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07 魔女の後悔と奇人の哄笑




 第八魔術都市オクタウム・マギア・ウルブス《マーレボルジェ》、浄洸炉を中心とした都市構成は他都市と変わらない。だが、他都市が多少の差異こそあれ、人類の辺土における第一歩もである第一魔術都市プリリウム・マギア・ウルブスを手本として建造された都市であるのに対して、第八魔術都市(マーレボルジェ)は、『嚢』と呼ばれる最低限の都市機能が詰まった10個の巨大建造物(アーコロジー)が、中央の巨大浄洸炉を取り囲むように円状に配置された特殊な形状をしていた。


 『嚢』は、それ自体が独立した都市として機能できる様に建造されているが、各嚢は無数の回廊によって繋がれており、互いに行き来が出来るようになっていた。


 その4番目に建造された嚢、《マギアス》の歓楽区域の一角にあるバーにて、エドラ・エイクロッドは不貞腐れて自棄酒をあおっていた。今は戦闘服姿ではなく、見た目を意識しつつも動きやすさを選択したラフな上下に身を包み、腰まで伸びる艶やかな髪は、今は上半身をテーブルに突っ伏したせいで横に流れ、今にも床に届きそうだ。


「もぅ~! なんでー!? 何で解隊処分なのよー! 隊長の回復を待って補充でいいじゃないー!!」


 第三機甲魔女部隊は、部隊を維持できるだけの魔女が居なくなり、隊長のベルヒルデ・レガータは責任を問われて降格処分の上、現在義体手術を受けるために入院。部隊を指揮できる魔女が居ないことから部隊は解隊され、各員は他部隊へ吸収される事が決定されている。


「しょうがないでしょう、結果を出せなかった上に貴重な魔女を7人も失って帰ってきたら、そりゃそうなるわよ。むしろ、降格処分で済んで幸運ってものよ」


 下手をすれば、生きたまま浄洸炉に放り込まれてるところよ。と、グラスを持ってテーブルに突っ伏すエドラの隣で、同じく自棄酒をあおる先輩魔女のセスティカ・シューヴィンが、据わった目でエドラにそう言う。


「納得いかな~い! 私たち頑張ったじゃないですかー!!」


 エドラが上半身をうつ伏せにさせたまま、足をバタバタとさせて叫んだ。


「私だって納得行かないわよ! でも、上は数字でしか物事をみないんだから仕方ないじゃない!!」

「う~!!」


 セスティカの言葉に、エドラが幼児にでも帰ったかの様なうめき声を上げる。


「せめてあの死者を連れて帰ることが出来ていれば、話も違ったのだけれど……」


 「死の川」から離れる前に交戦した死者。

 沢山の死者が寄り集まって出来たと思われるあの巨大な死者を都市へ導魂出来ていれば、現状のようにはならなかったであろう。

 だが、あの時点でそんな無理をしていれば、生きて第八魔術都市へ戻る事すら出来なかったかもしれない。

 いまさら言っても仕方がない事ではあったが、言わずには居られない心境であった。


「ニム……今頃どうしてるかなぁ……」


 ぽつり、とグラスを見つめてエドラが呟く。


「元気かなぁ、一人で泣いてないかなぁ……」

「彼女だって一人前の魔女なのだから、そんな心配は彼女に失礼よ?」

「だってぇ……」


 同期の相棒がそばに居ないのは寂しいのだろう。

 一人で泣きそうなのはどっちなんだか、と微笑ましく思いながらセスティカはグラスをあおる。


「彼女の事なら、先頃に交代要員が「死の川」に向かったって話だから、もうすぐ元気に戻ってくるわよ」

「あーあ、私が迎えに行きたかったなぁ」


 今は、解隊処分に当たっての休暇を申し渡されており、新しく配属される部隊すら決まっていない。もし部隊が無事で、導魂任務も滞りなく終わっていた上での休暇であるならば、元来怠けるのが好きな彼女のことだ。喜んでダラダラしていただろう。だが、共に居るはずの相棒の姿はなく、居るべき場所である第三機甲魔女部隊は解隊。こちらは前の二つほど深刻に受け止めてはいないが、更に自分の先行きも解らず、では安心してダラダラ出来ないではないか。


 自分の優美なダラダラ生活のためにも、相棒には早急のお帰りを願いたいものである。


「ニムぅ、早く帰ってきてよぉ」


 まったく自分勝手な思考をしながらエドラがぼやいた。



 ●




「なにこれ?」


 隆雄は渡されたズダ袋を手に持って呟いた。


「被ってください」

「へ?」

「被ってください」

「…………」


 ズダ袋をじっと見つめる。

 その袋には、やや下よりな位置に穴が二つ空いていて、頭から被ると丁度目の位置に穴が合う様になっていた。


「これを?」

「被ってください」

「……なんで?」


 なんとなく理由は推測出来るものの、目の前の少女に一応理由を尋ねる。


「ここから逃げるに当たって、貴方を杖に乗せて飛ぶ事もある訳ですが、その見た目だと、色々精神衛生上問題がありますので」

(一理ありますなぁ)

(見た目凶悪ッスもんね)

「……ひどくね?」

「術式操作が狂って、高所から振り落としてしまうかもしれませんが、それでよければ被らなくてもかまいませんよ?」


 そう言われては仕方ない。隆雄はズダ袋を頭に被る。すると、ニムが首元に手を伸ばして、袋が落ちないように床に落ちていた麻縄でキュッと縛る。


(飯村さん、俺とお揃いッスね)


 何故か嬉しそうな西田の声。勘弁して欲しい。


「それと、その腕も何とかしてしまいましょう。その、見ていて凄く痛々しいので……」


 ニムがそう言って資材の中から布きれを取り出すと、左腕に巻きつけた。


 言われて見ると、プラプラと今にも千切れそうな左腕は、確かに見ていると何だか不安な気分になる。どうせろくに動かない左腕であるし、痛みも感じない訳で、いっそ取ってしまっても良いのではないかと提案すると、腕部に圧縮されている分の根源力が勿体無いからと即座に却下された。

 この魔女、未だ隆雄を燃料にする気満々である。


「では、始めます」


 ニムは、魔道機関から導栓を伸ばして隆雄に向ける。根源力の供給源はもちろん隆雄である。


 途端に、膨大な量の根源力が流れ込んできた。


 導栓を絞って流入量を調節する。魔道機関がフルに稼動し、根源力を魔力へと変換し始めた。変換された魔力を、心臓の拍動に合わせて血流と共に体の隅々まで通していく。長らく枯渇していた魔力が体中に満たされていく感覚に、魔女はしばし陶酔する。


 大きく息を吸っては吐く。ゆっくりと、確かめるように魔道杖に魔力を流し込んでいく。結晶刻印は問題なく魔力に反応して励起光を放った。


 脳裏に、この杖を使っていたであろう隊の先輩達と笑いあっていた頃の姿が浮かぶ。涙が滲みそうになるが、今は、涙に暮れている場合ではない。ニムは、潤んだ目元を袖で拭うと、飛行力場を展開させた。


「お? おおっ!?」

(飛んでる!? 飛んでるッスよ!!)

(ほほー、これは凄いですなぁ)


 隆雄達が思わず声を上げる。不可視の力場が二人を包んだかと思うと、ゆっくりと床を離れて体が浮き上がったのだ。


「力場を小さくしますので、私に掴まってください」


 ニムが隆雄に言う。一度展開してしまえば、魔力供給が続く限り飛行力場は維持される。だが、力場が小さい方が術式維持の為の魔力消費が少ない。装甲車からの脱出には、複数の術式を展開する必要があるため、飛行力場の維持に大きく魔力を割く訳には行かないのだ。少女の言葉に従って摑まった死者を確認すると、魔女は宣言どおり飛行力場を小さく紡錘状に変形させる。

 続いて飛行力場の表面に防御シールドを張ると、炎槍を増幅器(ブースター)を使用して創り出した。


 ニムの前方に、槍の形に押し固められた炎が浮かぶ。


 変換された魔力を惜しげも無く注ぎこむ。炎の槍は一本、また一本と数を増やし、飛行力場の傍に並んで浮かんだ。


 ……これ以上はスペース的に無理ですかね。


 炎槍が4本を越えた時点で、魔女は炎を作り出すのを止め、前方の目標を見据えた。

 狙いは貨物スペースの後部ハッチ――ロックされた扉に向けて、滞空させていた全ての炎を解き放つ。


 線状の軌跡を描いて、4本の炎が奔る。


 瞬間、轟音と共に扉が吹き飛んだ。

 轟炎と熱風の余波が魔女と死人へと押し寄せる。

 迫りくる炎に思わず隆雄は身構えたが、二人の前方に張られた防護シールドが押し寄せる炎と熱を上下左右へと割った。

 貨物室内は熱と炎に満たされ、一瞬にして飛行力場の外にある資材を燃え上がらせた。にもかかわらず、シールド内には熱気は届かない。炎槍を打ち出す前と変わらぬ状態を保っていた。


「すげぇ……」


 隆雄が間近で見た魔術に、畏怖の感情を滲ませる。ニムは、それに構うことなく隆雄に向かって声を放った。


「しっかり掴まっててください、行きますよ?」

「え? あ、ちょっと待、うわあああああぁ!」


 貨物室内で生じた爆圧を加速に変えて、防護シールドごと飛行力場を操作し、杖にしがみついた隆雄と共に、弾丸のように空へと飛び出した。


 機首を上へと向ける。


 風圧を受けて減速しつつ、なだらかな曲線を描いて上昇して行く。


 後方に彼女達を捕らえた小隊が見えた。


 陣を作って戦闘準備をしているようである。だが、ニム達が飛び出てくるとは思ってもみなかったのであろう。

 皆、突然の事に戸惑い、動けない様子だ。彼らが動揺から脱する前に逃げなければ。

 ニムは消費した魔力を補うため、隆雄から更に根源力を吸い上げる。次々と生成される魔力を魔道杖の結晶刻印に送り、飛行力場を加速させた。



 ●



 輸送装甲車両から捕虜が逃げ出した、との報告を受けたエディオネルは、直ぐにそれを追わせようと声を上げかけた。

 だが、すんでのところでそれを思いとどまる。

 今は逃げた捕虜を追っている場合ではない。

 直ぐそこまで来ている巨人族の脅威から己が小隊を守らねばならないのだ。


「何をしている、とっとと迎撃準備を済ませろ! 巨人族はこちらの準備を待ってくれはしないぞ!!」

「は、はいっ! 了解であります!!」


 傍らに居た、呆けた表情の兵士に叱咤すると同時に、自らの気持ちも切り替える。


「一般人の誘導はどうなっている?」


 副官に尋ねる。


「今、こちらの誘導に従うよう呼びかけているようなのですが……」


 言葉を濁す副官に、エディオネルは眉を顰める。

 いかにパニックに陥っていたとしても、無力な一般人にとって、魔女の呼びかけはまさに天の助けに等しいはずだ。

 それなのに呼びかけに対して無反応であると言うのは腑に落ちない。

 それとも返事できない位に取り乱しているとでも言うのだろうか?


「もう一度呼びかけてみろ。それに答えがなければ、敵性存在と見なしてかまわん」


 巨人族同様に敵として扱うということである。

 エディオネルのその言葉を受けて、副官は、魔女に再度一般人の車両に呼びかけるよう指示した。



 指示に従って魔女が呼びかけを続ける。


「そこの四輪駆動車! 聞こえますか? 助かりたければ、こちらの指示した進路に従って……」


 魔動力車からの返答はない。

 車内では、弟子が師匠に「言うとおりにしましょうよぉ」と提言していたが、「いいから、いいから真っ直ぐ進むのだ!」と、完全に無視されていた。


「やはり返事がありません!」

「よし、車両を敵性存在と認める、巨人と共に現れたら発砲を許可する」


 エディオネル小隊と巨人族との遭遇戦が始まろうとしていた。



 ●



 魔女が追って来るかと思ったが、その気配は無い。

 逃げ出した二人に戦力を割くのも惜しいほどの敵が来たのだろうか。

 それにしても周囲の根源力が薄い。

 小隊の周りは、死者の群れが居るのでそれほどでもなかった。

 だが、小隊から離れるにつれて変換した魔力が急速に揮発し拡散して行くのが解る。隆雄という根源力の供給源が居なければ、飛ぶことすら出来なくなっていただろう。これなら、第八魔術都市(マーレボルジェ)まで飛んで帰還する事が出来そうだ。


 第六の実戦部隊に捕まったり、奇妙な死者の監視を命令されたりといった事はとりあえずさておき、今更ながらに自分は幸運であったとニムは実感する。と同時に、このような根源力の薄い地帯で魔女の単独行動を可能にする隆雄と言う存在の重要性を認識した。

 この自我を持った死者の意外な利用法は、彼をただ浄洸炉の燃料にしてしまうには惜しいと思わせる。彼がいれば、今までよりも遥かに安全に導魂任務を遂行することができる様になるかもしれないのだ。


 ニムは、隆雄を何としても連れて帰らなければとの思いを強くした。


「なあ、あれなんだ?」


 不意に隆雄がそう尋ねた。ニムは、その声に驚いて隆雄の方を振り返る。

 また一人思考に沈んでいたようだ。まだ完全に安心できる状況では無いと言うのに、こうやって思考に入り込んでしまって周りが見えなくなってしまうのは自分の悪い癖だと反省する。

 死人は地上の一点を見つめていた。ニムは彼がみていた方向に目を凝らす。

 そこには、岩山を駆ける暗灰色の塊、手に手に原始的な武器を振りかざし、雄たけびを上げて走る異形達の群れがあった。


「あれは……巨人族(グレンデル)!?」

「グレン……デル?なにそれ?」


 この岩山は巨人族の縄張りだったのか。導魂任務に就いている以上、ニムも巨人族の特徴とその恐ろしさについては先輩の魔女たちから聞いていた。


曰く、少数行動の任務で出会ったら死を覚悟しろ。

曰く、任務中に会いたく無い魔物ナンバーワン。

曰く、囲まれたらそこで試合終了だよ。


 等々、どれも碌な話ではなかった。

 生きながら(はらわた)を喰われる兵士のくだりは、吐き気すら催したほどだ。

 ニムは顔を青くしてぶるりと震えた。彼らの進行方向から考えるに、おそらく今し方脱出してきた第六魔術都市の戦闘部隊を狙っているのだろう。そして、小隊の方も巨人族に狙われているのに気付いていたと思われる。それは、逃げ出したニム達を追おうとする気配が無かった事からも推測できた。アレらを相手にするなら、ニム達に戦力を割く余力などありはしない筈だ。


「あ、なんかこっち見てる」

「え?」


 見ると、巨人が咆哮をあげながら、こちらに向かって次々とそこらの石――ニム達にとって見れば岩と言って差し支えの無い大きさ、を掴んで投げつけてきていた。


 急いで高度を上げて距離をとる。明らかにニム達を狙って投げてきている岩が、二人の間際を通り抜ける。


「え、なに? あの人たち、なんで怒ってるの?」


 吼え猛る巨人達を見て、隆雄が若干引き気味に呟いた。


「人じゃありません! 巨人族です!!」

「だからなんだよそれ!? その、グレなんとかってなにさ!」

「グレンデルです! 辺土(リンボ)に巣食う悪食の巨人達です! 彼らは単体が強く、タフな上に、数を頼みに攻めて来て獲物を引き裂いて喰い散らかします。特にお気に入りなのは、人間の悲鳴を聞きながら生きたまま貪り喰うことだとか」

「え? なにそれこわい」

(あ、じゃあ俺達大丈夫っスね、もう死んでるし)

(死人も喰われるんですかなぁ?)


 喰われる体すら無い奴らが脳内で好き勝手に騒ぐ。


「こっちに岩投げてきてるのは、俺らを餌認定したってことか」

「そのようですね、岩が届かないように高度を上げましょう」


 ニムが飛行力場を操り、魔道杖の高度を上げ始める。まもなく岩が届かなくなり、二人共にホッと安堵のため息をついた。



 ●



 四輪駆動車が、巨人族を引き連れてエディオネル小隊の前に現れた。

 魔動力車がけたたましく駆動音を響かせ、巨人達の咆哮がそれに追従する。

 それは、エディオネル小隊にとっては、「死の川」(モルス・フルーメ)へと人を(いざな)う死神の叫び声に等しいものであった。


「来るぞ! 気合を入れろ!!」


 副長が小隊員達に檄を飛ばす。

 休憩させていた小銃分隊を巨人の攻めて来る後方に集め、後方の守りを厚くする。

 隊員たちは緊張に顔を強張らせながらも、銃を握る腕に力を入れ、異形の巨人達への恐怖で萎えそうになる己が心を奮い立たせた。


「まだだ、まだだぞ? 目いっぱい引き付けるんだ!」


 都合のいい事に、巨人達はあまり頭が良くない。

 彼らの目は全て魔動力車へと向いている。

 もう少し引き付ける事が出来れば、如何に硬い巨人の外皮であろうとも貫ける筈である。

 ならば、うまく行けばこちらが一方的に攻撃が可能な距離を保ったままで撃滅することも不可能ではないと分隊長は判断した。


 魔動力車はどんどん近づいてくる。

 この車の狙いは、おそらく巨人達の注意を小隊に向けさせることで自らの保身を図ろうと言うものだろう。

 で、あるならば、ギリギリまで小隊に近づいて方向転換を図る心積もりであろうことは容易に推測できる。


「副長殿! まだですか!?」

「まだだ、もう少し引き付けろ!」


 焦れた隊員が副長に叫ぶ。巨人達はもう近い。

 その威圧感は、巨人族という種への恐怖も相まって、凄まじい程に膨れ上がっている。

 だが、この危難を招き寄せてくれた疫病神には、存分に思い知らせてやらねば溜飲が下がらない。

 奴が方向転換をしようとした瞬間に鉛玉をたっぷりとご馳走してやる。

 その為には、もう少しだけこのプレッシャーに耐えなければならない。


 魔動力車が猛然と接近してくる。未だ方向転換をしようとする気配はない。

 副長の額に緊張と焦りの汗が滲む。もうそろそろ減速しなければ、曲がりきれずに小隊に突っ込む事になる。

 逃げる事に必死で、減速する地点を読み違えたのだろうか。最悪の場合を想像してしまい、慌てて彼は部下たちに命令を下した。


「い、今だ! 撃てええぇっ!!」


 命令と共に、四輪駆動車と巨人達に弾丸が叩き付けられる。

 同時に、四輪駆動車の上面に設置されている機銃付近から大量の煙が四方に噴出された。


 厚い煙が視界を覆い隠していく。


「煙幕だと!? だがそれがなんの役に立つ!!」


 芯に重金属を用いて貫通力を増した、対魔物用の特製徹甲弾だ。

 この距離から撃てば、分厚い外皮を持つ巨人達にも効果が見込める代物である。

 民生仕様の四輪駆動車ごとき、ひとたまりもないだろう。


 それにしても、煙幕とはまた面倒な事をしてくれる。

 当初の想定では、弾幕で足が止まった巨人族を魔女が炎槍で仕留める筈であった。

 だが、この煙では、巨人達が視認出来ない。思わぬ事態に副長は舌打ちする。


 と、そこへ煙幕を突き破って魔動力車が突っ込んできた。

 あの弾幕をどうやって潜り抜けたのか、車体に弾痕は見当たらない。

 一切の減速をせずに、魔動力車は小隊に向かってくる。このままでは、こちらの防御陣に穴を開けられてしまう。


「う、撃てっ!」


 今度は待機していた魔女隊からの支援も含めての弾幕だ。

 無数の徹甲弾と、魔女の撃ち出した無数の炎弾が、魔動力車を貫いたかに見えた。


「う、うそだろ、おい! なんだあれ!?」

「う……腕……だ、と?」


 車両の前に、半透明な何かが現出していた。

 小隊の放った弾丸は全てそれ(・・)によって弾かれ、炎弾は着弾と同時に消滅した。

 魔動力車は、またしても弾幕を防ぎきっていたのだった。


 それは、巨大な人型の上肢であった。

 車体から半透明の巨大な腕が顕れ、全ての弾丸と魔女が放った炎弾を防いでいたのである。


「まさか!? 天使術式かっ!!」





 天使術式。


 それは、「死の川」に顕現する天使を解析し、その力を術式によって再現し、使役するための術式である。

 だが、その術式の実戦使用は難しいと言わざるを得ない。

 なぜなら、まず術式の使用に大量の根源力を必要とする事が挙げられる。

 また、術の触媒として、賢者の石、つまり天使の核を加工した輝石を使用するため、術式1回の使用に莫大な費用がかかるのである。

 更に、再現された天使体も術式に落とし込まれているためか、さほどの力は発揮できず、大量の根源力を使用しても、精々下級位階の天使(アンゲルス)程度の力しか出せない。


 実戦に使用するには問題がありすぎる、まさに学術レベルの魔術、研究用の術式であった。あるはずだった。

 しかし、車体から生えたその腕は、一本とは言え、その大きさは「大天使」(アルキ・アンゲルス)位階並みの太さはあるだろうか。

 これ程の顕現を、一瞬で再現できる術式が存在するなど、副長は見た事も聞いた事も無かった。


 驚愕する彼をよそに、四輪駆動車から、更にもう一本、巨大な腕が顕現した。

 車体の両側から巨大な腕を突き出したナンセンスな姿も、この近距離では威圧感が勝って笑えない。

 四輪駆動車は、疾駆しながら車体から生えた筋肉質の2本の腕をぬうっと直上に伸ばし、両の手のひらを勢い良く地面に叩き付けた。


 車体が浮き上がる。


 巨大な両の腕は、地に叩きつけた際の力の反動を利用して筋肉を撓める。

 そして、その内包された力全てを勢いに乗せて一気に解き放つと、同時に輪郭を淡くして消失した。


 小隊員達が見上げる中、四輪駆動車が弧を描いて彼らの頭上を跳ぶ。

 小銃分隊を超え、死者達の群れを超え、魔女たちの横をすり抜けて、小隊の反対側に降りたたんと空を跳んだ。

 後に残された小隊の前には、8体の傷ついた巨人達が残されていた。


 煙幕が晴れる。巨人達の目の前には今まで追っていた車両の姿はない。

 その代わりに、武装した無数の人間達が現れたことに驚く。

 だが、驚きは一瞬だ。元より深く考える事の苦手な巨人族である。

 先ほどから体に当たる小さな金属片をぶつけて来る原因であろう新たな獲物の出現に、巨人達は怒りと歓喜の咆哮を上げて小隊に向かって襲い掛かってきた。


「くそっ、煙幕の狙いはこれかあっ!」


 最初は、天使術式の使用を小隊に見せないためかと思われた煙幕であったが、その本来の狙いは巨人を確実に小隊に押し付けるための物であったのだ。そして自らは、死者達に近付くことで根源力を得て、天使術式を使用して姿をくらます事で安全を確保した。

 まんまと魔動力車にしてやられた(てい)の副長は、押し付けられた巨人達への対処に集中せざるを得ない。彼の顔面は怒りのあまり、赤を通り越して真っ青に染まっていた。


「あの糞民間人めがああああっ! 次にあったら問答無用で蜂の巣にしてくれるっ!!」


 迫り来る巨人族に向かって銃の引き金を引きつつ彼は絶叫した。



 ●



 「師匠! とりあえず突っ走ってますけど、どうする気ですか!!」


 巨人族を引き連れた四輪駆動車の運転席でキアラが叫んだ。


「いいから前進! ゴーアヘッドである! ワシに任せろ。いい考えがある!!」


 素敵な笑顔で返す助手席の奇人に、キアラが顔を引きつらせる。


「そんなこと言って、どうせいつも通り何にも考えて無いんでしょう!!」

「うむ、わが助手はワシの事が良く解っている」


 これが師弟愛か。うんうんと頷く師匠に弟子が叫ぶ。


「この、馬鹿師匠おおおおぉぉ!」


 前方の戦闘部隊がキアラの叫び声を合図にしたかのように一斉に引き金を引いた。


「あ、ポチっとな」


 またしても気の抜けるような掛け声と共に、師匠がターレットの制御盤に手を這わせる。

 操作に反応して、ターレットに仕込まれた発煙口から煙幕が噴出された。

 そしてそれと同時に、片手を白衣のポケットに突っ込むと赤く光る輝石を取り出して術式を発動させた。


 天使術式。


 彼によって解析され、解明され、改良されたその術式の発動により、一瞬にして天使を模した巨大な前腕が展開される。


「ふあはははははは! ぬるい、ぬるいわあ!!」


 迫る弾丸を全て天使の腕で弾くと、魔動力車が一気に煙幕を抜ける。今度は炎弾含みで飛来する銃弾を

弾くため、前腕のみであった天使体の腕を上腕まで展開した。

 展開された天使体は、無類の耐久力を誇る。生半な攻撃はこれを破壊することすら不可能である。師匠は上腕を駆使して銃弾、炎弾を防ぎきると、即座にもう一本の腕を展開、双腕を地面に叩きつけると、その勢い全てを跳躍する力へと変えて跳んだ。


 様は馬跳びの要領である。


「ぎぃゃああああああああああああああ!!」


 横では彼の弟子が淑女にあるまじき悲鳴を上げている。


「けーさんどおりっ!!」

「絶対うそだあああああああああああああああああ!!」


 律儀に突っ込む弟子を無視して、今度は着地のための足を下面に展開させるべく術式を発動しようとした彼らの前方にその男は居た。

 不機嫌そうなその顔を隠しもせずに指揮車両の上に立ち、その男――エディオネル小隊長は腰の軍刀型魔道杖を抜き放つ。

 そのまま死者の群れから根源力を得て、魔力を軍刀に流し込んだ。


「おっほおぉう! このワシの天使術に生意気にも挑もうと言うか、その意気あっぱれ!! あっぱれではあるが無謀! 己が無謀を悔やんで潰れるが良いわ! ぺらーんって、ぺらーんってなあ!!」

「…………」


 狂人の戯言に一切反応せず、エディオネルは軍刀型魔道杖を起動した。

 軍刀の刀身が淡く光る。それは結晶刻印特有の励起光であった。即座に結晶刻印から力場が展開される。それは、防護障壁を作る物と同質の力場である。だが、それを刀身の周りに限りなく薄く、鋭くそれでいて硬く、術者の思う通りの形に展開する事で、様々な形態の攻撃を可能にする。


 エディオネルの選択した形質は、その刀身と同様の刃。

 ただ、そのサイズだけが桁違いに大きい。エディオネルは、その巨大な不可視の軍刀を大上段に構えた。分厚い、筋肉質のその体躯に力がこもる。


 そのまま、上空を通過しようとする四輪駆動車に向けて駆けると、振り上げた軍刀を裂帛の気合と共に真っ直ぐに振り下ろした。


 一瞬の交差。


 エディオネルの後方で、魔動力車は天使術式を用いて両脚を顕現させた。車体からニョッキリと巨大な足が伸び、魔動力車は、両脚を揃えて着地する。だが、着地の衝撃が車体に伝わると同時に、四輪駆動車が左右にズレる。そしてそのまま、着地した天使の足の接地面を基点に左右に分かたれた。


「のわあああああああああああぁ!!」

「きゃあああああああ!!」


 エディオネルの後方で、男女の驚愕の悲鳴が響く。

 魔力で形成された不可視の軍刀は、その切れ味の鋭さをまざまざと見せつけたのであった。


「拘束しろ」


 エディオネルは、軍刀の周りに展開した力場を消去すると、鞘に収めながら部下に命じた。




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