表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/83

第41話 死

 美衣子が目を覚ますと、病室の天井が見えた。


(……夢だったんだ、良かった。変な夢だったなぁ。やけにリアルな夢だった)


 ベッドから起き上がったその瞬間、美衣子の瞳から止め処なく涙が零れ落ちた。夢だったのに、夢だったはずなのに、涙が止まらない。背中を丸めて泣きじゃくる美衣子の背後から、遠慮がちな声がした。


「美衣子ちゃん」


 振り返ると、そこには笑顔の雪山が……、


「雪ちゃ……」


 けれど、雪山とその笑顔は一瞬で消え去ってしまった。その代わりに目の前には、哀しそうな顔をした看護婦さんが立っている。


「看護婦さん……」

「目が覚めたのね、美衣子ちゃん……辛いと思うけど、雪山君にお別れを言いにいきましょう」


 美衣子は少し赤くなった目を擦りながら、不思議そうな顔をして看護婦さんを見上げた。


(……最後のお別れ? 何言ってるんだろう。看護婦さん、疲れのせいでおかしくなっちゃったのかな?)


「雪ちゃんはどこにいるんですか? お見舞いに来るって言ってました。今日も来てるんでしょう?」


 美衣子は段々声を荒げながら看護婦さんの服を掴んだ。その必死な瞳は焦点が合っていない。


「……」


 看護婦さんは何も答えてくれない。寂しげな目をして美衣子を見つめるだけだった。美衣子の傷口に注意しながら、看護婦さんはその細い腕を優しく掴んだ。


「行きましょう、美衣子ちゃん」

「や……っ待って! どこに行くって言うんですか……っ!」


 強い力で引っ張られながら美衣子は涙声をあげた。心の奥底から恐怖心が湧き上がってくる。


(雪ちゃんは死んでない。生きてる。それなのにどうして不安になるんだろう? どうしてこんなにも怖いんだろう?)


 暫く廊下を歩き続け、途中で看護婦さんが足を止めた。目の前にある部屋……それは遺体安置室だった。

 命を失くした人間が暫くの間休ませられる場所、それがこの部屋。美衣子は震えながら首を大きく横に振り続ける。唇が真っ青だった。

 その部屋の前に立っていた院長先生と目が合った美衣子は、大声で泣き喚いた。


「嘘つかないで、院長先生! 雪ちゃんは生きてる! 今も元気なの……。だって、だって、雪ちゃんは私を護るって言ってくれたんだよ?」


 看護婦さんが美衣子と院長先生を交互に見て、そっと院長先生の耳元で囁いた。


「あの、先生……どうしましょう?」

「仕方が無いさ、恋人が亡くなったんだから……」


 院長先生は、ゆっくりと美衣子の傍へと歩み寄った。美衣子は院長先生を睨みつけるようにして歯を食いしばっている。


「美衣子ちゃん」 


 先生はゆっくりと、でもしっかりと、小さな子に言い聞かせるように、話し始めた。


「命あるものは、必ず土に還る時が来るんだよ。それは分かるね?」

「……」


 美衣子は何も答えない。しかし、美衣子の瞳には涙が溜まっていた。


「この世に生まれてくる者がいるなら勿論、土に還る者もいるんだ。それがこの世界での掟なんだよ。今日はたまたま雪山君が土に還ることになった。この世界から消えることになった。いくら生きたいと思っても、変えられない運命っていうものはどうしても存在する。僕は医師だからそういう人を沢山見てきた。それでも、運命っていう歯車は決して止まらない。今この瞬間にも、命は燃え続けているんだよ。君の命も僕の命もね」

「そんなの……違う……! 雪ちゃんはずっと私を護るって言ってくれた。……私をずっと護ってくれるんだよ……っ」

「うん、そうだね。雪山君は約束を破っていないよ。彼は、美衣子ちゃんの心の中に生き続けていくんだ。そしてこれからもずっと、君の事を護っていってくれる」


 院長先生の言葉に美衣子の心の中の、どこかの糸がプツリと切れた。雪山が本当にこの世から居なくなり、自分の傍から消えてしまったという事実を、突然心が認めてしまった。美衣子は泣きながら院長先生に抱きつき、大声を上げて泣きじゃくった。


「雪ちゃん、雪ちゃん、雪ちゃん! うわああああん!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ