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第14話 財布


 いつもは瑠夏と美衣子との3人組で着替えていたけど、今日からは体育の度に、美衣子は一人ぼっち。そう考えただけで堪らなく嬉しくて、思わず笑いが込み上げた。

 美衣子はどうやら鼻血が止まらなかったらしく、手洗い場のほうへ駆けて行った。あたしたちはその後姿を無言で見送った後、机の脇に掛けてあった美衣子のスクールバッグを漁って、その中身を次々と取り出していった。


「あったあった、体操服!」

「切っちゃえ切っちゃえ」


 瑠夏は躊躇う事無く体操服にハサミを入れた。一定のリズムを保ってハサミが進んでいく。京子と奈々はその様子を、息を潜めて見ていた。


「このくらいでいい?」

「まだまだだよ。貸して!」


 あたしは瑠夏の手から体操服を奪い取り、何度も何度も体操服を切り裂いた。その間あたしの脳内には、美衣子が必死に許しを請いながらもあたしたち4人にナイフで切り刻まれる、とても生々しい映像が浮かんでいた。何度も何度も美衣子は「助けて」とあたしに懇願し、あたしはニヤニヤ笑いながらみんなと顔を見合わせ、「絶対許さないから」と 美衣子を突き刺す。美衣子の生暖かい血が飛び散って、あたしの頬に付着する……。


「最高」


 あたしは無意識のうちに、そう呟いていた。

 体操服は見るも無残な布の塊と化し、完璧に二度と着る事が出来ない状態になった。しかし、幾ら待っても肝心の美衣子が戻ってこない。


「はぁ……あいつが帰ってくるまで、暇だなぁ」


 あたしの言葉に、奈々が素早く反応し、こう言った。


「……それなら、もっとやりましょう」

「え? ……もっと?」

「そう。どんどん、しちゃいましょう」


 奈々は美衣子のスクールバッグを逆さにして、上下に激しく振った。中から、美衣子の持ち物が大量に出てきた。


「この中にあるもの、全部再起不能にしてしまえば良いのです」


 奈々はバッグを投げ捨てると、ハサミを構えて目ぼしい物を探し始めた。あたしも奈々と共にしゃがみ込んで、面白そうなものを探す。鼻歌を歌いながら、色んな物を触る。リップ、鏡、ホッカイロ、飴の包み紙、MD、携帯電話、プリ帳らしきノート。色々な物が入っていたが、あたしが1番切り刻みたかったものは、いつも羨ましかったブランド物の長財布だった。見せびらかすようにその財布からお金を出していた美衣子の姿が、鮮明に脳裏に浮かぶ。あたしは湧き上がる怒りを抑えながら、そっとその財布に手をかけて、何となく中身を確認してみた。


「……あれ? これ……お金入ってる!」


 あたしの声を聞きつけた瑠夏が、真っ先に両手を差し出してはしゃいだ。


「マジ? じゃあ、じゃあさ、勿体無いから中身は貰っちゃおうよ!」


 その言葉に大きく頷いて、中に入っていたお札や小銭を出す。


「みんなで分けよ!」


 中のお金を4人で分けてから、中身の無くなった財布を掲げたあたしは椅子の上に立ち、大声を出した。


「じゃ、切ります! みんな、よく見といてね」


 京子が目を輝かせて、あたしの手に握られた財布を見つめた。


「うわー……ドキドキする!」

「ああもう、勿体ないー!」


 悲鳴に近い叫び声をあげながら、財布にハサミを入れようとした……まさに、その瞬間だった。


「やめて……っやめてよぉ!」


 教室に戻ってきた美衣子が、叫びながらあたしに飛び掛ってきた。あたしは椅子から転げ落ち、尻餅をついてしまう。


「いったぁ……何すんのよ!」


 あたしの手から財布を奪い取った美衣子は、震えながらその場に蹲って泣き出した。


「これは……やめて……! ほんとに、本当に大事なものなの……!」


 美衣子は財布を強く抱き締めた。少しだけ苛立ったけど、ふと良い事を思いつき、財布を奪い取るのは止めてやった。腕組みをして美衣子の傍に仁王立ちになり、笑みを浮かべて片手を差し伸べる。


「それじゃあその財布の代わりに、これからあたしたちに毎日100円ずつ払いなさい。4人全員に……毎日よ、毎日。学校が無い日はちゃんと1人で学校に来てあたしたちの下駄箱に入れておくこと。それが守れるなら財布の事は許してあげる。どう?」


 毎日400円の出費は痛いだろう。美衣子が蒼ざめて首を横に振る様を是非とも見てみたくて言った言葉だった。しかし、美衣子は涙を流しながら頷いたのだ。


「わかった……約束、守るから……だから許して……っ」


 土下座して懇願する美衣子。予想外の反応は思っていたより面白く無くて、あたしは美衣子を冷たく見下ろした後、瑠夏、京子、奈々に声をかけた。


「みんな、体育、行こ」


 何故か凄く腹が立った。理由はわからないけれど、やけに素直な美衣子に腹が立った。もっと泣き叫んでほしかったのに。蒼ざめて、泣きじゃくってほしかったのに。

 とんだ期待はずれだ。


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