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水の惑星  作者: 花押
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守役として

「おかしいな。あいつ、まだ戻ってこないのか?」



キースはいつもより帰りの遅いカインを心配していた。



「あいつ、この頃ずいぶん森の奥深くまで入っているからな。

迷ったりしていなければいいんだが」



とにかくもう少し待ってみることにした。



日が暮れることを心配する必要はない。



この星は、まるでこの島を中心とするように自転をしており

“陽の星”と呼ばれる星の光は

朝と夕に若干の翳りはあっても、暗くなることはなかった。



その点が、キースたちの住んでいた場所とは

大きく異なるところだった。



「俺も、ここに来た当初は驚いたものだ。

日が沈まないから時間の感覚を掴むのに苦労したもんだ。

だからあの時だって、俺はついムチャな動きをしちまったんだ」



キースはグレンとの出来事を思い出しながら一人呟いた。



キースの脳裏にグレンの寂しそうな笑顔が浮かんでは消えた。



グレンは・・・最後まで優しかった。




※   ※   ※




キースはグレンと住み始めて3年経ったころ、

偶然に島の西側であの北側へと向かうルートを発見していた。


当時は、今のように道の入り口のクレバスが無かったので

崖へはすんなりと行くことができた。


崖の細い道には細かい亀裂が縦に何本も走っていたが、

キースは新しい発見に興奮し、我を忘れてその道を歩いていった。


崖の細い道は、崖の頂上までで終わってしまっていたが

高いところから島を見たことの無かったキースは

そこに広がる景色に感動を覚え、すっかり時間のことなど忘れてしまっていた。




グレンは帰ってこないキースを心配した。




彼はいつもキースの保護者的存在であり、

世話ばかりかけるキースを、いつも微笑みながら受け止めていた。




キースはどうしたのか・・・?




グレンは何故だか悪い予感がした。




キースはやってはいけないということをわざわざやるところがある。


もしあの北側への道に行ったのだとしたら、大変危険だった。




グレンは急いで家を飛び出した―――






崖の細い道を数歩歩いたところで、

グレンは頂上から下りて来るキースの姿を見つけた。



(キース、無事だったのか・・・)



グレンはホッとした。



グレンはキースに声をかけた。



「キース。亀裂には十分注意するんだ。

この道は崩れかけてる。慎重に下るんだ」




キースはグレンの姿を見て笑った。


ここまで自分を心配して来てくれた彼の気持ちが嬉しかった。




「わかってるって。大丈夫だよ。ドジは踏まないって!」




キースがグレンに声をかけたその時、


キースの足元から道が崩れて消えた。




「うっ!」




キースは身体が落ちる寸前、

無意識にもがいた手で崩れた道の端をしっかりと掴まえていた。



「キース!」



グレンは我を忘れてキースの下に走り寄った。



「俺の手に掴まれ!」



グレンは右手を差し出した。



キースがグレンの手を掴んだ瞬間、今度はグレンの足元が崩れた。



「くぅっ!」



グレンがバランスを崩し、残っていた道の部分から足が下へと滑り落ちた。



二人は崩れ残った道の両側にぶら下がり、

お互いの腕一本で支え合っている状態になった。



だが、皮肉なことにグレンの足が下に滑り落ちた反動で

キースの身体は引き上げられ、

踏ん張りながらも道の上に立つことができた。



「グレン、がんばれ。俺が今、引き上げる」



キースは力を込めてグレンを引き上げようとした。



「だめだ、キース。道が崩れる」



グレンにはキースの乗っている道に

また新しい亀裂が入ったのが見えていた。



「でも・・・どうすれば・・・」



キースは途方に暮れた。



「キース。主神をお前に移す。

もう少し待ってあげたかったんだがな」



グレンは寂しそうな笑みを見せた。



「グレン、そうしたらお前は・・・」



「遅かれ早かれこうなるんだ。だったらお前を助ける方を選ぶさ。

俺がここに乗れば、道は間違いなく崩れる。

お前は生きていかなければならないんだ」



キースは涙が止まらなかった。



自分のしてしまったことへの悔し涙と、

こうなる運命をお互いに背負ってしまった悲しい涙。



「キース、泣くな。

やっとお前の笑顔がよく見られるようになったのにな・・・」



グレンの言葉は本当に優しかった。



「キース。俺と繋いでいる手の指を俺の指と絡ませろ」



キースは左手でグレンの腕を支えながら

繋いでいる右手の指をすばやくグレンの指と絡ませるようにした。



しかし、お互いに手を握っている時に比べると、

まるで力が入らない。



すぐにでも指の間からグレンがすり抜けて行きそうだった。



「グレン、力が・・・」



「すぐに済む!

今からお前に俺の気を送る。お前も自分の手のひらに集中するんだ」



グレンは目を閉じると、グッとこめかみに力を込めた。



キースの手がだんだん熱くなっていく。



やがてお互いの指の間からぼうっと白い光が立ち上ったかと思うと、

それはすぐに消えていった。



キースはグレンの顔を見た。



彼の顔は穏やかな笑みを浮かべていたが、

フッとグレンの腕から力が抜けたかと思うと、キースの指をスルリと抜けて

そのまま崖の下の深い闇へと落ちていった。




「グレン!」




キースは喉が裂けるくらいに叫んだ。


グレンの姿はもうどこにも見えなかった―――




グレンは地面を浮けるほどの主神の力で

あの崩れた崖を回避することもできたはずだった。


だが、限界の45歳が近かったグレンは

残っている“気”の力を全て主神に集中させ、キースの身体に移すことで

キースを守ろうとしたのだ。




グレンがいなくなった後、キースは崖の上から動くことができずにいた。



涙が溢れて止まらなかった。




やがてひとしきり泣いた後、キースはのろのろと身体を起こし、

崖の亀裂を越えようとした・・・




身体がフワリと浮き上がり、まるでこの星から重力が無くなったように感じる。




(これが・・・主神の力?)




キースは自分を助けようとしたグレンの気持ちを痛いほど感じ、

グレンを思って嗚咽した―――






「グレン。俺はまだお前のことが忘れられない。

お前の笑顔が取り戻せるなら、俺は何だってやれるんだ。



もう、あれから15年も経っているのに、

お前はまだ俺の心を縛り付ける。



俺はどうすればいいんだ、グレン。



俺はお前に何をしてやればよかったんだ?



あの時、お前は本当にそれでよかったのか?



教えてくれよ・・・グレン・・・」




キースはグッと唇を噛み、両手で頭を抱え込んだ。


一人になるとグレンのことばかり思った。


それはもう、15年間も続いていたことだった。




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