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第29話 疑惑

(はーぁ……何なのよこいつ。今のこいつは、目障り以外の何者でもないのよね)


 あたしはこっそり溜息を吐いてから、くるりと振り返ってにっこり笑った。雪山に連れて来られたのは、あたしたちの教室から大分離れた廊下。少し昔のあたしだったなら、こいつにこんな風に呼び出しされたら、きっと嬉しすぎて倒れてただろうな。


「どうかしたんですか? 雪山先輩。あ、もしかして美衣子からあたしに乗り換えるとか?」


 からかうようにそう言って笑い声をあげたが、雪山は何も言わず、俯いている。あたしの顔からも笑みが消えた。


(え? ……まさか、本当に?)


 でも、それは勿論あたしの勘違いだった。雪山は何故か憎しみのこもった瞳であたしを睨みつけると、静かに口を開いた。


「美衣子の家が火事になった」


 ……それを聞いた瞬間、思わずあたしは言葉を失い両目を見開いて、両手で口元を押さえた。


「えっ?」


 流石にあたしも驚いた。美衣子の家が、……火事?


「……そ、それで、美衣子は? まさか、死……」

「いや。運よく助かって、今病院で治療を受けてる」

「嘘……でしょ? 火事だなんて。どうして、そんな……」


 まさか、あのヲタク男の仕業? 美衣子に拒絶されて、逆上したのかもしれない……。もしそうだとしたら、もしかしてこれ、あたしの責任? 


(―――……っそんな。あたしは、ちょっと美衣子を懲らしめてやろうと思っただけなのに……)


 蒼ざめて両手で顔を包み込んだその時。強い力で雪山に肩を掴まれ、壁に押し付けられた。頭を壁に打ち、ごつんという音が自分の耳に届く。


「いったぁ! 何すんの?」

「……お前、しらばっくれんなよ!」

「は……っ何言ってんの? 意味わかんないんだけど……」

「お前だろ? 美衣子の家に火ぃつけたの!」

「…………はあ?」


 その言葉に、あたしの頭の中の何かが切れた。怒りと憎しみと、それから強い殺意が、あたしの中に芽生えてきた。


「ふざけんじゃないわよ!」


 あたしは雪山の腕を振り解き、彼の胸を思いきりどついた。勝手に犯人扱いされて、物凄く腹が立っていた。鈍い感覚と共に苦しげな雪山の声が聞こえ、雪山は反対側の壁に頭を叩きつけて……ずるずると、倒れた。


「えっ?」


 頭を叩きつけたときの音が酷く大きな音だったので心配になり、恐る恐る雪山の肩を掴んで揺さぶる。


「ちょ、ちょっと。大丈夫?」


 まさか死んでしまった? そう思って唇を引き結び、脈をはかる。


(……ああ、なんだ。生きてるわ)


 安心してほっと息を吐き出し、気絶している雪山の横顔を見ていたら、突然、先程と同じ怒りの感情が込み上げてきた。


「……」


 何の根拠も無いくせに、あたしを疑ってたんだよね。少しだけ、ほんの少しだけ美衣子の事を心配してやったのに……。犯人扱いは無いんじゃない?

 力一杯殴っておいてやろうか。握り拳を作ってそう考えたとき、ふと、頭の中にいい考えが浮かんだ。


(そうだ……、こいつ、受験生なのよね)


 そういえばこのあいだの痴漢騒ぎで、受験がちょっとだけ危くなったらしいと聞いた。それじゃあ、もっと受験を危なくする事件を起こさせてやろう。

 あたしは雪山の体を、すぐ近くの写真部の部室へと運び込んだ。現像室の扉を開け、更にその中に雪山を押し込む。そしてテーブルの上に放置されていたカメラを片手に持って、雪山に向かって笑みを浮かべた。


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