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水の惑星  作者: 花押
12/27

カイン ― 出発の日

 この国にいる最後の日・・・


 カインは朝からアリスと会っていた。




 昨日から泊まっていたジャンは、アリスが来たことを知ると、

気を利かせて帰ってしまった。




 アリスは目に涙をいっぱいに浮かべ、

カインを見つめていた。




 「アリス、君との約束が果たせなくて済まないと思ってる。

 お嫁さんにできなくて・・・ごめんね」



 カインはアリスを優しく見つめた。

 その瞳には、アリスへの限りない愛情が感じられた。




 カインがアリスに告白されてから今まで、

まだたいして日は経っていない。


 だが、告白と同時にアリスへの気持ちを自覚した時から

カインの“アリスへの想い”は急激に大きくなっていた。




 アリスは泣きながらカインに抱きついた。


 「お嫁さんのことはいいの。

 でも、今だけ一緒にいさせて。私だけを見ていて」



 「アリス・・・」



 カインはアリスと熱いキスを交わした。


 アリスは熱い吐息のまま、カインに身体を預けた。




 「カイン、お願い。私をあなただけのものにして・・・」




 突然のアリスの想いにカインは驚いたが、

やがて優しい口調で言った。



 「アリス。僕は君の事をとっても愛しいと思ってる。

 今だって、できる事なら君を僕だけのものにしたいんだ。

 でも、僕にはもう君の傍にいることも、守ってあげることもできない。

 だから君のためにも、その身体を大切にして欲しい」



 アリスは涙を溜めて懇願した。


 「カイン。これは私が望むことなの。

 あなたという人を全て知っておきたいの。

 だから、お願い。 私の願いを聞いて」




 「アリス・・・ごめん」


 カインは苦しそうに俯いた。


 「僕にはできない・・・」




 どうしても、これ以上アリスを傷つける事はしたくなかった。


 これが、今のカインの精一杯の愛情表現であった。




 アリスは彼の胸の中でひたすら泣いていた。




 カインは抱きしめているアリスの金髪の長い髪に

そっと頬を寄せた。




 何も話さなかった。 




 それでもよかった。







 当日は、早朝からの出発だった。



 夜も明けやらぬ頃だというのに

カインの出発する王宮の周りには

たくさんの人々が集まってきていた。



 ジャンはカインのお供役をしたいと懇願したが

カインはそれを断った。



 向こう(守の丘)でのジャンとの別れは

とても耐えられそうになかったからだ。


 それならこの土地で別れた方が

少しは気が楽なような気がした。




 カインが王宮から出ると、人々の声は最高潮に達した。




 自分はこんなに人々から慕われていたのか・・・




 カインは自分を思ってくれていた人たちに対して

感謝の気持ちで胸が一杯になった。



 みんなに“ありがとう”と言いたかった。



 でも、涙をこらえるのに必死で、

とても言葉が出そうになかった。



 後ろにはジャンが静かに寄り添うようにして歩いていたが、

彼の姿も今は見ることができなかった。




 国を隔てる門まで来ると、そこにはアリスが静かに立っていた。




 カインは素早くアリスの下へ歩み寄ると、

彼女をきつく抱きしめ、唇を重ねた。




 長いキスだった。




 カインは振り向くと、傍にいたジャンと抱き合った。


 ジャンとの別れはもう一人の自分との別れのようでもあり、

二度と会えなくなることは、心が張り裂けそうに辛かった。




 カインは初めて涙を見せた。




 今まで気丈に過ごしてこられたのが不思議なくらいだった。




 本当は泣きたかった。




 大声で泣きたかった。




 でも、今までは自分との別れのために悲しんでいる人たちの前で

泣くことなどできなかった。




 カインは今、やっと王子という重圧から

心が開放されたのかもしれなかった。




 カインは泣きながら皆のことを見た。




 だが、涙でぼやけてあまりよく見えなかった。




 カインは決心したように踵を返すと、

そのまま門を出て行った。




 後ろでジャンの叫ぶ声がした。




 カインは振り向くことをしなかった。





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