プロローグ
竜が姿を消し、魔法が空想の産物と呼ばれるようになった時代。人を脅かすのは魔界より現れる魔物ではなく、自らが造り上げたはずの機械であった。
惑星防衛システム、通称メルギナが人類を星に対する脅威と認識してから早一年。当初八十億を超えていた人類は約二百万人にまでその人口を減らしていた。生き残った僅かな人々は荒れ果てた都市を放棄し、当時"ダンジョン"と呼ばれていた古代の地下構造体に避難。原始的な銃火器を手に種の生存をかけて絶望的な戦いを繰り広げていた――。
ダンジョン『魔王の胎内』最深部。その深い闇の底で銃声と悲鳴が混じり合いながら、澱んだ空気を押し揺るがせている。銃声を轟かせるのは悪名高き殺戮機械、リーパーR-500。悲鳴を響かせるのは拳銃すら手元にない避難民。恐ろしく一方的な殺戮劇が始まっていた。避難民たちは凶悪な侵入者から逃れるべく、ダンジョンの奥を目指して狂ったように走る。
連続する悲鳴、飛び散る血痕。壁や床を吹き飛ばし、破壊と殺戮をまきちらしながらリーパーは狩りをする。少年ディーズもまた、そんなリーパーから逃げる避難民の一人だった。彼は迷宮の複雑な通路を上手く利用しながら、死神の魔の手から逃れようともがく。
通路を右へ左へ。すばしっこいディーズはリーパーの苛烈な攻撃を辛くもかわしていく。彼の後ろで断末魔が一回、二回――数え切れないほど。やがて声は聞こえなくなり、耳障りな金属音と石造のダンジョンが崩れるガラガラッという音だけが聞こえるようになった。他の人間は全員死んだ――嫌な予感がディーズの心を埋める。
「クソッ!!」
通路を曲がった先は行き止まりだった。黒く滑らかな石が彼の行く手を強固に阻んでいる。しかし、後戻りはできない。リーパーはすぐ近くまで迫ってきている。
ポケットに手を滑らせる。冷たい鉄の感触がそこにはあった。弾薬が乏しくなる中で配られた、唯一の武器のサバイバルナイフ。鋼鉄の怪物を相手にするには頼りないことこの上ないが、もはやこれに賭けるしかない。ディーズは覚悟を決めると、ポケットからナイフを取り出し、顔の前で構えた。
死神がその姿を現した。蟻を思わせる六本脚のフォルムで、ひょうたん型の胴体の中央には最大の武器である電磁加速砲が据え付けられている。眼は単眼でかなり大きく、そこから放たれるサーチライトが辺りを紅に照らしていた。
「前方7メルト、武装市民脅威度C。前方10メルト、未知の高エネルギー反応脅威度不明。エネルギー反応への攻撃を優先――」
リーパーの動きが何故か止まった。格好のチャンス――ディーズは姿勢を低くするとリーパーの眼をめがけて加速する。装甲に守られていないそこだけが、唯一破壊できる可能性がある場所だった。彼は腕を思い切り引くと、限界まで加速させて一気に振り抜く。刃が風を切り、リーパーのサーチアイを直撃した。しかし、壊れない。センサーを覆う透明なカバーは、恐るべき硬さを発揮してナイフを弾き返したのだ。
腕がしびれる中、青い光が見えた。電磁加速砲、掠めるだけでも命はないリーパーの最終兵器。ディーズはとっさに背をかがめたが、それでも巻き添えを喰ってしまった。彼の身体は光の洪水に溺れるが如く吹き飛ばされ、そのまま砲撃と共に壁を突き破り、その向こうへと飛び込む。
「痛ッ、ウブァ……!」
床に叩きつけられ、全身を焼けつく痛みが走った。だが、生きている。ディーズは軋む身体を無理やりに起こすと、周囲の様子を確認した。すると彼が横たわっている床が不思議と光っている。淡い光の線が黒い床の上に複雑な文様を描き出しているのだ。それはまるで、彼がずっと昔に映画で見た魔法陣のようだった。そしてその中心には、七色の輝きを帯びたディーズの頭ほどもある水晶玉が浮いている。
――なんだこれは
死が間近に迫る中、ディーズは水晶に手を伸ばした。それは冷たい無機物であるはずなのに、人肌ほどの温かさを持って彼の手を迎え入れる。そして、光が一気に溢れ弾けた。
「こんにちは、私はダンジョン商会のリリアです! よろしくお願いします、新しいダンジョンマスター様!」
光が消えた直後。いつのまにかディーズの目の前には"翼の生えた"メイドが立っていた――。