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第12話 Crazy

 瑠夏が、「あ!」と大声を上げて窓から身を乗り出した。 あたしはその様子をみてほくそ笑む。……どうやら、ヒロインのご登場らしい。


「るぅ、来たよ! みい……」


 突然瑠夏の顔が強張ったのを、あたしは見逃さなかった。首を傾げて、瑠夏の傍に近寄る。


「どしたの?」

「ちょっ……あの、ええっと……ごめん、あの、人違い! 人違いだった!」


 明らかに乾いた笑い声を上げ、あたしに窓の外を見せまいと阻止してくる瑠夏。


「何、瑠夏ってば。変なの〜」


 無理矢理瑠夏の脇をすり抜けて、身を乗り出して窓の外を見たその瞬間、あたしの笑顔は凍りついた。奈々と京子が首を傾げながらあたしと同じように窓の外を見て、ばつが悪そうな顔をする。


「……」


 窓の外にいたのは、美衣子と……一緒に登校してきた(らしい)、雪山先輩だった。

 呆然と見ているうちに美衣子が自分の下駄箱を開けた。その瞬間、泣きながら雪山先輩に抱きつく美衣子。 雪山先輩は美衣子を強く抱きしめた後、靴に入っていた大量の泥を払い、菊の花を引き千切って、ゴミ箱へ捨てた。

 あたしは震える足を踏み締め、窓の外をじっと見つめ続ける。雪山先輩の怒鳴り声が、2階にまで聞こえてきた。


「ふざけんなよ! マジ許せねぇ! 誰だよ、美衣子にこんな真似したの!」


 通り過ぎていく他の生徒たちは不思議そうな顔をして2人を見ているけれど、先輩が怒鳴るたびにあたしの心は、深く深く傷ついた。

 雪山先輩が怒ってる……。あたしのした事に対して怒ってるの……? 

 涙がこみ上げてきて、物凄く悔しくなった。

 先輩、先輩、先輩……。大好きな先輩。あたしだっていっぱい傷ついたよ? だから、あたしの為に美衣子を怒鳴ってよ。泣かせてよ。苦しませてよ……。そうやって美衣子ばかりをかばうなら、あたしは、もっと美衣子に嫉妬してやる。もっと美衣子を傷つけてやる。


「る、るぅ……」

「その……」

「大丈夫、ですか……?」


 瑠夏と京子、そして奈々が遠慮がちに尋ねてきた。あたしは何も答えず悪魔のように目を光らせ、美衣子を鋭く睨みつける。


「3人とも、早く次の準備しろよ。あいつが来る前に、早く!」

「う、うん……」


 返事を返したのは、瑠夏だけだった。その他の2人はまだ付き合いが浅いせいか、あたしの豹変ぶりに言葉を発せなかったらしい。


「何棒立ちになってんのよ。早くしてってば!」


 あたしは立ちすくむ3人に、油性マジックを投げた。3人はなぜそれを渡されたのかすぐ理解したらしく、戸惑いながら頷いて、美衣子の机に近寄った。


「まずはコレで出来るだけ精神を削ってやろう。その後は、美衣子をもっと傷つけられるような方法を考えなくちゃね」


 あたしは薄く笑い、油性マジックのキャップを外して、机に中傷の文字を書き連ねた。それを見た瑠夏と京子、奈々もあたしの後に続く。


「……これでよしっと」


 あたしたちは美衣子の机から離れた。あたしの机に移動して、普段通り雑談を始める。だけどどうしても無意識のうちにドアのほうに視線がいってしまう。

 数分後、沈んだ美衣子の顔が、あたしの瞳の端に映りこんだ。


「来たっ……!」


 満面の笑みを浮かべて、思わず椅子から勢い良く立ち上がってしまった。しかし、次の瞬間あたしは口をポカンと開け、両目を大きく見開いた。


「る、るぅ……っ」

「あれって、もしかして……」

「……ヤバい、ですか?」


 瑠夏、京子、奈々の3人の視線があたしに集まる。心臓が早鐘のように脈打ち始めた。てのひらに汗が滲んでいく。

 美衣子の隣には、雪山先輩の姿があった。

 先輩は美衣子に優しい言葉をかけながら、美衣子を支えるようにして教室の前にやってくる。先輩が教室のドアを引いて、美衣子を席まで誘導してきた。美衣子は少し安心したような表情を浮かべていたが、机の上に書かれた文字を見て、悲鳴をあげて両目を瞑った。


「いやあああああああ!」


 静まり返る教室。泣きじゃくる美衣子を必死に慰める雪山先輩。人目も気にせず抱き合う2人……。

 それを見ていたら怒りが最高潮に達して、思わず、あたしは2人のほうへ歩き出していた。足音に気づいて此方を見る、美衣子と雪山先輩。美衣子の机を一瞥したあたしは、薄ら笑いを浮かべて、言った。


「うわぁ……かわいそー。美衣子ってば、どうしたの? これ」

「る、るぅちゃん……っこれ、誰かが……私に嫌がらせ、してるみたいで……っひっく、朝から、変なの……。靴も無かったの……っ。 どうして? なんでなの? 私……なにか、したのかな……ひっく……っ助けて、るぅちゃん! 私、怖いよぉ……っ」


 抱きついてこようとする美衣子の手を、思い切りはねつけてやった。美衣子は涙を浮かべたまま、え? と小さく声を上げる。あたしは美衣子を鋭く睨みつけて、低い声を出した。


「ねぇ……美衣子さぁ、何で雪山先輩と一緒にいるわけ? まず、それを説明してくれない?」


 美衣子はハッと息を呑み、それから制服のスカートを両手で握り締めて、途端に顔を蒼ざめた。


「あっ……こ……これはっ、あの、……その……ずっと言おうと、思って、たんだ、けど……」


 ……今更、言い訳なんて聞きたく無い。 あたしは大きく笑い声を上げて、美衣子の肩を強く掴んだ。


「あんた、裏切ったんだ? あたしの事」

「ち、違……違うの、るぅちゃん……!」

「違わないでしょ? もうあんたなんて大嫌い! 絶交よ!」


 この世の終わりみたいな顔をしてあたしを見ている美衣子から手を離し、2人に背を向けて歩き出す。


「あ、そうそう」


 途中で軽く振り返り、こう付け加えてやった。


「いちゃいちゃするなら、外でやってくれる? 教室、暖房入りすぎて暑いくらいだから」


 それから片手で、しっし、と2人を払う仕草をした。

 ……これでいい。これで反吐が出るほど嫌だった、あいつとの仲良しごっこも終わる。

 瑠夏たちの元へ駆け寄ろうとしたら、此方を見ていた瑠夏たちの表情が固まった。


「?」


 あたしはそれを不審に思い、首を傾げた。……その時。襟首を、力一杯後ろから誰かに掴まれた。


「きゃあっ!」


 その場に倒れ、振り返って後ろを強く睨みつける。そしてあたしは、ハッと目を見開いた。あたしの襟首を掴んだのは、雪山先輩だったのだ。雪山先輩はあたしを乱暴に立たせると、あたしの肩を強く掴んで、大声で怒鳴った。


「お前か? 美衣子に嫌がらせしてた奴は!」

「……はぁ?」


 その言葉に、思わず反抗的な声が出る。


「今すぐこの机綺麗に拭けよ! 土下座して美衣子に謝れ! 俺の彼女に何すんだよ!」


 美衣子が慌てて雪山先輩の腕を掴んで、甲高い声を上げた。


「雪ちゃん、ダメ! 違うよ、るぅちゃんのせいじゃない。だからお願い、そんな事言わないで。お願いだよ……っ! 私なの。私が全部悪いの。……ちゃんといえなくて、だから……っ」


 必死に雪山先輩を宥めようとしている美衣子の顔を、今すぐズタズタに切り刻んでやりたいと思った。そしてその隣で尚もあたしを怒鳴り続けている、雪山先輩の顔も……。

 気付くとあたしは先輩に向かって片手を大きく振り上げていた。先輩の頬を力一杯打ったその瞬間、乾いた音が教室内に響き渡った。あたしの手には淡く痛みが残って、それが更にあたしの怒りと悲しみを煽った。


「……っ」


 あたしは息を大きく吸い込み、涙をいっぱいためた瞳を先輩に向けて、叫んだ。


「先輩の馬鹿! どれだけあたしを傷つけたら気が済むのよ! あんたなんて大嫌い……っ。美衣子と一緒に死んじゃえば良いのよ!」


 あたしは泣きながら教室を飛び出した。瑠夏、京子、奈々が、慌ててあたしを追いかけてくる。あたしの心の中はボロボロで、どうしようもなく悲しくて悔しくて……死にたくなった。

 どうしてあたしじゃだめなのよ。どうしてあいつを選んだのよ。あんなやついなければよかったのに。そうしたら先輩はきっとあたしだけの人になったのに。

 醜く歪んだ恋心は、“とどまる”という言葉を知らなかった。だからあたしはあんな酷い過ちをおかしてしまったんだ。もしもこの時きちんと諦めることができたのなら……もしもこの時2人の幸せを願うことが出来たなら……このあとに待ち受ける悲しい運命は回避できたのかもしれない。


「るぅ、待って!」


 瑠夏に腕をつかまれ、あたしは涙目のまま立ち止まって振り返った。


「るぅ……。大丈夫……?」


 心配そうに、あたしの顔を覗き込む瑠夏。あたしは涙を拭って、平静を装った。


「……ん。大丈夫、だよ? もう、あんな男大嫌い。だけど、やっぱり……あいつらは、どうしても許せない……」

「うん……わかる、わかるよ、るぅ……。あたしたち、味方だから。るぅの、味方だからね……」

「ありがとう……瑠夏、京子、奈々……。嬉しい……」


 あたしはこのとき、強く誓ったんだ。美衣子と雪山先輩を、地獄に突き落としてやるって……。

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