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第16話 保健室


 目が覚めたら私はベッドの上に寝ていた。かすかな薬品のにおいで、此処が保健室だと分かった。カーテン越しに誰かの声が聞こえる。保健室の先生と、るぅちゃん達の声だ。私はそっと起き上がり、カーテンに耳を押し付けて静かに目を閉じた。


「どうしてあんなことになったの? あなたたち、原因を知っているでしょう?」


 先生の声は真剣だった。でも、るぅちゃんたちが正直に白状するはずが無い。私はシーツをギュッと握り締めて唇を力一杯噛み締めた。今すぐカーテンを開けて、言ってやりたかった。“先生、私るぅちゃんたちにいじめられてるの、助けて”……そう言ってやりたかった。だけど、どうしても行動には移せない。私はまだ心の片隅でるぅちゃん達の事を大切な親友だと思っているから……。

 重苦しい沈黙が続いたかと思うと、突然、るぅちゃんの妙に明るい声が聞こえてきた。


「美衣子、なんか変だったんですよー! 危ないって言ってるのに、跳び箱をどんどん積み上げて……」


 るぅちゃんの嘘に、瑠夏ちゃんの嘘が重なった。


「そうなんです! 10段超えたときは流石に焦りましたよ〜。勿論、あたしたち、止めたんですよ?」


 瑠夏ちゃんの次には京子ちゃんが、真実味を帯びた嘘を吐く。


「なのに美衣子、『私運動音痴だから、練習しなくちゃ!』とか言って、勢いよく跳び箱に突っ込んでいって……」


 そこで京子ちゃんの言葉は途切れた。それから一息置いて、奈々ちゃんが言った。


「止める暇も、なく……。ああいうことに……なっちゃったんです」


 視界が涙でくもった。怒りで体が小刻みに震え出す。危ないなんて言ってない。止めたなんて、嘘ばっかり。みんながそうさせた。みんなが突っ込ませた。みんなが私をいじめた。


「他の子にも聞いてみてください。あたしたちの言ったことは本当ですから!」


 るぅちゃんの、自信たっぷりのその言葉。それを聞いた私の口元には、いつの間にか力の無い笑みが浮かんでいた。そりゃあそうだよね。だってクラスの女子は全員私の敵だもん。るぅちゃんの命令を聞かない人は居ないもん。


「……っ」


 私は枕に顔を押し付けて泣いた。悔しいよ。苦しいよ。辛すぎるよ……。シーツに吸い込まれていく涙と一緒に、この世から消えてしまいたかった。

 思わず涙と一緒に声が出そうになって、ふと枕から顔を上げたその時、私は自分の異変に気づいた。


(あれ? ……なんで? どうして? ……嘘だよね。こんなの……夢、だよね?)


 そっと口を開いて、これが勘違いではないと気づき、私は目を見開いて首を横に振った。


「美衣子さんは体調が良くなってから教室に戻るって事、ちゃんと担任の先生に伝えておいてね」


 カーテンの向こうに居る保健の先生がそう言うと、るぅちゃんたちの元気の良い返事が聞こえた。


「はーい! わかってます!」


 失礼しました〜、という声が聞こえて、ドアが閉まった。

 私は、ベッドの上で天井を見上げていた。虚ろな瞳から涙が流れ落ちて、シーツを濡らしていく。その状態のまま5分ほどして、先生がカーテンを開けて私の顔を覗き込んだ。


「美衣子さん、どう? 落ち着いたかしら?」


 私は涙を流しながら、黙って先生に目を向けた。私の瞳から流れる涙を見て、先生は困ったような顔をした。


「どうしたの、美衣子さん? どうして泣いているの?」


 先生……どうしよう。私、もうダメだよ。お願いだよ。気づいて、先生。


「美衣子さん?」


 何も答えない私を、心配そうに見つめる先生。

 私はベッドから勢い良く起き上がった。先生の机に手を伸ばして、筆立てからシャープペンシルを取る。机上にあったメモ帳を一枚破って文字を書き込み、それをそのまま先生に手渡した。


『先生、助けて』


 その文字を見た先生の表情が、少し曇ったのが分かった。私は、震える手で更に文字を書き込んだ。


『声が出なくなっちゃった』


 メモを読んだ先生が、慌てて立ち上がる。先生の体がぶつかって、消毒薬の入った瓶が床に落ち、音を立てて割れた。


「美衣子さん! それ、本当なの?」


 何故だかたまらなく不安を覚えた私は、先生のその言葉に、何度も何度も頷いた。

 これじゃあもう誰にも助けを求められない。叫び声を上げることもできない。もしこれからるぅちゃんたちにもっと酷いことをされて、誰かに助けを求めたくても叫び声をあげたくてもそれが出来なかったら、私はどうなっちゃうんだろう。


(私、殺されちゃうよ……)


 先程の体育の時間に言われた、“殺されてぇのかよ”という言葉が、再び脳内に蘇る。私は両手で両耳を強く塞ぎ、心の中で必死に叫び声をあげながら泣きじゃくった。

 

(嫌! そんなの、絶対に……絶対に嫌!)


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