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第25話 恐怖

 転がるように玄関内に入ってしっかりと鍵を掛け、玄関の扉にもたれ掛かり、呼吸を整えた。


(こ、怖かったぁ……助かって良かった……)


 大きく息を吐き出したその時だった。……背中に、大きな衝撃がはしった。


 ドンッドンドンドンドン!


 私は体を強張らせ、慌てて扉から離れた。すごい勢いで何度も何度も扉が叩かれ、ドアノブが回される。扉が壊れてしまいそうなその凄まじい力に、私は更なる恐怖心を掻き立てられた。鍵を再び確認し直してから、チェーンをしっかりかける。額ににじむ脂汗を手の甲でぬぐいながら、小さな覗き穴に右目を押し当てて外を見た。


「!」


 私は瞬時にその場から飛び退いた。……自分の荒い息遣いと扉を叩く強い音だけが耳に届く。もし今声が出せたなら、私はこのとき聞いた事も無いような大声で悲鳴をあげただろう。言うまでも無く、今扉を叩いている人物は先程の中年男性だった。


(どうして……? どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないの?)


 泣きながら、私は玄関から離れた。とにかく、警察を呼んでもらおう。今は声が出せないから、誰かにメールで助けを求めて―――……。

 自室のゴミ箱から携帯電話とバッテリーを取り出し、電源を入れる。玄関の扉を叩く音は未だに聞こえている。恐怖で頭がおかしくなりそうだった。

 両親にメールをしようと思ったその時、電話が振動した。驚きで、小さく肩が跳ねる。


【新着メール受信 1件】


(誰だろう……? ……ううん。もう、誰でもいいから……助けて!)


 それは見た事の無いメルアドだったが、私は無我夢中でそれをクリックした。その瞬間目の前に表示された文章に、私は口元を押さえた。


《どうして逃げたりしたの? 僕は君に何もしないよ。早く出てきてよ。君の顔が見たいんだ。君の声を聞きたいんだ。……》


 私はそこまで読んで、そのメールを削除した。体の震えが止まらない。歯がカチカチと音を立てる。このメールは、もしかしなくてもあの男が送ってきたものだろう。


(でも、どうして私のアドレスを知ってるの……? 嫌だ、怖い……怖い……)


 また、同じアドレスからメールが来た。削除したい気持ちでいっぱいだったけれど、仕方なく、そのメールも開いてみる。


《早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ》


 携帯電話を力一杯床に叩きつけた私は、泣きながら首を横に振った。心の中が、“恐怖”という感情のみで埋め尽くされていく。


(誰か)


 床の上に、涙が零れ落ちた。


(誰か……、助けて)


 更にメールを受信し、鳴り続けている携帯電話を見て、私は首を横に振った。


(逃げたら一生このままだ。逃げたら、ずっと苦しいままだ。るぅちゃんたちにいじめられた時だってそう。そして今、この瞬間だってそう。いつまでも逃げてちゃ、ダメなんだ)


 意を決して、携帯電話に手を伸ばす。震える両手で電話を固く握り締めて、私は男のアドレス宛てにメールを作成した。


《ごめんなさい、私、あなたのこと、全く知りません。誘ったというのも、遊ぼうというのも、何かの間違いです。もうやめてください。いい加減にしないと、本当に警察を呼びます。私には彼氏がいるんです。だから、こういうことされると迷惑なんです》


 ……送信ボタンを、押した。

 ずっと携帯電話を握り締めて覚悟していたけれど、着信音は鳴らなかった。私は大きく安堵の息を吐いて携帯電話をベッドの上に置き、両手で自分自身を抱きすくめた。ずっと鳴り響いていた扉を叩く音も、いつの間にか鳴り止んでいた。

 

(―――やったよ。るぅちゃん、雪ちゃん。すごく怖かったけど、私、自分の力で危機を乗り切ったよ。これでちょっとは強くなれたのかな? 明日からはちゃんと学校に行くよ。もう絶対に何からも逃げないよ。るぅちゃんみたいな友達と、雪ちゃんみたいな彼氏がいれば何だって怖くないから……)


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