2、おかっぱ頭はちゃーむぽいんと
突如俺の前に現れたかと思うと人に向かってでかい口をきく男の子。
さらっと座敷童だとか名乗ったけども何者かは定かじゃない。
二人の間に不思議な空気が流れる。
その時、階段をぱたぱたと上がってくる足音がした。
「涼介―?どうしたのー?」
母さんだ!
どうやら先ほどの俺の叫び声が下の部屋まで聞こえていたらしい。
「む、母殿か?」
座敷童もドアの方を向く。
これはこいつを追い出すチャンスじゃないのか?
「涼介―?開けるわよ?」
がちゃっとドアノブが動く。
「ちょっと、母さん!」
俺はさっと目の前の座敷童を抱き上げた。
「ぎゃ!何をする!」
あ、つかめた。
でも重さは驚くほど軽くて、抱き上げている気がしない。
「あんた声が大きいわよ、ご近所さんに迷惑でしょー」
母が部屋をのぞきこんだ。
「見て母さん!この子供!いきなり俺の部屋に……」
「子供?」
「ほら、こいつ」
「どこにいるのよ、子供なんて。あんた頭大丈夫?」
……うそ?
「え、母さん見えないの?ほら、これ……」
抵抗するのを諦め不機嫌そうな表情をしているが、
確かに座敷童はおれの腕の中にいた。
「とにかくもう夜なんだから騒がないでねー。
あ、お風呂まだなら早めに入っておきなさいよー」
そういうと母さんはドアを閉め、また下の部屋へと戻っていった。
足音が聞こえなくなる。
俺は呆然とドアを見ていた。
見えてない?母さんにこのガキは見えてないの?
「おい」
痺れを切らした座敷童が俺を見上げる。
「いい加減におろさんか、無礼者」
「え?あ、あぁ」
とりあえずまたベッドの隣へ座らせてやる。
「お前、俺にしか見えないのか?」
「基本的にはな」
「なんだよそれ」
「そのビー玉じゃ」
そう言うと座敷童は俺の横に転がっているビー玉を指差した。
さっきこいつを抱いたときに落としたらしい。
「それを持っている奴にはわしの姿は見える。
あと触った奴にも見えるようになる。
今それの所有者はお前じゃろ?」
「なんで……いや、まず落ち着こう」
俺は大きく深呼吸をした。
「わしは最初から落ち着いておる。
お前が勝手に騒いでいるだけじゃろ、この小心者め」
「お前ほんと言葉悪いな」
「余計なお世話じゃ」
つっこむのはこのくらいにしないと永遠と続きそうな感じだ。
俺は、座敷童がすぐにいなくなりそうにはないので、
とりあえずこいつについて質問攻めしてみることにした。
「で、お前なに?」
「だから座敷童と言ったじゃろう」
「まぁ普通の人間ではなさそうだな……
さっきからこのビー玉を返せと言うがなんでだ?
これは俺が曾婆ちゃんから正式にもらった、俺のものだ」
「ふん、面倒じゃがちゃんと説明しないとだめみたいじゃな」
座敷童はだるそうに腕を組むと話し始めた。
「確かにそれはトメ殿がお前に渡した。
契約をお前に移したんじゃ」
「待て、お前俺の曾婆ちゃん知ってるのか?」
「あたりまえじゃろ!ビー玉の前の所有者はトメ殿、
わしが前まで契約していたのはトメ殿じゃ」
「契約とかついていけないんですけど……」
「あー!一から話すのは面倒じゃのー。
まあ最初はお決まりパターンじゃ、しょうがない」
ふぅっとため息をつき、また口を開いた。
「わしら座敷童は各々が前世で強い思い入れのあるものを
媒介にしてこの世にとどめられる。
そしてそれを持つ所有者と契約をして見守るのがわしらの定めじゃ。
トメ殿は自分の意思でそのビー玉をお前に託した。
つまりわしはトメ殿からお前に契約をのりかえたことになる」
「わしら、って……いっぱいいるのか?」
「あーまぁ……じゃが安心しろ。
パートナーで戦うとかないから」
「いや誰もそんなバトル漫画期待してねえよ」
座敷童は真顔でさらっと変なこと言う。
すかさずつっこまずにはいられない。
「じゃあ何……つまりこの半年間俺はお前に見守られてきたわけ?」
「そうじゃ」
「じゃあ入試に受かったのも、クラスがよかったのも……」
「わしじゃ」
「アイスで当たり棒がでたのも、500円拾ったのも……」
「全部わしじゃ」
…………あれ?
「なんか小さくね?」
「なにがじゃ」
「いや、座敷童ってもっとこう……
宝くじ一等とか、埋蔵金見つけるとか……」
「お前が買わなきゃ当たるもんも当たるわけないじゃろ」
「そんなもんなの?!」
「まあ確かに……」
急にふっと座敷童はうつむいた。
「中には契約者の身代わりとなって
自分の命とはひきかえに
事故や病気から救う奴もおる……」
その表情は悲しそうだった。
「お前…………」
「安心せい、涼介!」
にこっと顔を上げて微笑んだ。
こいつ、なんて優しい…………
「お前が死ぬ時は喜んでそのビー玉を奪い
次の素敵な契約者の元へ走るからの」
ふっと黒い笑みを浮かべている。
今俺は一秒前に抱いた考えを訂正したい気持ちでいっぱいです。
「お前可愛くないな」
「なにを!トメ殿は毎日愛でてくれたわい」
「てか俺の名前知ってるじゃん」
「そりゃ半年……いや、お前が生まれた時から
トメ殿の横で見てきたからの」
「まじ?!」
「まじじゃ」
「そして俺は半年間も気づかなかったのか……」
「そりゃ、わしが気づかれないようにしてたからな」
「え?」
「学校にいる時は用具入れの中から。
部屋にいるときはあのタンスの上から……」
「怖い!やめろ!それ以上言うな!」
想像すると気持ち悪い。
そして軽くストーカーなところに寒気がして
思わず鳥肌が立つ。
「で、それはそうとなんで返さなきゃいけないんだ」
「わしはお前がトメ殿が大切にしていた曾孫だと知っていたから、
これもわしが大好きなトメ殿の意思だと思って見守ることを決意した」
「いいじゃんそれで」
「でも半年見守ってきて分かったんじゃ」
びっと座敷童は俺に指を向ける。
「お前、つまんない」
はあああああああ?!
「おい、こらガキ。人に指さすなって教わらなかったのか」
「知るか。とにかくわしはもうお前みたいなやつに
小さな幸せやるのに疲れたんじゃ。……まあ飽きたみたいな」
「おい、ぼそっとなんか付け足しただろ」
「それともう一つ気づいたんじゃ」
「………………」
黙って回答を待つ。
「わしってば、おばあちゃん子?」
「黙れおかっぱ」
「可愛がられるタイプ?」
「知るか」
「とゆーわけで、お前が契約破棄してくれれば
わしは好きな人のとこにいけるんじゃ。
分かったらさっさと所有権を譲れ」
確かにこんな生意気な奴、さっさといなくなってほしいと思った。
が、俺は少し考えた。
今までつまらなかった生活が少し充実してきたのは
全てこいつがきてからなわけだ。
人のおかげってのは癪にさわるが、
今までの平凡な生活に比べたら面白いかもしれない。
「よし、決めた」
「おぉ!やっと返してくれる気に……」
「お前は俺と正式に契約したってことだ」
「…………は?」
座敷童の笑顔が一瞬にして凍りついた。
「トメ婆ちゃんは俺にこれをくれたんだ。
しばらくよろしくな、座敷童」
にっと笑いかけてやる。
座敷童は絶望的な顔で俺を見上げている。
「……幸せは、安売りせんぞ」
「まぁいいだろう」
「おのれ、所有権をいいことに…………」
「ところでさー」
座敷童を一回静める。
「…………なんじゃ」
「お前名前ないの?座敷童って呼びにくいんだけど」
「…………ざー君と呼べ」
「は?」
「チャームポイントはおかっぱ頭じゃ、よろしくな涼介っ」
ぱちっとウインク。
きらっと星が飛んだのは気のせいだろうか。
やけに手慣れた自己紹介。
「誰が呼ぶか!!」
どうやら開き直ったらしいこの座敷童。
長い付き合いになりそうだ。
そしてこれが、俺の風変わりな非日常生活の始まりだった。