カインとジャン
カインの出発は1週間後ということになった。
王宮では、毎日盛大なパーティーが開かれていた。
これはカイン個人のためというものではなく、
選ばれた守役を称えるためのものだった。
たくさんの人々がカインを称えにやってきた。
カインは接客に追われ、またたく間に日は過ぎていった―――
出発の2日前になってから、カインは父に最後のお願いをした。
「父上。出発までの残された日を、
僕の親しい者たちと共に過ごさせてはいただけないでしょうか?
別れを惜しみたいのです」
王はカインに向かって優しく微笑んだ。
「お前にあまり自由な時間を与えてやれず、
今まで王室の行事に付き合わせてすまなかった」
王は慈しみを湛えた表情でカインをじっと見つめた。
「カイン。これからの時間は、お前が自由に使うがいい」
「ありがとうございます」
カインは深々と頭を下げた。
※ ※ ※
次の日、カインはジャンを部屋に呼んだ。
「カイン様・・・」
カインの顔を見るなり、
ジャンはカインの手を握りながら泣き崩れた。
「私はあなたに一生ついて行く覚悟でおりました。
許されることなら私もあなたと一緒に連れて行って欲しいのです」
ジャンの瞳から涙が溢れては流れ落ちる。
「あなたがいなくなってしまったら、私はどうすればよいのですか?
教えてください・・・カイン様」
ジャンはカインの顔を見ることができなかった。
悲しすぎて、自分の心がどうにかなりそうだった。
「ジャン、僕も君にずっと傍にいて欲しかった。
僕ともっと遊んで欲しかった。
でもね、離れていても僕は死ぬわけじゃない。
これから少なくても20年は生きているんだもの、
安心して」
カインはジャンの顔を覗き込むように見つめた。
「僕は君の事を忘れない。
遠くから君たちの幸せをずっと願っているから・・・。
だから君も元気を出して生きていって欲しい。
ジャン。僕の弟たちのこと、よろしく頼むよ」
「カイン・・・様」
ジャンは涙が止まらなかった。
こんな時にでも人を思いやれるカインの心が
たまらなく辛かった。
ジャンの瞳からは、まるで涙腺が壊れてしまったかのように
涙がとめどなく溢れ続けていた。
カインは穏やかな表情で瞳を閉じている。
二人は黙ったまま、ただ手を握り合っていた。
それだけで十分過ぎるほどお互いの心は伝わっていた。
その晩、ジャンは帰らなかった。
どうしてもカインの傍から離れることができずに、
そのまま一晩泊まることにしたのだ。
いつも傍にいたのに、お互いに夜を一緒に過ごしたことは
無かった事に気が付いた。
そう言えば、学校でもキャンプなどをしたことも無かった。
二人はカインの広いベッドに横になり、
とりとめの無い話をした。
小さな頃の話や失敗した話、
好きだった娘の話や誰にも言えなかった秘密の話。
お互いに知らなかったような話の連続で
二人は驚いたり、ケラケラと笑ったりした。
とても楽しかった。
やがて、ひとしきり話が終わって沈黙が流れると
カインは健やかな寝息を立てて眠りについた。
ジャンはカインの寝顔をじっと見ていた。
いつも一緒にいたのに、寝顔も見たことが無かった。
月明かりに照らされたカインの無防備な寝顔は
まるで天使のように見えた。
ジャンは先程のカインとの会話の中で
1つだけどうしても彼には言えない事があった。
それは、この胸の奥に秘めているカインへの想い・・・。
ジャンはカインの寝顔にそっと近づくと、
そのピンクの唇に自分の唇をそっと重ねた。
ジャンの瞳から、涙がまた溢れ出した。




