4、新学期のあのテンション
学校につくと新しい教室目指して廊下を進んでいく。
みんな新しい高校生活に心が弾むのだろう。
がやがやと賑やかだった。
教室に入ると自分の席を探した。入って2列目の一番後ろだ。
なかなかいい場所なんじゃない?
荷物を置き教室をぐるりと見渡すと、窓側の前の方に一真がいた。
そして左斜め前の席には見覚えのある栗色のセミロング。
美歩ちゃんだ!
惜しい、あと一人!
でも一番見ていられる場所でもあるし、ラッキーかも……
なんて妄想を膨らましていると、気配に気づいたのか美歩ちゃんが振り向いた。
いきなりのことで高鳴る俺の胸の鼓動。
あ、今にこってした!
俺もすかさず軽く手をあげ挨拶をする。
片思いとはいえ中学が同じだったのだからもちろん顔見知りだ。
挨拶くらいならできる。
あまり話したことはないけど…………
まさに天使の笑顔だった。
美歩ちゃんが前に向き直ってもはまだ余韻にひたっていた。
ぱっちりとした二重。
ふんわりとした笑顔の中に見え隠れする少女らしさ。
まさに俺のオアシス…………!
「うわ、なんじゃその気持ち悪い顔」
一気に現実に引き戻された。
完全に鼻の下がのびていたらしい。
「い、いや別に……」
「先ほどこちらを向いた可愛らしい少女、
あの子が美歩ちゃんかの」
「えっ?」
なぜこいつが名前を……
「ふん、半年も見てればバレバレじゃわい、この若僧め」
「5歳児に言われたくない」
冷めた目で座敷童を見下ろす。
「ほれ、独り言は変人への第一歩じゃよ」
「このっ…………!」
くっくっくと嫌らしい笑いをしているおかっぱ頭を思い切り殴りたかったが、
確かにまたまわりに変な目で見られるのは勘弁したかったので、
俺はぐっと感情をこらえた。
「あの、ごめん、もうちょっと下がってもらえる?」
突然声をかけられ驚き顔を上げる。
「あ、ごめん」
俺は少し机を後ろに下げた。
少しワックスでいじられた黒髪に、スクエア型の黒縁眼鏡。
その奥にはクールな瞳。整った顔立ち、いわゆるイケメン。
どうやらこいつが俺の前の席の人物らしい。
こんなできあがったやつもいるんだなーと
後姿を眺めていると、予鈴が鳴り響く。
「はい、皆さんおはようございまーす」
中年男の教師が教卓に立つ。
入学式は先日のクラス発表の時に終わっていたので、
今日の予定はホームルームの後に授業が始まる。
担任の自己紹介が始まった。
「えー、本日よりこのクラスの担任になりました、
本田祥司と言います、どうぞよろしく」
ありきたりの名前にありきたりのルックス。
丸顔の中年男だ。
頭の毛は明らかにヅラであろう雰囲気をかもしだしている。
配布物が一通り終わると、個人の自己紹介が始まった。
「名前と一言ね、好きなものとか入部予定の部活とかでいいから。
名簿1番から順番にいこうか。はい、じゃあ青木さーん」
照れくさそうに一番前の坊主の男が立ちあがった。
「えーっと、青木優でーす。
野球部入ります!どうぞよろしくー」
そんな感じに順番にすすんでいく。
俺はそれらをなんとなく聞き流していた。
早く自分の番を終わらせて美歩ちゃんの声を聞きたいなあ。
なんてことを考えていると、気づけば前の男の番がきた。
そいつがだるそうに立ちあがると、
急に女子のひそひそ声が大きくなったような気がする。
まぁ、男が見ても一瞬釘付けになった顔立ちだ、無理もない。
俺はちょっと美歩ちゃんの反応が気になりちらっと目をむけた。
やはり隣の席の女子と何か話していた。
いいけどね、予想範囲内のことですよ。
「風間昶。陸上部入部予定、どうぞよろしく」
簡潔にまとめ、軽くぺこっとお辞儀をすると席に着いた。
今、陸上部って単語が耳に入ったんだが。
いや、気のせいじゃない。
意外な発言に驚き、戸惑っていたが
自分の頭を整理している時間はなかった。
座敷童がとなりから俺の制服を引っ張っている。
「おい、涼介。お前の番じゃぞ」
「あ、あぁ」
俺はがたっと席を立つ。
「加藤涼介です。
……えっと、陸上部希望。 よろしくお願いしまーす」
風間昶がぴくっと俺の自己紹介に反応する。
直後に同じ部活名を口にするほど恥ずかしいものはない。
そしてさらに意外なことに…………
「ほーう、風間も加藤も陸上部か!
顧問俺だからさ、よろしくなー」
まさかの担任が顧問!!
あのヅラ頭運動できるのか?!
俺は心の中でシャウトする。
本田はにこにこと愛想のある笑顔をこちらに向けている。
俺は戸惑いながらも片方の口角を上げて笑いかえしてみた。
風間昶がどんな表情をしているのかとても気になる。
一真の方をちらっと見ると、
あいつも案の定口をぽかーんと開けて本田を見ていた。
俺が席に着くとまた自己紹介は再開。
隣で座敷童も楽しそうににこにこしながら聞いていた。
いよいよ美歩ちゃんの番がきた!
少し恥ずかしそうに席を立つ。
「佐々木美歩です。
早くクラスのみんなと仲良くなれたらいいと思います。
よろしくお願いします」
後ろにいるせいで顔が見えない。
でも可愛い声だけで俺の胸は十分に満たされた。
やばい、これは他の男も惚れるな。
俺がしばらく美歩ちゃんの余韻にひたっていると、
また注目せざる得ない言葉が耳に入ってきた。
「田辺千夏です!
陸上部入ります、本田先生お世話になりまーす!」
俺を含め三人目の陸上部入部希望者。
何、そんなに人気あるのかここの陸上部?
やけに元気はつらつとした女の子。
その子が席に着くと改めて田辺千夏を見た。
美歩ちゃんの隣の席だ。
前髪は長さがきれいにそろっていて、
前下がりのショートカット。
遠くからでもわかる目力、猫って感じだ。
気づけば一真の番だ。
窓側の一番前の席。
「長谷川一真。
陸上部希望、友達も彼女も募集中!よろしくー」
元気なあいつらしい自己紹介だ。
「このクラスは4人も陸上部希望者がいるのか!
顧問としては嬉しい限りだねー」
また本田がにこにこしていた。
その後も順調に進み、最後のひとりまで終わると
また本田が仕切りなおす。
「春は出会いの季節、いいクラスにしていこうなー。
はい、じゃあ提出物配りまーす。
これ受け取った人から次の授業の準備に入ってね」
ちょうど良いタイミングで授業終了の予鈴が鳴った。
配布物が前から順番にまわってくる。
風間昶が振り向き、俺に配布物を渡すとじっと顔を見てきた。
「お前も陸上部なのか」
まさかむこうから話しかけてくれるとは。
「あぁ、中学でやっててさ。よろしくな、風間」
「よろしく、昶でいいから」
笑い方もとってもクール。
なんか性格もよさそうな感じだ。
こいつなら仲良くやっていけるかも。
こんなイケメンな友達ができるなんて、
まさかこれも座敷童効果か?
そう思いちらっと座敷童に目を向けると、
座敷童はふるふると首を横に振った。
こいつ、俺の心読めるのか?
「偶然じゃ」
ですよね
「つかこいつ、わしの好みじゃないし」
聞いてないです!
すると生物の授業の用意をした一真が俺達の元にやってきた。
「次の生物移動だってさ!」
「おう、一真」
「えっと……」
昶が一真に顔を向ける。
「こいつ一真。俺たち幼なじみでさ」
「なになに?2人とももう仲良くなったの?
俺も陸上部仲間だから、よろしく!!
一真って呼んで。俺も昶って呼ぶから」
一真は満面の笑みを昶にむけた。
昶はくすっと笑った。
「子犬みたい」
昶の目が一瞬危ない雰囲気を
放ったように見えたのは気のせいだろうか。
「なにそれー」
はははっと一真は笑っているし
俺の考えすぎだろう。
「ほら、2人も早く準備しなよ。
一緒に生物教室行こう…………ぜ」
いきなり一真の視線が俺の横で止まった。
明らかに座敷童を見ている。
座敷童の方も無表情で一真を見つめ返している。
「まだ居やがったか」
眉をぴくぴくさせながら一真がぼそっとつぶやいた。
やっぱりこいつ見えてるな。
「何か言ったか?一真」
「いや!?何も?」
やはり気づかれたくないのか動揺している。
俺はとりあえず気づいていないふりを通した。
「さ、行こ行こ! 遅れちゃうぞ!」
一真に急かされ、俺も昶も席を立ち、
3人で生物教室を目指した。
行くまでの廊下では陸上が話題になった。
「明日みんなで放課後、グラウンドに陸上部見学行こうよ!」
提案したのは一真だ。
いいねーと俺と昶もすぐ賛成。
ジャージとシューズも持ってこよう、など次々話が弾む。
座敷童は退屈そうに俺の頭に乗っていた。
時折一真の視線を感じたが、いい加減慣れてきた。
「それにしても、昶ほんと綺麗な顔だよな」
生物教室につくと、一真がまじまじと昶を眺めた。
「どうも。一真も可愛い顔してるよ」
「可愛い?」
思わず俺が聞き返した。
「まあ確かに犬っぽいよなこいつ」
「嬉しくないよ、可愛いなんてー。かなりモテるでしょ?」
「いや、別に」
「またまたー」
俺と一真はへらへら笑う。
「どうせなら二次元みたいな女の子にモテたいよね」
「またまたー」
…………ん?
「そこらのアイドルくらいの子なら相手してやってもいいけどさ」
「またまたー」
……あれ、またちょっと気になる発言。
「男でも可愛かったらいいと思うし、女はロリやドMに限るねー。
どうせS気取るなら女王様気質なやつ虐めたおしたくなるもんじゃない?」
くすっと優しい笑顔。
訂正します、真っ黒な笑顔。
さすがの一真も違和感に気づいたらしく笑顔がひきつっている。
「あはは、昶すげーS発言」
「あはは、実は俺様体質だろー」
俺と一真は冷や汗垂らしながら笑い飛ばした。
だが昶は俺たちの努力を冷ややかな笑顔で吹き飛ばした。
「俺だし?」
にこっと笑顔。少し首を右に傾げる仕草。
これには俺と一真も思わずフリーズ。
ヒヤッとした違和感。笑い飛ばせない雰囲気。
座敷童は俺の上でにやにやしている。
すると予鈴がなり、白衣をまとった女教師が入ってきた。
号令がかけられる。
「あ、始まる。一真、席戻った方がいいぞ」
昶が何くわぬ顔で口を開いた。
俺と一真も我に返る。
「あ、うん。じゃあまた」
慌てて席に行く一真。
礼をして授業が始まる。
女教師が自己紹介をしている間目の前の黒髪を見つめながら
俺はやっと自分の脳内を整理することができた。
高校で初めてできたお友達。
そのイケメンは、
どうやらナルシストの変態のようです。