表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

06 暗雲の予兆



 決して晴れ渡る事の無い薄暗い荒野。

 辺土(リンボ)と呼ばれるこの世界には、様々な魔物が棲んでいる。

 それは、鉱物を食べて生きる巨大な蚯蚓のような魔物であったり、この荒野に根を張り、近づいてくる魔物を喰らって生きる植物のような魔物のであったりと多様性に富んでいる。

 彼等は、元々は根元力の影響で変異した者達であったが、年月を重ねるに連れて独自の生態系を作り出していた。

 巨人族(グレンデル)と呼ばれる彼等も、この世界における異形の生態系を彩る生物群集の一部である。

 その能は単純だ。ただ狩り尽くし、食い尽くす、これだけだ。

 彼等は、今もその能を存分に発揮するべく、集団で仕留めた大型の四足獣の群れを貪っていた。

 爪で引き裂いた腹に顔を突っ込み内蔵を喰らう者、千切り取った腿肉に旨そうにかぶりつく者、頭蓋を叩き割ってその脳髄を啜る者、思い思いに腹を満たす捕食者達の姿がそこにはあった。


 突如、山間に咆哮が響く。


 それまで獲物を貪っていた一団が、ぴたりとその動きを止めた。

 斥候に出た仲間達からの新たな獲物を見つけたと言う合図であった。

 彼等巨人族がこの岩山に棲み付いて二月、あらかた獲物を喰い尽くし、そろそろ次の餌場へ移動しようかと思っていた矢先に、この四足獣の群れを斥候が見つけ、狩り立てての戦勝の宴であった。


 更なる獲物――それも咆え声からして獲物は人間のようである。の発見の知らせに、周囲の者達は皆一様に目をギラつかせる。よだれを垂らし、飛び上がって喜ぶ者も居た。

 それは、腹が満たせる喜びであったり、弱い者をいたぶって殺す事への喜びであったりと様々であったが、彼等に等しくあるのは、また『狩り』が出来るという喜び。

 一際大きな巨人が斥候の声に応えて咆哮を返す。すると、新たな狩りへの興奮に当てられたのか、声を返した巨人の周りにいた群れの雄達が一斉に、灰色の空に向かって仲間へ返事の咆哮を上げる。それは、先程の仲間からの咆哮の倍する勢いで山間に鳴り渡り、ビリビリと周囲の石塔を揺らした。


 彼らの中でも一際大きなその個体――5メートル近くはある巨躯に暗灰色の岩のような肌、手足は人の胴ほどの太さがあった――は、巨人族の長であった。彼は、同族の中でもっとも精強で獰猛な雄である。

 巨人族の群の序列は、群の中でもっとも強い者を頭に据えて群を統率するという、弱肉強食を旨とするものである。強い者はより多く獲物の肉を貰え、弱いものには殆ど獲物が与えられない。つまはじきにされて、下手をすれば飢えた仲間達の腹を満たす為の餌食になることもあるのだ。そうして、弱い者は淘汰され、強き者、賢き者だけが次代へと受け継がれていくことになる。そうやって淘汰の末に生まれたのが、この群れの長であった。


 一頻り咆哮を上げた彼――巨人の長は、自らの部下達を睨み付けると、一声咆える。すると、彼等はその瞬間、この過酷な荒野を駆ける精強なる狩人、死をも恐れぬ戦士の集団へと変わった。巨人の長はその姿を満足そうに眺めると、傍らに置いた武器巨大な生物の大腿骨に尖った岩を括り付けた原始的な大斧を振り上げると、彼に従う戦士達を鼓舞するかのように、更なる咆哮を上げた。戦士達は、それに応えて叫び、地面を踏み鳴らす。その響きは地鳴りとなって周りの石塔を崩し、岩山一帯に響き渡る。


 新たな狩りの始まりであった。



 ●



 一人で何事か喚き散らしていた死者を蹴って静かにさせたニムは、この拘束から自由になった後の事、敵部隊から如何に脱出するか、その方策を考えていた。


 既に「死の川」から引き剥がした死者達を牽引中であろう現在、嫌でもその進行速度は鈍くなるはずだ。速度が鈍ると言うことは、魔物との戦闘の機会も増えるわけで、それは、とりもなおさず逃げる機会も増えると言うことだ。


 魔物が強力であれば、混乱に乗じてこの輸送車両を奪って逃げる事が出来るかもしれない。

 麻酔弾で眠らされて輸送車に放り込まれた為、判断材料が少ない。

 我ながら甘い予測だ、とニムは苦笑する、だが、今はそれに縋るしかない。


 ニムは、ふぅ、と息をついた。


 思考をリセットさせべく、軽く頭を振る。


 ふと自分の周りの根元力の濃度が増しているのに気付いた。

 普通、輸送車両の内部は、根元力過多地帯での積載物変容を避ける為に、外部からの根元力を遮断する処理が施されている。それはこの車両も例外ではなく、完全とはいえないものの、車内の根元力濃度は低い数値で抑えられていたはずだ。


 その為、根元力が多い地帯を通ったとしても、車内に居る限り手に入れられる根元力は乏しく、脱出する為の魔力は生成できない筈であった。その事に気付いた時、ニムは歯噛みしたが、魔動力式発動機から漏れ出る僅かな根元力を魔道機関に蓄積して、一気に魔力に変換する事で封環の魔力変換処理を上回る魔力を生成し、その魔力でもって拘束を外すプランを立てていた。


 それが何故か、車内の根元力濃度が上昇している。ニムは考え込むが、すぐにその理由に思い当たった。隣の死者がその理由だ。見た目はただの死者であるが、これ(・・)は数十、下手したら数百体の死者の集合体なのである。その漏れ出る根元力も、1体の死者からのそれとは比べ物にならないはずだ。


 そこまで考えてニムは、ある可能性に気付き青くなる。


 普通の人間ならば、長時間晒されていれば間違いなく死んでしまう程の濃度だ。魔女であるニムは、生まれつきの高い抵抗力ゆえに今は耐えることが出来ているが、生命維持術式が魔力阻害の封環のせいで使用できない今、それも何時までもつか分かったものではない。


 しかも、確率は低いとはいえ、高濃度の根元力に晒され続けた物体は魔物化する恐れもある。資材で囲まれた現状、これらが魔物化することがあれば、身動きできないニムなど、あっという間に食い散らかされてしまうだろう。


 ニム達を捕まえた連中は、自分達が捕まえた死者が自我をもった珍しい死者であることには気付いただろう。だが、それが通常から考えて尋常でない濃度の根元力を内包している等とは考えていなかったのだ。


 しかし、先程まではこれほど高濃度の根元力は出ていなかった筈である。隣の死者が何かしたのだろうか、いや、そんな事を考える暇があったら、まずこの封環を外すべきだ。


 急いで魔力を生成しようとしたニムの耳に、金属同士が擦れ合うような、不安を掻きたてられるような不快な音がした。


 その、ギシギシと言う音の発生源、隣に居る死者の方におそるおそる魔女が目を向けると、そこにはワイヤーを引きちぎらんと歯を食いしばりながら全身に力を入れる死者の姿があった。


 死者の肉体は先程までより一回りほど膨れ上がっており、その膨れ上がった身体より大量の根元力が噴き出す。恐怖に駆られたニムは、動かぬ身体を必死にくねらせて後退り、資材の間にその身をねじ込んで距離をとる。



『ずおりゃああああ!!』

「きゃああああ!」


 死者の叫び声と共に、その身体から全方位に向けて、弾丸のごとき勢いで何かが一斉に飛び出した。ニムの眼前の鋼鉄製と思しき資材にもその内の一つ――戦闘用のナイフが突き刺さり、ビィンッ! と音を立てて震える。


「ひっ!」


 簀巻き状態であった死者の上半身は、既に拘束から解き放たれており、下半身にブランケットの残りと型が付いたワイヤーの残りを腰みのの様に巻き付けていた。


 死者は、しばし瞼の無い眼球を彷徨わせる。そして、資材と資材の隙間に入り込んでいるニムの姿を見つけると、何か丸い物を床から拾い上げて、ニムの方へとにじり寄って来るのであった。 



 ●



 《死の川》から離れる事、東へ150キロ程。荒野はいつの間にか岩山へと変わり、見通しの聞かない、エディオネル小隊にとってはあまり喜ばしく無い区域へと差し掛かる。

 死者の誘導を始めて既に20時間あまり、小隊は休むことなく進み続けていた。勿論、隊員たちは交互に休憩を取りつつの進行であるが、死者達を引き連れているため、その速度は歩くよりは少し速いと言った程度であろうか。


「俺たちも死ねばこんな風になるのかね……」


 死者達を誘導する装甲車の上で、機銃の代わりに据え付けられた大きめのサーチライトを点検しながら見張りの兵士が呟く。


「なんだお前、導魂任務に就くのは初めてじゃ無かろうに、何を今更な事を……」


 同じく見張りをしていた同僚の兵士が、そう呟いた彼の言葉を聞いて答えた。


「いや、こいつ等見てると、なんていうかさ、虚しさっていうか、人間のはかなさっていうか、さ……考えちまうんだ」

「けっ! なーにが『人間のはかなさ』だ、馬鹿馬鹿しい。おセンチに浸るのは手前の勝手だがな、そういうのは無事に街まで帰りついてからにしてくれよな! あー、アホらし」


 2人の会話を聞いていたもう一人の兵士が割り込んでくる。


「なっ! 俺はただ……」

「死んだ後の事なんざ考えたって無駄だよ、むーだ! 人って奴はいつかは死ぬもんだ。早いか遅いかってだけでな。」

「そうそう、せいぜい生きているうちに楽しくやるさ」


 煌々と輝く浄化の光に照らされた死者の集団の顔は、一様に焦燥に駆られ、何かを求めるように歪んでいる。ただひたすらに、魂に刻まれた本能に従って光を追い続けるも、彼等に用意されているのは救いではなく、その魂すら磨り潰して焼き尽くす、浄洸炉の燃料としての結末であり、救いを求めて擦り寄ってくる魂さえも消費しつくす、人という種の我執であった。


「くそ、どいつもこいつも馬鹿にしやがって! 俺はなあ……!」


 いきり立って仲間に向けた抗議の声が途中で止まった。先程まで彼をからかっていた兵士が急にまじめな顔をして後方に顔を向けた為だ。


「なんだ? おい、どうした?」

「何か聞こえる……」

「ん? 何も聞こえないが……気のせいじゃないか?」

「しっ! 黙ってろ!」


 人差し指を立てて口元にあて、仲間を黙らせると、耳に手を当てて周囲の音を拾おうとする兵士。仲間2人も慌てて彼の真似をして耳を澄ませる。


 装甲車の駆動音に加え、数百人の死者の足音が混ざり、最初は何も聞こえなかったが、それらに混じって、腹の底から震えるような音が聞こえてきた。


「この音、いや吼え声か? まさか巨人族(グレンデル)か!?」


 巨人族(グレンデル)は、人間が魔物化したモノの形態の一つである。身長は平均4メートル弱、強靭な筋力と外皮で、生半可な攻撃では決定的なダメージを与えられない。単体の知能は低いが、彼等の一番恐ろしい所は、群で移動し、稚拙ながらも戦術と思しき連携を見せる所だ。人と見れば捕まえて喰らおうと襲いかかってくる好戦的な性格も彼等の厄介さに拍車をかけている。遭遇すれば、まず間違いなく一戦交える事になるだろう。

 兵士たちの聞いた声は、彼等――巨人族(グレンデル)の斥候が、獲物を見つけた事を仲間に知らせる声であった。


 小隊は、山間でその歩みを止めていた。


 山とは言っても樹木や草花は無く、代わりに柱のように地面から伸びた尖った岩や、どのような自然現象がそれを成したのか、人一人がしゃがんで隠れられそうなほどの大きさの岩が積み上がってできた石塔が所々に樹立する岩山である。


 巨人族(グレンデル)の斥候とおぼしき個体が上げたと思われる声――獲物を発見した際の咆哮を耳にしたという報告を、先程までとは一転、エディオネルは苦虫を噛み潰したような顔をして聞いていた。


 彼等巨人族は、その体躯に見合った食欲で、住処と定めた周辺の魔物を食い荒らす。そして、あらかた食い散らかして獲物となる魔物が居なくなると、新たな地へと移り住むことを繰り返す習性を持っている。


 順調すぎるとは思ったが、巨人族とはな。


 エディオネルは、この岩山に入ってから予想より魔物の襲撃が少なかった訳を悟った。

 前回の導魂任務の際は、この辺りは今より魔物の生息していたはずと記憶していた。魔物の襲撃も、今回より格段に多く、激しかった。それを考えれば、帰路の敵の少なさに、違和感を感じて然るべきであったのだ。エディオネルは、思わぬ収穫に浮かれて違和感に気付かなかった己の迂闊さを呪った。


 だが、まだ小隊が発見されたとは限らない。この岩山に住む、他の魔物の群れを発見した為に上げた声である可能性もあるのだ。焦って大騒ぎした挙句に奴等を引き寄せてしまった。という事態に陥るのはいただけない。かといって、楽観視しすぎて気付いたら囲まれていました。では洒落にならない。


 いつ出くわしても良い様に準備だけはしておかねばなるまい。


 エディオネルは副官に、対大型魔物用の装備の点検と魔女分隊への展開準備を行うよう指示する。副官は速やかにエディオネルの指示を実行に移すため、指揮車両から出て行った。


「やれやれ、好事魔多しとは良く言ったものだ……」


 一人車両内に残ったエディオネルはそう呟くと、腰に下げた愛用の魔道杖――軍刀(サーベル)形状のそれを握りしめた。



 ●



 輸送車両の中、貨物スペースの資材を脇にどかして作られたスペースに、潰れた左腕の所々に骨が飛び出た、顔面の皮膚を無残に削がれて髑髏を晒した死人と、亜麻色の髪を肩まで伸ばした小柄な魔女――可憐な中にも強い意思を感じるその顔にも、今はどこか疲れている様に見える。が向き合って座っていた。


 飯村隆雄とニム・フラデウムである。


 2人の間には、第八魔術都市謹製の頭部用防具、つまり、対攻勢術式保護処理済みの防護ヘルメットが置いてあった。このヘルメットに内蔵された通信用の結晶刻印によって、2人の間に相互意思疎通のラインが繋がっていた。


「では、改めまして――」


 どうやらこの場は魔女が仕切る事になったようだ。


「どうも、拘束を解いていただいてありがとうございます」


 魔女が隆雄に礼を述べる。


「いえいえ、どう致しまして」


 日本人の習性ゆえか、反射的に隆雄が魔女に返す。


 それにしても、律儀に助けた礼を言ってくるとは、中々魔女と言うのも礼儀正しいものだな。と隆雄が感心していると、


(利用するだけしてさせてもらったら、隙を見てサクッと始末しちゃいましょうよ)

(駄目ッスよ! 駄目駄目ッ!! 貴重な魔女っ娘を殺してしまうなんてとんでもない!) 


 頭の中で詐欺師(たなべ)オタク(にしだ)が、なにやら天使と悪魔の古典的表現の如く、隆雄にささやいてくる。


(2人ともうるさいっ! どうするかは、安全なところに逃げ切ってからって決めただろう!)


 この荒野しかない奇妙な世界に、『死人』と言う酷く歪な存在として放り出された身としては、これからの身の振り方を考えるに当たって、何をするにもまず情報が必要である。


 問答無用で隆雄を捕まえたこの軍隊に、それは期待できない。隆雄を燃料にしようとしている点ではこの魔女も同様であるが、会話が出来る分、隆雄達に必要な情報を引き出せる可能性も高い。


 それに、上手く恩を売る事が出来れば、隆雄達を燃料にする事を諦めてくれるかもしれない。


 隆雄はそう考え、脳内の2人に意見を求めたところ、田辺は魔女の危険性を語り、西田は魔女っ娘の希少性を、隆雄は判断保留と、三者三様のまったく噛み合わない議論とも言えないような議論が繰り広げられたものの、とりあえず生かしておく方向で話は纏まっていた。


 というか、主導権を持つ隆雄が決断を先送りにしたと言った方が正解であるが、その結果、隙あらば西田は隆雄を啓蒙しようとし、田辺は魔女を殺してしまえと誘いをかけてくるのである。


 2人とも今や意思だけの存在なので、実際に魔女に手出しできる訳もないが、とにかく煩い。思考が読まれるのは我慢するとしても、この煩いのはどうにかならないものか……と、考えつつ、魔女の話に耳を傾けた。



「……とにかく、逃げるにしても相手は軍人、しかも貴方の話からすると優に30人、1個小隊はいるようです。導魂任務に来ていたとすれば、魔女も連れているでしょう。焦って逃げてもすぐに捕まってしまうと思われます」


 ふむふむ、と隆雄が頷く。


「当初の想定では、装備も碌に無い状態でしたが、……色々複雑な気分ではありますが、貴方のお陰で杖も武器も手に入りました。根元力の供給源もある事ですし、これなら何とか……」

「ちょっといいかな?」

「なんでしょうか」


 さっと手を上げて隆雄が疑問を発する。


「『導魂』っていうのは、俺等みたいな死人を街まで連れて帰って街を動かす燃料にすることだよな?」

「ええ、そうです」


 魔女が頷く。


「外の奴等も、その『導魂』ってのをしに来てる訳だ。でもって、あんた達とは対立している」

「……厳密には、交流が無い都市の部隊と言うだけなので、対立している所までは行ってませんが、おおむねその通りです」

「でも、問答無用で撃ってきたんだから、少なくとも向こうは対立してるつもりなんじゃないか?」


 普通、撃ってくる前に警告なり通告なりするだろ。と呟く隆雄に、ニムは再び頷いて


「残念ながら、彼等には敵、もしくは仮想敵として認識されている可能性は否定できません。この状態では、彼等に貴方の所有権が私達にあると訴えても、黙殺されかねませんね」

「いやいや、アンタ等にも所有権なんか無いんですが……」


 根本的なところでズレがある認識に、隆雄が異議を申し立てる。


「では、一体誰に所有権があるというんですか!?」

「そりゃ、俺でしょ?」


 何を当たり前の事をと隆雄が言うと、何を言ってるんだこいつは、と言う様な目でニムが隆雄を見た。


「死者に権利なんか有る訳無いじゃないですか」

「いや、あるから! 死人にも人権あるよ!!」

「貴方が居たところではどうか知りませんが、辺土(リンボ)にはそんなもの無いです」


 バッサリと切って捨てられた。


「そんなことより、もう質問は終わりですか?」


 ガクリと首を落とした隆雄に魔女が尋ねた。


「あ、ああ…… そうだった。で、本題なんだが、アンタ等の話だと、『導魂』するのは、俺達死人から出る『エーテル』を利用する為で、魔法を使うのにも『エーテル』が必要なわけだ」


 なら、と隆雄は勢い込んでニムににじり寄った。


「魔法って俺にも使えないのか? ほら、その杖があれば俺にもこう、バーっと火とか氷とか出したりとかさ」


 自分に向かって欄々と目を輝かせた死者がじりじり近づいてくるのを見て、思わず後ずさりながらニムは慌てて言った。


「ちょ、ちょっと顔近いですって! それ以上近づかないでもらえますか? 怖いので! そ、そうですね…… 私達魔女が魔術を使う為には、根元力を体内の魔道機関で魔力に変換する必要があります。そうやって生成した魔力を、術式へと流す事によって魔術を行使するわけですが……」

「魔道機関?」


 元の位置に戻りながら魔女に問う。残念ながら、隆雄はそのような代物を体内に持った事は無い。


「魔道機関とは、そのままでは使用できない根元力を、人間に利用出来る《魔力》という形に変換、蓄積できるように作られた人工の器官で、魔女の体内、心臓のすぐ傍に埋め込まれています」

「てことは、その魔道機関とやらが無いと魔法は使えない?」

「そうです。他にも、効率よく根元力を取り込んだり、魔力を操作する為の感覚的な能力である魔力操作弁、所謂『導栓』を生まれつき備えている必要があります。」


 魔女が語るこれが、何を意味しているか。それはすなわち、隆雄が魔術を使うことは出来ないということである。 


「くそう、空飛んだり出来るんじゃないかと期待してたのに……」


 目に見えてガッカリする隆雄にどう声を掛けたものかとニムが思案していたその時、突如輸送車が止まった。だが、暫く待つもののどうやら魔術都市に到着したという訳ではないようだ。そうであるならば、ニム達を降ろしに兵士達が現れるはずである。


「これは……」


 ニムは、待ちに待った逃走の機会が訪れたのを悟った。即座に思考を切り替えると、床にあったヘルメットを取り上げて被り、いまだ肩を落とす隆雄の方を向いて声を放った。


「いつまでそうしているつもりですか、今こそが好機です、行きますよ。」



 ●



「わぁぁが助手よ! 第六(セクストゥム)のアホウ共に目に物見せてくれるチャンスの到来でああぁる!」


 痩せぎすに禿頭の大男が、魔動力式の四輪駆動車の助手席で、これでもかとばかりにふんぞり返って叫ぶ。


「何言ってるんですかこの馬鹿師匠!! そんな、ことは、ですねぇ! こぉの状況を! 何とか! してから! 言ってくださいぃぃ!!」


 ハンドルを握る師匠と呼ばれた大男の助手、キアラ・セルヴォーが叫ぶ。


 四輪駆動車が、大地を噛み込んで疾駆する。岩山から樹林のように突き出した石柱の間を縫い、岩を飛び越え、まるで飛翔するかのごとく大地を駆け行く。そんな彼等を追うのは、暗灰色の肌の巨人達であった。



 話は少し前にさかのぼる。


 不可視術式を施したプローブを操作してエディオネル小隊を追っていた師弟は、小隊が根元力の少ない岩山に差し掛かったところでプローブを回収し、見つからぬように離れて彼等を追跡していた。そこを運悪く、巨人族の斥候部隊に発見されたのであった。


 猛然と師弟の乗った魔動力車に襲い掛かる斥候部隊。小隊を追跡していた間、魔物に襲われることも無く油断していたキアラは、美味そうな獲物を見つけた、とばかりに勢い良く襲いかかってきた巨人の姿を見て硬直した。


「なぁにをやっとるか! 逃げるぞ助手よ!!」


 師がキアラにそう叫び、機銃を操作して巨人族と魔動力車の間に弾幕を張る。


「に、逃げるって!? どっちに?どっちに逃げたら良いんですかああ!!」


 師の叫びに硬直から脱したキアラは、動転して叫んだ。


「そんなもの決まっとるであろうが! ワシらの往く道は常に前! 退く道などあるものか! よって逃げる時も前方に向かって逃げるのだ!!」


 ハゲが己が弟子に叫ぶ。


 巨人の姿はもうすぐそこに迫っている。その巨大な手が魔動力車へと伸びてくるのが見えた。キアラは恐怖に歯を噛み鳴らしながらも必死にアクセルを踏み込む。間一髪、巨人の手が空を掴み、魔動力車は前方へ、撓めた弓から発射された矢のごとき勢いで走り出した。


 寸前で獲物を逃した巨人は、その醜い相貌を怒りの表情に染めて魔動力車を睨み付けると息を大きく吸い込んで一声、共に居る仲間へ、そして離れた本隊へと、狩りの咆哮を朗々と放つ。それを受けて、一体の巨人が師弟を追って駆け出した。他の巨人達も、仲間の怒りが伝染したかのごとく、一様に憤怒の叫びを上げて走り出す。


 先頭の巨人は、その巨躯に見合わぬ身軽さで、前方を駆け行く魔動力車に追いすがった。


「あ、ポチッとな」


 痩躯の男(ハゲ)が、気の抜けたような掛け声と共に車体上部のターレット式機銃の制御パネルを操作した。機銃回転し、今にも魔動力車に手を掛けんとした巨人族に銃口を向けると、まるでミシンのように軽快な、連続した破裂音を響かせてその巨躯に弾丸を撃ち込み、巨人を後方へ弾き飛ばした。


「ひゅほおおぉ! 何人たりともワシ等の前は走らせねぇ!」


 奇人(ハゲ)が叫ぶ。その身に無数の弾丸を受けてもんどり打って倒れた巨人は、頭を振って起き上がる。残念ながら機銃の放った弾丸は、巨人に致命打を与える事が出来なかったようだ。事更に怒りを燃やしたのだろう、猛然と彼等を追ってきた。


「ああああああっっ! これだからこんな所来るのはイヤだったのよぉぉ!」


 今更な事をキアラが叫んだ。


 何でこんな変人(ハゲ)に師事してしまったのだろう。

 あの頃の自分は汚れを知らぬ純真な少女であった。そのために、純真であったが故に、こんな狂気と正気の狭間を行ったりきたりしてあまつさえ行ったきり戻ってこない奇人をうっかり尊敬してしまったのだ。


 この狂人(ハゲ)に目をキラキラさせて『弟子にしてくださいっ!』なんて言って、喜々として師弟契約書に血判を押した、在りし日の自分を縊り殺してやりたい。


 キアラの目に涙が滲む。


 そんな弟子(キアラ)の様子など歯牙にも掛けず、狂人は高らかに(わら)い、さも当然とばかりに物騒なことを口走った。


「ふぅははははぁっ! 我が助手よぉっ! このままこいつ等を第六のアホウ共に擦り付けに行くぞぉぉぅ!!」



 ●



 エディオネル小隊は、巨人族(グレンデル)との戦闘に備えて装備を整える為、行軍を停止させていた。死者達は放って置くと、《死の川》に戻ろうとして勝手に動き出したり、装甲車のサーチライトに群がって動きがとれなくなるため、魔女分隊から魔女を数人出し、擬似浄化光を放つ角灯を持たせて死人の周りを旋回させることで、その場に死人達を留めていた。


 指揮車両を含めた装甲車4台を死者達を囲むようにして横に配置し、前後に1分隊を置き、残りの1分隊は休憩を取らせる。残りの魔女達は、上空からの哨戒に当たるよう配置されていた。


「なあ」


 一人の兵士が、隣で小銃を握って緊張する同僚に話しかけた。


巨人族(グレンデル)ってのは、どのくらいの大きさなんだ?沼鬼(トロル)と同じ位か?」


 彼は何度か導魂任務に就いたことがあったが、巨人族と交戦した経験はなかったのだろう、そう尋ねる。


「ば、馬鹿いってんじゃねえよ、や、奴等はな、力は同じ位だが、タフさは沼鬼なんかとは比べ物にならねぇ、並みの弾丸なんぞ皮膚で弾きやがる。し、しかもだぞ、しかもだ。それがわんさかと来やがるんだ。辺土(リンボ)で出くわしたくねぇ魔物の中でも、や、奴らは最悪の部類さ」


 同僚の兵士が、暢気に質問してきた男に震えながら答えた。


「……前に居た隊で奴等と出会ったときは、仲間の半分が奴らに生きながら喰われた」


 普段は無口なもう一人の兵士が、ポツリとそう洩らす。


「……まじかよ」


 最初に質問を発した兵士は、ゴクリと喉を鳴らして息を呑むと、我知らずか、構えた小銃の銃把をぎゅうと強く握り締めた。


 この岩山に入って以来、雑魚相手の殲滅とは違う、初めての本格的な戦闘配備。それが、最悪の相手であることに、小隊の緊張はいや増していった。


 哨戒をしていた魔女が、エディオネルに、巨人族発見の報を知らせてきたのは、そんな時であった。それを聞いたエディオネルは耳を疑った。


「民間人を追った巨人族がこちらに向かってきている、だと!?」

「はい、魔道力型の四輪駆動車で、巨人族から逃げているようです」


 エディオネルは歯噛みする。なにも、こちらに向かって逃げてくることもなかろうに。小隊と関係ない方向に逃げてくれれば、そのくそったれの民間人とやらが巨人族に喰われて、文字通り糞になっている間に岩山から逃げることもできたかもしれない。


 こちらに逃げて来るというその民間人に心の中で呪いの言葉を吐く。だが、何時までも考えても仕方ない事に思考を傾ける時間はない。今の行軍速度では、遅かれ早かれ巨人族との交戦は避けられなかったであろう。それならば、状況をコントロールできる可能性がある今のほうが、まだましと言う物ではないか。エディオネルはそう考えると、報告を持ってきた魔女に命令した。


「その民間人とやらとコンタクトを取れ。こちらの誘導するルートに従って逃げるように伝えろ!」


 その言葉に魔女が了解を返そうとした直前。



 死者達の周りに配置した装甲車の一台、支援用の輸送車の後部ハッチが内側からの圧力を受け、炎を吹き出して吹き飛んだ。


 兵士達が緊張と驚愕で突然の爆発に対応できずに固まる中、弾丸のごとき勢いで、杖に跨った魔女と、彼女にしがみついた頭部にズダ袋をかぶった妙な死者――第八魔術都市の機甲魔女ニム・フラデウムと意思を持つ死人、飯村孝雄が飛び出した。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ