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08 死者は跳ね、生者は踊る

 間断なく響く破裂音。小隊の放つ小銃が、巨人達の暗灰色の強靭な外皮に幾つのも穴をあける。

 副長の鬼気迫る指揮によって、8体居た巨人達のうちの殆どは既に斃れている。

 小銃の放つ徹甲弾にその足を止められ、その後魔女の放つ炎槍によって止めを刺されたのだった。


 巨人が吼える。

 痛みに耐えかねて、ではない。

 痛みは怒りへと転化され、怒りは痛みを忘れさせる。

 今、巨人の頭にあるのは自分に傷みを与えた存在への怒り。

 ちょいと力を入れるだけで壊れる、餌でしかない筈のちっぽけな人間如きに傷つけられた怒り。


 つまりは怒りの咆哮であった。

 その怒気に触れた兵士たちの体が、意思に反して一瞬強張る。

 その一瞬を好機と判断したのか、巨人が咆哮と共にその筋力をフルに生かした突撃を敢行した。


 弾む鞠の如き勢いで襲い掛かる巨体。

 巨人の目には、引き裂くべき脆弱な獲物しか映って居なかった。

 その肉を今すぐ裂いて、中にたっぷり詰まった血肉を全身に浴びてやる。

 大きく開いた口から覗く乱杭歯をガチガチと噛み鳴らし見せ付けた、獲物を噛み千切るために伸びた牙の様な犬歯がそう主張する。


「避けろっ」


 仲間の声に、硬直から回復する兵士達。

 だが、この距離では回避は間に合わず、迎撃したとて巨体と勢いゆえに潰される。

 迫り来る死に、兵士達が絶望の悲鳴を上げた。


「うわああああああ!!」


 あと少しで兵士たちにその爪が届くと思われたその瞬間、空中から魔女の放った炎槍が巨人の胸板を貫く。

 下方に向けて放った槍は、巨人を心臓ごと地面に縫いとめていた。

 巨人の勢いは完全に殺されて地面に落ちる。だが、その命脈を絶たれたにも拘らず、獲物に向かって這いずろうと足掻く。

 小銃を構えた兵士たちに向かって、歯を剥き出しにして威嚇する。


 魔女が続けて炎槍を放つ。肉が焦げる嫌な匂いが立ち込めた。

 全身をひときわ大きく痙攣させ、巨人は永遠にその動きを止める。


 人間を引き裂き喰らう。それは彼ら巨人族に、否、魔物達全般が持つ本能に根ざした欲求だ。

 死ぬことすら厭わず、ただ獲物を求めて瀕死の筈のその巨躯を引き摺り、喰らおうとする様相に、兵士たちは皆、恐怖に顔を引きつらせていた。


「……こいつらはいわば斥候部隊だ。これから奴らの本隊が来るぞ」


 副長の言葉に、隊員達はうめき声を上げてその場にへたり込む。

 たったの8体。それだけを相手にしただけで、彼らは精神的に消耗していた。

捕食者達(グレンデル)の発する威圧感は、それほどまでに大きい。


「まだ幾分か時間はある。体を休ませておけ」


 隊員達にそう声を掛ける。

 思いもかけない展開の連続に疲れを覚え、副長自身も座り込んでしまいたい思いに駆られるが、エディオネル隊長に報告とこれからの指示を仰がねばならない。

 それに、と副長は考える。あの忌々しい一般人――エディオネル隊長によって捕らえられたと戦闘終了時に報告があった――にも、ひとつ隊を危機に陥れてくれた礼をせねばなるまい、と。



 ●



 それは一瞬の出来事だった。

 突然、下方から凄まじい衝撃が襲い、隆雄は空中に放り出された。


「うおおおおおおおおおおお!?」

「きゃあああああ!!」


 何が起きたのだろうか、隆雄は突然のことに混乱する。だが、その答えは簡単であった。魔女が取った高度が十分ではなかったのであろう、巨人の投げた岩のひとつが、魔女と死人の乗った魔道杖を直撃したのであった。


 空中に跳んだ隆雄は、当然の事であるが、重力に引かれて自由落下に入った。


 隆雄が下方を見やる。

 下で巨人達が手を叩いて喜んでいる中で、石を投げたであろう一人の巨人が、得意そうに吼えているのが見えた。

 昔、大学時代に後輩と行ったボウリングで、ターキーを取った後輩があんな感じでドヤ顔してたなあ……と、重力に引かれて自由落下に身を任せながら考える。


(余裕あるッスねぇ)

(そういえば、『死体が空から振ってくる』なんて小説がありましたっけねぇ)


 勝手に思考を読む二人組が脳内でなにやら言っているが、これは精神の防衛機構による物であって、余裕とかそういう事ではないのだ。隆雄は思考でそう言い訳する。

 それにしても、ホントにどうでもいいところで無駄な知識を披露する詐欺師である。

 いや、詐欺師だからこそ無駄に知識を持っているのか……まあこの際どちらでも良い。

 どちらであるにしろ、空中に放り出されたこの場面では、その知識はまったくの無駄であると言わざるを得ないのだから。


(でも、それって結局ただの現実逃避であって、根本的な問題の解決にはならないッスよね?)

(おにいさん? あたしが思うにお兄さんは死人なんだから、落ちた所でさしたる痛みもダメージも無いんじゃないですかねぇ?)

「痛く無くても落ちたら潰れて酷い事になるでしょおおおおおっ!」


 体が無い二人が好き勝手言う。だが、実際に落下してその身に風圧を受けている隆雄としては、痛みを感じなかろうがどうだろうが、落下すると言う状態自体が既に恐怖であり、田辺の言う事に頭が理解していても、感情がそれに抵抗してしまう。


「おおおおおお! たああすけてくれえええぇい!!」


 結果、落下しながら見苦しく手足をバタつかせて叫ぶ怪人物の姿がそこにはあった。


 隆雄は必死に、今まで一緒に空に居た筈の魔女を探す。

 なにやら空を飛ぶのに、隆雄の持っているらしいエーテルとやらが必要なのだと、ニムと名乗った魔女は言っていた。ならば、放り出された隆雄を拾いに来るはずである。最低でもこの物騒な岩山から逃げるまでの間、彼女には隆雄が必要な筈なのだから。その逆もまた同様であったが。


(比翼の鳥って奴ッスね、ヒューヒュー)

(いやいや西田君、それは我々のことじゃないですかねぇ……絡み合って一つになった連理の枝でもある訳ですし)

(田辺さん、それって……ウホッ)


 気持ちの悪い事をのたまう阿呆共を無視して、上方を見上げて魔女を探す。見当たらない。

 ズダ袋は思った以上に視界が制限される。左手で目の穴を固定してもう一度辺りを見回した。


 そして程なく発見する。

 ニムは、隆雄同様に空中に放り出されていた。


 必死に呼びかける。


「おいっ、魔女さんっ。おーいっ!! ニムさんっ! たすけてえええ!!!」


 だが、魔女からの反応は無い。おまけに体にも力が無く、どうやら下方からの衝撃で吹っ飛んでしまったのか手の中に杖も無い。


「え? おい、気絶してるのか!? おいいいぃぃ!!」


 このままでは、死人の隆雄はともかく、ニムは地面の染みになってしまうだろう。


 隆雄としては、知っている人間、それも一時は協力関係にあった人間が、地面に叩きつけられたトマトのようになるのは正直見たくない。というか後味が悪いし、死人が寝るのかどうかは解らないが寝覚めも悪くなりそうだ。平均的日本人の感覚としても、勘弁してもらいたい。それがたとえ、自分を燃料にしようと企む魔女だとしてもだ。


 この時、隆雄の心には恐怖は既に無く、何とか彼女を助けなければ、と言う思いに支配されていた。


 地上はもう近い。


 最悪、自分がクッションになれば彼女の命を助ける事ができるだろうか。

 焦る隆雄は、空中を必死に掻いて魔女に近付こうとした。


(飯村さん飯村さん)


 西田が隆雄に声を掛ける。


(悪いが今相手をしてる暇が無い、後にしてくれ!)

(あのッスね、飯村さん。車の中のときみたいに、体の中から何か出すなり大きくなるなりすれば、あの魔女さんを助けられるんじゃないっすかね?)


 なるほど、隆雄は頷く。彼の体の中にはどういう訳か、吸収した死人達の持っていた品々が格納されている。その中から、うまく先が輪になったロープでも出れば、彼女の体に引っ掛けて引き寄せることが出来るかもしれない。


(でも、そんなことしている時間がありますかねぇ)


 田辺の声に下を見る。地面はぐんぐんと近付いてきていた。

 確かに、うまくロープが出たとしてもそれを引っ掛けて手繰っている時間が無い。

 そんな事をしている間に、隆雄もニムも岩肌に叩きつけられてしまう。


 死人である隆雄はまだしも、ニムは生身の人間だ。この高度からの衝撃には体が耐えられないだろう。


 かといって、巨大化はやり方が解らない。

 簀巻きにされていたときは目一杯力んだら一回り大きくなっていたが、力んでなれるなら、既にもうとっくに巨大になってもおかしくない位力んでいた。


 こうなったら、時間があろうが無かろうがやるしかない。


「ロープでろ! 首吊り用のロープ出て来いっ!!」


 焦る隆雄は、そう叫んで魔女に向かって手を伸ばす。

 しかし、既に車内で打ち止めになったのか、ロープのロの字も出てこない。

 見る見るうちに迫る地面。


(人生、諦めが肝心ですよぉ? 大丈夫、死んでも生きられますって)

(それって俺たちみたいになるって事ッスよね? 女の子が潰れた姿で歩くのは可愛そうッスよ)

(大丈夫ですよ、西田君。お兄さんに取り込んでもらえばいいんです)

(!? すっげぇ、その考えは無かった! 可愛い魔女っ娘と、くんずほぐれつ一体になるとか、そりゃ一体どんなご褒美ッスか! 田辺さん、もしやあなたが神か!)


 莫迦共が脳内ではしゃぐ。


「あーっくそっ! もうなんでもいい!! 彼女を助けられる物でろおおお!!」


 やけくそになって隆雄がそう叫んだ瞬間、隆雄の体内からとくん、と脈打つ拍動が起こった。

 何が、と思う暇も無く、突然手の平を突き破って無数の赤い管が飛び出した。


「……はい?」


 思いがけぬその光景に間抜けな声を漏らす隆雄。

 そんな彼をよそに、まるで血管の様にも見えるその無数の管は、するするとニムに向かって伸びると、彼女の体を捕まえる。


 もう地面はすぐそこだ。


 呆けている暇は無い。赤い管が魔女をしっかりと掴むのを見た隆雄は、考えるのは後回しにして、とりあえずニムの体を引き寄せた。


「よし、これなら少しはマシなはず!!」


 隆雄が魔女を抱き寄せて抱え込むと同時に、今更ながらに隆雄の体が膨れ上がった。

 そしてそのまま二人は地面に激突した。

 

 重力による加速は、隆雄の体に激しい衝撃を与えた。鈍い音がして背骨が砕け、肋骨は衝撃に負けて折れ、肺に突き刺さる。頭骨が割れた感触が気持ち悪い。衝撃の殆どを己の体で受け止めた隆雄が感じたのは、痛みではなく衝撃で砕けた体の感触であった。


 ああ、俺は本当に人間じゃあなくなったんだな……

 己の体が砕けていく感触を得て、改めて己が人外であるという自覚が芽生える隆雄。

 装甲車の中で簀巻きのワイヤーを引き千切ったり、体内から赤い管が出て来たり、体が膨れ上がったりと散々人を逸脱した現象を起しておきながら、何を今更と思わなくも無いが……

 こんな事なら自我なんて戻らずに、あのまま他の死人達と共に歩き続けていればよかった。

 そうすれば、こんな岩山で自分が人外になってしまった事に悩む事も無かったのに。


 そんな考えもチラリと脳裏を掠める。


(そんなつまんない事より、魔女っ娘! 魔女っ娘ちゃんは無事ッスか!? 飯村さんっ!!)

(駄目ですよ西田君、お兄さんはこれから自己憐憫に浸るとこなんですから)


 そんな隆雄に暇を与えず、脳内の二人が混ぜっ返した。


 こ、こいつら……

 だが、確かに今ここで感傷に浸っている暇は無い。何せ、隆雄達を撃墜した巨人達がこちらへ向かってきている筈なのだ。

 ここは、さっさと逃げて身を隠すべきだろう。隆雄はそう考え、腕の中に抱え込んだニムの様子を伺った。


 左手を上げて、首を上げて覗きこむ。

 腕の中に抱えた少女は、未だ意識が戻る様子は無い。

 あれだけの勢いで地面に叩きつけられたため、彼女になんらかのダメージがあるのではないか。そう心配になるが、医学の知識が無い隆雄には、少女の体が今どういう状況にあるかさえ見当が付かない。


 とりあえず呼吸を確かめる。要は息があれば良い。そう言う結論に達したのであろう、隆雄は左手――既に赤い管は消えている――を少女の口の前にかざすと、呼吸の有無を確かめた。


 ……大丈夫、息はある。


 手の平に当たる呼気の感触に、少女が死んでいないことを確認して安堵する。

 未だ目を覚まさないのは心配だが、今の隆雄にはどうしようもない。それに、この場所に長居していると巨人達がやってくる。


 次に己の体を確かめた。厚みを増した体躯でも完全に吸収できなかった衝撃は、隆雄の肉体に深刻なダメージを与えていた。

 砕けたのは背骨だったはず。折れた肋骨も肺腑を突き破っている。痛みは無いとは言え、このままでは歩くのもままならない。

 

 どうするか、というか、これは治るのだろうか。


 ここまで考えて、隆雄は何を馬鹿な事を考えているのかと、自分の先の考えを笑い飛ばす。

 この体は人の体ではない。以前は人であったかもしれないが、今は違う。

 動けるに決まっている。自分は死人なのだ。荒野を彷徨っていた時の事を思い出せ。


 腰椎が砕けて歩いている死人が居た。

 首が取れて歩いている死人が居た。

 何より自分が、心臓が止まったまま歩いていたではないか。


 肋骨が折れた? 背骨が折れた? 頭蓋が割れた? だからどうした。


 死人が歩くのに人の(ことわり)は必要ない。


 必要なのは死人の理だ。

 重要なのは隆雄の意思だ。

 隆雄が動けると、そう思えば屍の体は動くのだ。


 隆雄は、ニムを抱えたままゆっくりと上体を起こした。死肉の体はいつの間にか元の厚みに戻っていた。


(大分解ってきたじゃぁないか)


 どこかで誰かが、嬉しそうに囁く声が聞こえた気がした。



 ●



 体を起こしたまま右腕に目をやる。ひき潰されてボロボロの、相変わらずの右腕――今は布を巻いて傷口を隠してある――だった。隆雄は右腕に動け、と意思を込めた。


 ビクリ、と一度大きく震える。よしよし、更に意思を込め、動けと念じる。果たして、潰れた右腕は隆雄の意思に応じて、その動きを取り戻した。


「やった!」

(おー、おめでとうございます)

(これでまた一歩野望に近付いたッス)


 何の野望だ。隆雄は苦笑して顔を上げた。 


 巨人と目が合った。


「おおおお!?」


 思わず叫ぶ。巨人はその醜い顔をクシャリと歪ませて――多分嗤ったのだろう、棍棒を振り下ろした。


 慌てて少女を抱えたまま横に転がる。先ほどまで隆雄が居た場所に石――というより岩で出来た棍棒の頭部が叩きつけられる。石で出来た地面は盛大な破砕音を立てて割れ、放射状にひび割れる。


「うあったったたああ!」


 圧倒的な暴圧に、隆雄は意味の無い叫びを上げる。そのまま、下半身に力を入れて立ち上がった。


(飯村さん、右から来るッスよ)


 西田の声に思わず右を見る。そこには、姿勢を低くして両手を突き出した巨人が、歯を剥き出して威嚇しながら突っ込んでくる姿が見えた。


「なっ」


 素早く辺りを見渡す。ズダ袋が視界を邪魔する。


「あー、鬱陶しいっ」


 顔のズダ袋を右手で掴んで毟り取る。袋は目の穴から破れて、隆雄の顔面が剥き出しになった。


 隆雄は、小脇に抱えていた少女を、落とさぬようにしっかりと抱えなおすと、近くにそびえ立つ石柱に向かって跳躍する。リミッターの外れた、死人の筋力任せの跳躍は、少女を抱えてさえも3メートル近い高さの跳躍を可能としていた。


「ぶっつけ本番だが……赤い管出ろおおっ!」


 動くようになった右の手を突き出す。隆雄の声に答えたかのように右手の平から噴き出すように伸びる管を、石柱の上方に管を巻きつけて己の体を引き寄せた。


「よっっしゃ、でたああああああ!」


 隆雄は、石柱に足を付くと、今度は足から管を出して石柱に食い込ませる。岩場に根を張って生きる植物の様に、赤い管を根として己の足場にしたのだ。


「やばい。結構凄くないか、俺」


 気分は米の国生まれの蜘蛛の化身。赤と青の派手派手しいコスチュームの怪人を脳裏に描きながら隆雄は呟く。


(どっちかと言うと黒い方ッスよね)

(外見凶悪ですもんねぇ)

「あー、あー、聞こえない。あー」


 大きなお世話だ。隆雄は眼下の巨人達を見下ろす。

 巨人達はきょろきょろと辺りを見回していた。予想を超える素早い機動に、巨人達は隆雄達を見失ったようだ。辺りの匂いを嗅いで二人を探そうとしていた。


 巨人達の嗅覚がどれくらいの物であるかは見当もつかないが、このままでは見つかるのも時間の問題か。隆雄はそう断じる。 

 このままやり過ごせれば、とりあえず逃げる事が出来る。だが、巨人達の様子を見るにそれは難しいだろう。

 それに、たとえやり過ごしたとしても、今も隆雄の腕の中で眠る魔女が起きなければどうしようもない。


 頭を打った可能性も考えるに、あまり振動を与えるのは良くないと隆雄は判断して小脇に抱えた魔女を背中へと移す。

 背中から管を出して少女に巻きつけ、少女の体を固定した。


「……なあ、二人とも」


 魔女を取り落とすことの無いように固定しておいて、隆雄はおもむろに己の意識内の二人に話しかけた。


(なんスか?飯村さん)

(なんでしょう?)

「いつまでも"管"って呼び方もアレだし、この管に名前付けてみたんだけど……どうかな?」

(ほほう)

(どんなネーミングっスか?)

「そうだな、色と形、それと、さっき二人が言ってた黒い方の化身のイメージから『鮮血色の邪悪なるクリムゾン・イビル・ストリング』ってどうだろう? かっこ良くない? なあ?」

(お兄さん……死してなお癒されぬ不治の病を患っていらっしゃるようで……)

(中二おつ)

「……あれー?」

「……ん、う……ん」


 身じろぎする気配がした。慌てて振り返って彼女を見ると、どうやら目を覚ましそうである。

 まぶたがピクピクと痙攣して、うっすらと目を開いた。

 まだ意識は朦朧としているのか、自分の置かれた状態が把握出来て居ないようであった。


 予断は出来ないが、空からの落下による脳への影響は心配するほどのものではなかったのだろう。

 今後の行動指針を失わずに済んだ事に隆雄は安堵した。


「ここ……は?」


 少女の声が聞こえる。隆雄は驚かせないようにそっと声を掛ける。


「大丈夫か?」

「え?」


 隆雄の声に、朦朧とした意識が覚醒したのだろう。魔女が隆雄の方へ目を向ける。


(お兄さん、顔隠すの忘れてますよ、顔)


「ひぃっ!!」

「あ、やば……」


 悲鳴を上げようとするニムの口を、肩越しに塞いで止める。少女は必死に手足をバタつかせた。


「しーっ、静かにしろ。落ち着け、俺だ俺」

「むーっ、むうううぅ!!」

「静かにしてくれ、今巨人共の真っ只中にいるんだ」


 暫らく騒いでいたニムも、自らの置かれた状況を察したのか大人しくなる。


「いいか、手を離すけれど騒ぐなよ?」


 頷く魔女の口から手をゆっくりと離す。


「……一体何が?」

「巨人が投げた岩が直撃したんだ。それに落とされた。それで今は襲って来た巨人から隠れてるとこだな」


 肩を竦めて説明する隆雄に、ニムは謝罪する。


「すいませんでした。私の見立てが甘かった為にご迷惑をおかけしました」


 意外なものを見た。隆雄はそう言わんばかりにまぶたの無い目をニムに向ける。


「な、なんですか?」

「ああ、いや、死人に人権なんか無いって言ってたアンタに謝られるってのも意外というか……」


 思わず正直に話す隆雄に、ニムはくってかかる。


「なんですかそれ! 私だって、自分に非があると思えば謝りもします! それがたとえ死者相手だったとしてもです!! それに……」


 このタカオと名乗る死者の心証を良くしておけば、第八魔術都市に連れて帰る時に抵抗され難くなる。


「それに?」

「な、なんでもないです! えーっと、わ、私が謝っちゃいけないって言うんですか!!」


 不思議そうに問う死者に慌てて取り繕うニム。


「わー、解ったから静かにしてくれ! 奴らに気付かれる!!」


(あ、それもう遅いッス)

(今の会話が決定的でしたねぇ)


 巨人達の視線が二人に向けられていた。棍棒を持った巨人が一声吠えると、周りの巨人達が一斉に石柱に向かって跳びかかってきた。


「ああああ、くそっ! おい、魔女さんよ、しっかり掴まってろ、跳ぶぞ!!」

「え? え? きゃああああああ!」


足から生やした赤い根を消すと同時に、隆雄は跳ぶ。巨人の一団を撹乱するために、手から管を次々と出して石柱から石柱へ、あるいは石塔へと跳びまわる。


「なあ、魔女さん」

「な、なんでしょう?」

「あの巨人共、なんとかできないか?」


 隆雄は確かに巨人を上回る速度でこの山間を飛びまわる事が出来ている。だが、何時までもそうやって逃げ続ける事が出来るとも思えない。援軍でも呼ばれて、逃げ回るための石柱を崩されでもすればそれで終わりだ。


「そうですね、巨人族(グレンデル)を倒すためには、魔道杖が必要です」

「魔道杖?」

「空を飛ぶ時に使ってたでしょう、あの杖です」

「ああ、あのごっつい棍棒のことか」

「こ、こん……って……、ま、まあそうです。彼らの強靭な外皮を貫くためには、あの杖で私達魔女の攻撃魔術を増幅してやる必要があります」


 円筒型の増幅器を多数取りつけ、甲殻に覆われた魔道杖は、確かに何も知らない者からすれば棍棒のように見える。

 魔術の魔の字も知らない隆雄に魔道杖の細かい説明をしていてもしょうがない。

 そんな暇が会ったら、杖を取り戻すのが先だ。

 棍棒呼ばわりは大いに不服であったが、ニムはとりあえず気にしないことにした。


「とりあえず、私達と一緒に落ちた魔道杖を取り戻しに行きましょう!」

「りょーかい、じゃあ、舌をかまないようにしっかり掴まっていてくれ」


 隆雄は、管を石柱に向かって発射すると、天辺に張り付かせ、管を手繰りながら勢い良く空へと跳び出した。



 ●



「うわーん、師匠のあほー! やっぱ前進だけじゃ駄目じゃないですかっ!!」

「ふーむ、こう、着地の時にひねりを加えるべきだったか……ワシとしたことが不覚であったわ」

「そういう問題じゃないわよっ! このっ……師匠のばーかばーか! うんこたれー!!」


 いやあ、失敗失敗。

 そう言って明るく笑う大男に対し、キアラは、今時子供でも使わない類の罵倒を殺意の篭った視線と共に叩き付ける。

 だが、男には一向に堪えた様子が無い。それどころか、語彙が貧困なのだな我が助手はハハハ、などとのたまう始末だ。

 はぁ、ともう何度目になるか数えることすら止めて久しいため息を吐いて気持ちを切り替える。


 彼女は師に問う。


「でー? ししょー。これからどーすんですかー? 勿論、何か手立てはあるんですよねー?」


 切り替えられていなかった。


「ふふん、もはや己が師への呼び方さえもおざなりになるとは……はっ! もしかして助手よ? ワシに対する敬愛の気持ちを失ってはおらんかね?」

「そんな気持ちは10年程前にかなぐり捨てましたがなにか?」

「おぅ……大人になるってこういう事なのね」


 悲しい、悲しいぞ。と、なにやらくねくねと身を捩らせて頬を紅く染め、息を荒くする馬鹿師匠が落ち着くまで、キアラは辛抱強く待ち続けた。

 殺したいほど鬱陶しいとは言え、仮にも師匠だ。手を下すのは憚られる。

 それ以前に師弟契約で手が出せないのだが、そこは努めて無視する。

 でもせめて、そうせめて冷たい目で見つめるくらいは許して欲しい。

 こればかりはどうしようもないのだ。なにせ生理的に受け付けないのだから。

 自分の向ける氷のような一瞥が、変態を更に興奮させているという悪循環にはまったく気付かず、キアラはただただ、己が師に向ける視線の温度を下げ続けるのであった。


「とまあ、冗談はこれくらいにして」

「ほんとに冗談だったんですか?」

「失敬な、ワシはいつでも全力で本気だよ!?」

「結局どっちなんですか?」


 何に対して本気なのか、いつもながらこの奇人の言い回しは判断し辛い。キアラはそう思いつつ尋ねる。


「冗談はともかくとしてだ」


 いつになく真剣な顔になる師匠。ただならぬ雰囲気を纏った師を見て、キアラはゴクリと息を呑む。


「いいかね、我が助手よ。我々が置かれた状況をまず説明してみたまえ」


 状況。今の二人を指し示す状況。キアラはしばし考え込む。


「え? はい、えーと……第六魔術都市の導魂小隊にちょっかいかけたらとっ捕まりました?」

「すばらしい! 満点をあげよう」

「……うわーいまんてんだー。で、それがどうかしたんですか?」


 大げさに喜ぶ振りをする弟子の姿に目を細めてうんうんと頷く師匠。


「なに、簡単な話だ。捕まってしまったのは予想外であったが、このような小隊で捕虜を分散して隔離する場所はあるまい。ならば、そう! ならば、だ。会わせて貰おうではないか我がサンプルに!!」


 無駄に偉そうに胸を張る師に、キアラはほうほうと頷いた。


「なるほどな……何が狙いかと思えば、他人の懐を狙うこそ泥の類だったか」

「む? 我が弟子よ。いくら己が師の明晰な頭脳に嫉妬したからと言って、こそ泥呼ばわりはないのではないかな? 捨てた敬愛を今こそ拾ってきて、心の最上段に置いて奉るべきだと師匠は思うのだがどうだろうかね? んん?」

「師匠、今の私じゃないですよ? あと、その"んん?"は何だかイラつくのでやめてくださいね?」


 弟子の言葉に師は首をめぐらせる。

 そこには、二人を――正確には二人の乗った四輪駆動車を真っ二つに切り捨てた男が立っていた。

その男――エディオネルは、後ろ手に拘束されて座り込んだ二人を不機嫌そうに見下ろし、声を放った。


「お初にお目にかかる。いや、先ほどの相対から数えて二度目だったか……まあどうでもいい。先ほどの言が事実であるのならば、お前達にはしかるべき報いを受けてもらわねばな」




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