9、人は見た目によらず
「……あ、100円みっけ」
今日も小銭を見つけてちょっとついてる俺。
「わしから溢れる幸運パワーのおかげじゃな!」
座敷童が相変わらず偉そうに腰に手を当て威張ったポーズをとる。
今はちょうど最後の授業が終わったところ。
俺はジュースを買うために自販機の前に立っていた。
目当てのジュースを買い、教室に戻ろうと廊下を曲がる。
その時だった。
「っわ!!」「きゃっ!!!」
どかっと誰かとぶつかった。勢いよく廊下に尻餅をつく。
い、いてぇ…………
っと、ぶつかってしまった相手を確認。
やべ、上級生だ……
いやそれより
超美人な女子生徒!!
「すみません!大丈夫ですか?」
俺は慌てて立ち上がり手を差し出す。
ショートカットでめちゃくちゃ小顔。
こんな美人とぶつかっちゃうなんて
やっぱり俺ついてる……!
「……大丈夫」
そう冷めた声で呟くと、俺の手を無視して立ち上がった。
おかげさまで、俺の沸騰していた脳内は一気に正常化。
すらっと細身で背が高い。
俺が174cmだから……
165cm以上あるんじゃないか?
「あ、す、すみません」
「いいから、どいて」
「…………」
あまりに冷めた表情に、何も言えない俺。
うわ、俺ってばチキン野郎!
なんて思っているとその女子生徒は俺の横を通り、
すたすたと去ってしまった。
「自分でチキンを認めるとは立派じゃな」
「……うるせぇ」
座敷童に笑われながら、俺は教室に戻った。
教室に入ると、一真と昶が俺を待っていた。
「おせぇよ涼介!これから部活見に行くんだろ!」
「さっさと準備しろ」
「ごめんごめん、ちょっとハプニングがな」
そう、今日はこれから三人で陸上部を見学に行く。
入るとは決めているものの、
やはり実際にどんな雰囲気で活動しているのか見ておきたいものだ。
「よし、行くか!」
俺の準備が終わると、早速グラウンドに向かった。
多くの部活動が、始める準備を行っている。
俺達みたいに見学に来ている生徒も大勢いて、
グラウンドはなかなか賑わっていた。
その中でも、ひときわ人の集まっているところがある。
ひとつは女子の塊で、もうひとつは男子の塊みたいだ。
集団の視線の先にいたのは
昼休みのナイスバディな美女だった。
確か……サクラ、さん?
「桜木さぁーん!」
「やべぇ、マジ可愛い!」
「こっち見てー!」
1年生男子と思われる集団が、しきりに叫んでいる。
「あの人、桜木っていうんだね」
「……すげー人気」
俺は引きつった表情で呟いた。
「みんな来てくれたのね!ありがとーう!」
ジャージ姿の桜木さんが、きゃぴきゃぴと男子に答えている。
あんだけ可愛いきゃ、大半が色仕掛けにはまるのもしょうがないだろう。
「なにこのオスの群れ!?」
「はーい、どいたどいた!
星野ブラザーズのお通りだよーう!」
突然2人の長身の男子が、群れをかき分けてグラウンドに入ってきた。
陸上部のジャージを着ている。
背丈も顔もそっくり。明らかに双子だろう。
ちょ、かなりハンサム…………
「きゃー!星野兄弟きたぁ!」
「アップお疲れ様ぁー!」
「蓮くーん!こっち見てー!」
「珪くん!タオルどうぞ!!」
双子の登場と同時に、近くの女子の集団が湧き上がる。
凄まじい黄色い声の嵐……
「なになにっ!?」
一真が慌てて耳をふさぐ。
「ここの陸上部、レベル高ぇな」
俺も耳をふさぎながら答えた。
「記録はどうだか知らないけどね」
昶も耳をふさぎ、迷惑そうな顔をしている。
双子の明るい茶髪が、太陽でさらにきらきらしている。
「これ、全部サクラ先輩の獲物?」
「相変わらずすごいっすねー」
「こら、珪。獲物とか言わないの」
「俺は蓮ですー」
「おい双子!おめぇら目当ての女共も一緒だろっ」
会話をしている三人の中に昼休み桜木さんと一緒にいた、
オールバックのイケメンが入っていくのが見えた。
「サクラ!顔じゃなくて体見て選んで来いっつったろ!」
「あら、ちゃんとこの後吟味するつもりだけど?」
「ちょ、先輩が言うと冗談に聞こえないから」
なんか楽しそうだな…………
なんて思いながら眺めていると、急に隣で一真が叫んだ。
「あっ!!思い出した!」
「ど、どうした一真?」
「あのでかい先輩、ハンマー持ってるよね?」
確かに、オールバック先輩の片手には
陸上競技のハンマーが握られている。
「昼休み気づかなかったけど、
あの人森岡弘毅さんだよ!」
「……誰だっけ?」
「二年前、突如現れたハンマーの新星!
無名の選手がいきなり全国大会で7位入賞。
しかも去年は5位!
新聞や雑誌に取り上げられてたじゃん。
制服姿だと気付かなかったなー」
言われてみれば、そんな記事を読んだ覚えがする。
全国大会の常連人を差し置いて表彰台に登った男。
まさかこの学校の陸上部だったなんて……
「俺、他人に興味無いから。
しかも自分の専門種目じゃないし、初耳」
興奮する一真を尻目に、昶がふぅっとため息を漏らした。
「あやつ、そんなにすごいのか?」
いきなり座敷童が、ぴょこっと俺の肩から顔を出した。
「お前、興味あるの?」
「強い男は好きじゃ」
「いや、だから他人には興味ないって」
「あ、昶じゃなくて……」
「……は?独り言?」
あっぶねー。
こいつの声は周りに聞こえないんだった。
俺は昶に笑ってごまかし、再びグラウンドに目を向けた。
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陸上部の見学を始めて20分。
多くの部活動がグラウンドで練習をしていて、
それぞれに見学者も見える。
しかし今、
陸上部を見ているのは俺たち3人(+見えないおかっぱ1人)だけだった。
先ほどまでの群集が、幻だったかのように見あたらない。
恐らく原因は…………
「ごるあぁぁああ!!珪!ラップ落ちてっぞ!
この周から上げろっつったろうがああ!!
おいこるああ!森岡あああ!!
誰が休んでいいっつった?
さっさとベンチプレスやりに
トレーニングルーム行きやがれ!!!」
そう
叫んでいる声の主は桜木さん。
ストップウォッチを片手に双子のラップを計りながら、
周りの部員にも声を張り上げている。
…………まじ別人。
「さ、桜木さんの指導始まったら、
みんなビックリしていなくなったね……」
一真が引きつった表情で呟いた。
「……あれ見たら、彼女目的で来た奴は入る気無くすよな」
俺も遠い目をして呟いた。
「同感だな」
昶もこくりと頷く。
「……あーいうギャップ、嫌いじゃないけどね」
……俺はそんな昶のギャップ嫌いじゃないよ、
と、心の中で呟いといた。
それにしても、練習に励む陸上部の人たちの顔は
真剣そのものだった。
女子の集団は、
「星野兄弟の邪魔しちゃだめ!」
と、リーダー格のような女子にまとめられ
撤退していった。
確かにあんな良い顔して走ってる人たちに、
キャーキャー邪魔する気にはならないだろう。
数名は、黙ってフェンス越しに見てるけど。
「おー!お前ら」
突然後ろから声をかけられ、三人同時に振り向いた。
担任の、本田だ。
あ、この人顧問だったっけ……
「見学か?参加も大歓迎だぞ」
陽気に笑いながら俺たちの横に並ぶ。
黒いジャージに、中年太りの腹がぽんっと目立っている。
「本田先生は指導しないんですか?」
「ん?するぞ?」
おずおずと質問した俺に、
きょとんとした表情を見せる本田。
「ま、桜木に頼りっぱなしだけどな」
またハハハっと陽気に笑う。
それ、何もしてないってことなんじゃ……
「あ!本田せーんせい!遅いですよー!
あたしぃー、跳躍組も見に行くんで~
双子のタイム変わってください!」
本田に気づいた桜木さんが、
こちらに向かって手を振り大きな声で叫んだ。
「おーう!じゃ、俺行くな」
そう言って本田はグラウンドの中に走っていく。
……今桜木さんのしゃべり方戻ってたよな
「おらおら蓮も落ちてっぞ!
気ぃ抜くんじゃねえ馬鹿やろう!!」
再び怒鳴り声を張り上げる。
凄まじい百面相。
また味のある人に出会ったみたいだ。
「わらしが来てから、まともな人に会わねえな……」
「何か言ったか?涼介」
俺の小声の発言に、にやりと座敷童が反応する。
まぁ、いっか。
これなら高校生活も飽きることなく過ごせそうだ。
「楽しみだな、部活動」
俺の突然の発言に、一真と昶が一緒驚いた表情をする。
しかし、二人ともすぐににっと笑った。
「……だな」
「走りたくてウズウズするよ!」
「せっかくジャージあるし、ちょっと走って帰るか?」
「賛成!」
「いいね」
俺たちは着替えをすませると、グラウンドではなく、
学校の近くの公園で走ってから帰ることにした。
俺たちがふざけあいながら走っている間、
座敷童は公園の、タンポポの咲き誇る芝生の上で、
気持ちよさそうに日向ぼっこをしながら眠っていた。