第27話 病室
目が覚めたら、私はベッドの上に横たわっていた。白い天井に、きつい薬品のにおい。……保健室の時と、良く似ている状況だった。
―――ただ、大きく違うのは、足も手も包帯だらけなところだ。少し動かしただけで、物凄く痛い。
痛みに顔を歪めながら寝返りを打ったとき、誰かが室内に入ってきた。薄いピンク色の看護服を着たその人を見たとき、私はここが病院なのだということを理解した。
「春風さん、まだ体は痛みますか?」
優しくそう尋ねてくる看護婦さん。私はゆっくりと首を縦に振った。
「それじゃあ、痛み止めと点滴、増やしたほうがいいかもしれないわね」
看護婦さんが、手に持ったカルテに何かを書き込んでいく。私は虚ろな瞳で自分の腕に突き刺さった点滴の針を見つめた。
「怖かったわね。お家は残念だったけど、あなたが無事で良かったわ。命より大切なものは、ありませんからね。今、お母さんに連絡入れたところ。そろそろ来て下さると思うわ。だからもう少しゆっくり休んで……」
その時、看護婦さんの言葉を遮るような大声が病室内に響いた。
「美衣子!」
「!」
慌てて視線を動かすと、そこには顔面蒼白で息を切らしている雪ちゃんがいた。雪ちゃんは、泣きながら私のそばに駆け寄って、包帯の巻かれた私の片手にそっと自分の手を乗せた。
「良かった……っ美衣子が、無事で……! 俺、心配で、……心配で……っ」
(雪ちゃん……)
嬉しさで胸がいっぱいになり、私はいつの間にか涙を流していた。心の中があたたかい気持ちでいっぱいになる。私は片手をそっと雪ちゃんの頬に当てて、喉を震わせた。
「雪ちゃん、あり……が、とう……」
その瞬間、雪ちゃんが目を大きく見開いて私を見た。雪ちゃんの瞳に移る私の目も、大きくなっていた。今の声は……、耳に届いた、酷く懐かしく感じた今の声は……紛れも無く、私自身のものだ。私は笑みを浮かべて雪ちゃんに抱きつき、嬉しさに悲鳴をあげながら叫んだ。
「雪ちゃん! 雪ちゃん、ありがとう! 声が、声が出たよ!」
「美衣子……っ良かったな!」
「うん、……うんっ……」
抱き合って大声で泣く私たちに気を遣ってか、看護婦さんはにっこりと微笑んで、病室から出て行った。
暫くして、落ち着いてから、雪ちゃんが急に真面目な顔つきになり、少し辛そうに私の両手を包み込んだ。
「そういえばさ、美衣子。お前の家、……のことなんだけど」
「……うん。どうしたの?」
「警察が調べたら、灯油の臭いがしたらしいんだけど」
「……えっ?」
灯油? ……私の家は、ストーブを使ったことは一度も無い。それなのに、灯油の臭いがした。……それは、つまり。
「……あれ、放火だったって、こと、なの?」
怒りと悲しみで、声が震えた。自分自身で自分の体を抱きすくめて、恐怖に身を縮ませる。
「どうやら、そうらしい」
雪ちゃんは静かにそう言って頷いた。
「そんなの、……許せない、よ! だって、私、……大好きだったのに! 思い出がいっぱい詰まった、大好きな、家だったのに……」
泣き崩れる私の肩を抱き、雪ちゃんは真剣なまなざしで私を見つめて、言った。
「美衣子。絶対、犯人捕まえてやるから。俺が、美衣子の笑顔を取り戻すから」
「え、でも、雪ちゃ……」
「だから泣くな。……な?」
雪ちゃんは私の頭を撫でて優しく微笑み、小走りで病室から出て行った。私は激しい痛みを堪えながら体を起こし、必死に手を伸ばして、声を搾り出した。
「雪ちゃん、待って……」
待って。今はただ、雪ちゃんに傍にいてほしいのに……。お願い、行かないで。なんだかわからないけど、すごく嫌な予感がする。




