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第15話 体育

「美衣子!」


 るぅちゃんの声に、私ははっと顔を上げた。みんなが穏やかな目で私を見てる。安心して笑みを浮かべ、みんなの元へ駆け寄ろうとしたら、体がやけに重い事に気が付いた。


「……あ、」


 喉の奥から小さく声が漏れる。体が重い。何かがのしかかっている。るぅちゃんたちの表情が急変した。鬼のような形相を浮かべたるぅちゃんたちは、私に向かって罵声を飛ばしてきた。


「早くしなよ、美衣子!」

「体育始められないじゃん!」

「この、グズ!」


 次々とあびせられる罵声を聞き、私は現実を思い出した。

 ……あぁ、そうだ。今日の体育は跳び箱なんだ。その跳び箱の準備を、私はたった1人でさせられているんだ。


「……ごめんね。今、行くから」


 鉛のように重い足を引きずりながら、抱えていた跳び箱をおろした。それを繰り返し、1段1段積み上げていく。跳び箱が重くて苦しくて、私を睨み付けるるぅちゃんたちが恐ろしくて、私は必死で涙をのみ込みながら作業を続けた。ようやく3段積み上がり、ほっと息を吐くと、るぅちゃんが突然私の背中を強く叩いた。


「きゃっ! な、何? るぅちゃ……」

「……美衣子、何してんの? もっと積みなよ」

「え? な、なんで? いつも3段って決まって……」

「いいから、ごちゃごちゃ言わずに早くしろっつーの!」

「……わ、わかっ……た」


 言われるがまま体育館中の跳び箱を寄せ集め、必死で積み上げる。その結果、体育館内にあった跳び箱は全て無くなってしまった。積みあがった跳び箱を見上げて、私は両目を見開いた。跳び箱は、私の背丈よりも随分高くなっていた。

 こんな高い跳び箱を跳べる人なんて、果たしてこのクラスに存在するのだろうか? そんな事を考えながら跳び箱を見上げていると、るぅちゃんが私の肩を叩いて笑った。


「わかってると思うけどさ、あんたが1番先に飛んでよ?」

「……え」


 思わず、私はるぅちゃんを見た。笑ってはいるけど、るぅちゃんの目は本気だった。


「ほら、美衣子」

「早く跳んでよー」


 色々な人に突き飛ばされて、私はいつの間にか列の1番前に立たされた。みんな私が飛ぶのを待っているらしく、1歩後ろに下がって私を睨み付けている。

 嫌な汗がじっとりとジャージに滲んでいく。みんなの顔が般若に見えてきた。助けを求めるようにみんなの顔を見るが、誰一人私と目を合わせてはくれなかった。


「早く跳びなよ、美衣子」


 るぅちゃんが列の1番後ろで怒鳴っている。


「そんなの無理だよ、るぅちゃん……!」


 瞳に涙を浮かべながら後ずさる私。しかし、るぅちゃんたちからの罵声は止まらない。


「いいから跳べよ」

「殺されてぇのかよ!」


 “殺されてぇのかよ”……その一言が、私の胸に深く突き刺さった。


「……っ」


 酷いよ。みんな、酷すぎるよ。

 私は目を硬く瞑り、震える足を奮い立たせて、叫び声をあげながら跳び箱へ向かっていった。わけのわからないまま、すごい衝撃が体を襲って、何かが崩れる音がした。

 気がついた時には、私は頭から血を流して倒れていた。


「……っ痛い……痛いよお……っ」


 瞳から涙が溢れ、頭から流れる血が白いマットを染めていっても誰も助けてくれなかった。みんな冷たい目で私を見ている。それどころか数人、笑ってる人さえいた。やっとその時、私は心の底から理解することができた。……私は、1人ぼっちなんだ。

 声を押し殺して、頭の痛みと胸の痛みに苦しみながら泣いていると、誰かがこちらに駆け寄ってくる足音が聞こえた。


「春風さん、どうしたの!」


 重い頭を動かすと、体育の先生が血相を変えて此方の方へ走ってくるのが見えた。

 どうしてだろう。すごく嬉しかったのに、私はその時少し先生を恨んでしまった。先生がもっと早く来てくれていれば、私はこんな事にならなかったかもしれないのに、って。


「せんせ……い……」


 声を絞り出して、泣きながら先生に手を伸ばす。先生は慌てて私の体を抱き起こした。


「どうしたの! 大丈夫?」


 上手く舌が回らなくて、言葉を紡ぐことができなかった。

 お願い、助けて先生。このままじゃ私、殺されちゃうよ……。


「とにかく、何があったのかは後で聞くわね。急いで保健室に行きましょう。……歩ける?」


 先生に支えられてのろのろと立ち上がる。足がふらふらして、眩暈がした。立っていられない。ジャージに血が付いている。血痕が点々と床に落ちている。目の前が霞み、体が痙攣する。

 倒れ込みそうになった時、体育館内に大きな声が響いた。


「先生、あたしたちも手伝います!」


 その声に驚いて、思わず振り返る。そう言ったのはなんと、るぅちゃんだった。るぅちゃんたちは心配そうな顔をして、私の方へ駆けてきた。


「美衣子……大丈夫なの? もう、あんな無茶するから……っ」


 涙目のるぅちゃんがそう言って私の腕を掴むと、他の皆も同じように私の体を支え始めた。みんなに体を支えられた瞬間、全身に鳥肌が立ち、体が震え出した。脂汗が額に噴き出し、血の気が引いていく。


「いっ……いやぁ! 離して!」


 私は叫び声を上げ、その手を振り払った。るぅちゃん達は一瞬驚いたような顔をしたあと、悲しそうに目を伏せた。

 やだ、やめてよ。その優しさも、その悲しそうな顔も、全部嘘なんでしょう? もう、惑わされるのは嫌だよ。また勘違いしてしまう。また、友達になってもらえるのかもって期待しちゃう。

 俯いて震えている私と、悲しげに俯いているるぅちゃん達。それを交互に見たあと、先生が私に尋ねた。


「どうしたの、春風さん。みんな心配してくれているのに……」


 違う。そう言おうとしたけれど、舌がもつれて喉が渇いて声が出なかった。口だけをぱくぱく動かして、また俯く。るぅちゃんが、私の腕を掴んでこう言った。


「先生。美衣子、ショックで混乱してるんだと思います。だから美衣子を早く保健室に連れていってあげてください」


 握られた手に、強く力がこもった。驚いてるぅちゃんの顔を見たら、るぅちゃんは恐ろしい笑みを浮かべて、唇だけをこう動かした。


「逃がさないわよ、美衣子」


 ……その直後、私の体からフッと力が抜けた。


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