第41話 死
美衣子が目を覚ますと、病室の天井が見えた。
(……夢だったんだ、良かった。変な夢だったなぁ。やけにリアルな夢だった)
ベッドから起き上がったその瞬間、美衣子の瞳から止め処なく涙が零れ落ちた。夢だったのに、夢だったはずなのに、涙が止まらない。背中を丸めて泣きじゃくる美衣子の背後から、遠慮がちな声がした。
「美衣子ちゃん」
振り返ると、そこには笑顔の雪山が……、
「雪ちゃ……」
けれど、雪山とその笑顔は一瞬で消え去ってしまった。その代わりに目の前には、哀しそうな顔をした看護婦さんが立っている。
「看護婦さん……」
「目が覚めたのね、美衣子ちゃん……辛いと思うけど、雪山君にお別れを言いにいきましょう」
美衣子は少し赤くなった目を擦りながら、不思議そうな顔をして看護婦さんを見上げた。
(……最後のお別れ? 何言ってるんだろう。看護婦さん、疲れのせいでおかしくなっちゃったのかな?)
「雪ちゃんはどこにいるんですか? お見舞いに来るって言ってました。今日も来てるんでしょう?」
美衣子は段々声を荒げながら看護婦さんの服を掴んだ。その必死な瞳は焦点が合っていない。
「……」
看護婦さんは何も答えてくれない。寂しげな目をして美衣子を見つめるだけだった。美衣子の傷口に注意しながら、看護婦さんはその細い腕を優しく掴んだ。
「行きましょう、美衣子ちゃん」
「や……っ待って! どこに行くって言うんですか……っ!」
強い力で引っ張られながら美衣子は涙声をあげた。心の奥底から恐怖心が湧き上がってくる。
(雪ちゃんは死んでない。生きてる。それなのにどうして不安になるんだろう? どうしてこんなにも怖いんだろう?)
暫く廊下を歩き続け、途中で看護婦さんが足を止めた。目の前にある部屋……それは遺体安置室だった。
命を失くした人間が暫くの間休ませられる場所、それがこの部屋。美衣子は震えながら首を大きく横に振り続ける。唇が真っ青だった。
その部屋の前に立っていた院長先生と目が合った美衣子は、大声で泣き喚いた。
「嘘つかないで、院長先生! 雪ちゃんは生きてる! 今も元気なの……。だって、だって、雪ちゃんは私を護るって言ってくれたんだよ?」
看護婦さんが美衣子と院長先生を交互に見て、そっと院長先生の耳元で囁いた。
「あの、先生……どうしましょう?」
「仕方が無いさ、恋人が亡くなったんだから……」
院長先生は、ゆっくりと美衣子の傍へと歩み寄った。美衣子は院長先生を睨みつけるようにして歯を食いしばっている。
「美衣子ちゃん」
先生はゆっくりと、でもしっかりと、小さな子に言い聞かせるように、話し始めた。
「命あるものは、必ず土に還る時が来るんだよ。それは分かるね?」
「……」
美衣子は何も答えない。しかし、美衣子の瞳には涙が溜まっていた。
「この世に生まれてくる者がいるなら勿論、土に還る者もいるんだ。それがこの世界での掟なんだよ。今日はたまたま雪山君が土に還ることになった。この世界から消えることになった。いくら生きたいと思っても、変えられない運命っていうものはどうしても存在する。僕は医師だからそういう人を沢山見てきた。それでも、運命っていう歯車は決して止まらない。今この瞬間にも、命は燃え続けているんだよ。君の命も僕の命もね」
「そんなの……違う……! 雪ちゃんはずっと私を護るって言ってくれた。……私をずっと護ってくれるんだよ……っ」
「うん、そうだね。雪山君は約束を破っていないよ。彼は、美衣子ちゃんの心の中に生き続けていくんだ。そしてこれからもずっと、君の事を護っていってくれる」
院長先生の言葉に美衣子の心の中の、どこかの糸がプツリと切れた。雪山が本当にこの世から居なくなり、自分の傍から消えてしまったという事実を、突然心が認めてしまった。美衣子は泣きながら院長先生に抱きつき、大声を上げて泣きじゃくった。
「雪ちゃん、雪ちゃん、雪ちゃん! うわああああん!」




