、硬く閉じられた瞼を見て更に悲痛な泣き声をあげた。
「雪、ちゃ……ん……」
(雪ちゃんは死んじゃったんだ。本当にもういないんだ。世界中どこを捜したって、もう二度と会えないんだ)
美衣子の涙が、綺麗に死に化粧された雪山の頬に、ポツポツと落ちていく。熱い涙が零れても、雪山の頬に赤みがさすことは、もう二度と無い。
ふと思い出したように、美衣子は喪服のポケットを探った。そこから取り出したのは、涙たちに切られそうになったあの財布だった。
「1ヶ月記念日に雪ちゃんが私にくれたお財布、ちゃんと大事にしてたよ。……でもね、これを見てると辛くなるから、一緒に持っていって? 私がいつかそっちに行く時のために、大事に預かっててね……」
美衣子は棺桶に眠るその安らかな顔をしっかりと目に焼き付けて、涙を拭い、そっとその蓋を閉じた。しかし未練は消え去ることは無く、美衣子の瞳には再び涙が溢れ出した。美衣子は棺桶を抱き締めるようにして、大声を上げて泣き崩れた。
「雪ちゃん……! 大好きだよ、今もこれからもずっと大好きだよ。私がいつかそっちに行く時まで、私のことを忘れないで……。私も、絶対、雪ちゃんのこと、忘れないよ……」
雪山の母が、そんな美衣子を後ろから優しく抱き締めた。彼女の目もまた、美衣子のように赤く腫れ上がっている。
「美衣子ちゃん、拓正の事を想ってくれてありがとう。こんなにいい彼女がいるなんて、あの子は本当に幸せ者ね。……一緒に、拓正にお別れを言いましょう」
美衣子は小さく頷いて、泣きながら棺桶から離れた。それを見計らったかのように、手際よく棺桶は霊柩車に積み込まれていった。
霊柩車が長い長いクラクションを鳴らす。美衣子はそれを黙って聞いていた。
そして泣き腫らした目でにっこりと微笑んで、遠ざかっていく霊柩車に向かって手を振った。
「ばいばい、雪ちゃん! また、きっと、どこかで……会える、よね……?」
やっとの事でそう叫んだ美衣子は嗚咽を洩らし、顔を両手で覆った。雪山の母の隣に、いつの間にか美衣子の母が立っていた。美衣子の母は、美衣子の手を握って、赤くなった目を擦った。
「美衣子、雪山さん、……、送り出してあげましょう……拓正くんを」
「うん……分かってるよ、お母さん」
「ありがとうございます……、春風さん」
会場に集まっていたほとんどの人が、車で火葬場へ移動する準備を始めた。雪山のクラスメイトたちも次々と自分の家の車に乗り込んでいく。美衣子も母に手を引かれ、車に乗り込んで火葬場へと向かった。
その時、遥か後ろで美衣子の家の車を見送り、嬉しそうに微笑んでいた1人の女が居ることを 美衣子は知らなかった。




