おつかれさんです!あのなぁ~おりんさんが短いの書いたし、「あの夏のあの恋」っての。読んでみてくれんか・・・地味なもんやけどな。すぐ読み終える。
おつかれさんです!あのなぁ~おりんさんが短いの書いたし、「あの夏のあの恋」っての。読んでみてくれんか・・・地味なもんやけどな。すぐ読み終える。ほんとや。
あの夏のあの恋
気になるひとがいる。
会計で順番を待っているときに、前だったり後ろにいることもある。
玄関ですれ違うこともある。
今日は何を買ったのか気になる。
「どうぞ」
会計の前で順番を譲り合ったりしたこともある。
「あ、ありがとうございます」
彼女は小さな声でそう言って、会計に進んでお金を支払っていた。
水饅頭、ブランデーケーキを1つずつ。夏の定番と、この店の定番を1つ。
「いつもありがとうございます」
若い女性店員が彼女に親しみを込めて言った。
「どれもおいしいです」
彼女は小さな声で笑顔で返した。
僕の順番になった。
「水羊羹、若鮎、カステラね」
そして、
「いつもありがとうございます」
と、いつもの女性店員が応対してくれた。
彼女に声をかけてみたかった。
歳はおなじか少しだけ上だろうか。
僕は機会を伺った。
「こんにちは」
思い切って、声をかけてみた。
子供たちのための、老人が休憩するためにも置かれている、涼しい日陰の青いベンチに座って何かを食べている。
「はい?」驚いた様子だった。
「あの・・・隣、いいですか?」
僕はどきどきしていた。
「はい、どうぞ」
彼女は水饅頭を食べていた。
2週間。
僕と彼女の距離はゆるやかに近づいていった。
彼女はあのベンチには現れなくなった。
半月、1ヶ月。
来なくなった。
たぶん、僕がなにか嫌われるようなことをしたり、言ったりしたのだろうと思った。
でも、どうしても会いたかった。
「ここに来て、一緒に和菓子を食べてください」
と、もう一度伝えたかった。
こういう気持ちは初めてだった。
不思議な感覚だった。
このあたりは和菓子屋の多いところで、他の店の様子を外から伺ったけれども似たひとも現れなかった。
駄目か・・・・・。
結局元の店に戻った。
僕は食べかけの水饅頭を見つめていた。
まだまだ暑いが、もうそろそろこれのシーズンは終わる。
もう少し・・・水饅頭の季節が終わるまでは・・・・・。
「こんにちは」
聞こえてきたのは、遠慮がちな彼女の声だった。
「こんにちは。ひさしぶりです」
とくに口周りが固まった。
「入院していました」
「そうですか」
僕は気の利いたことの一言も言えなかった。
「わかると思いますが、和菓子が好きです」
彼女が断言したように言った。
「わかります。おなじです」
僕も断言した。
「あなたとこのベンチで和菓子を食べていると、ほっとします。そのことを考えながら入院してました。ああやってほっこりした、時間をまた過ごせたらと思っていました」
彼女は僕の目から目を離さずに、そう言った。
「もしかしたら、あなたはもうこのベンチには来ないとも思いました。でも、今日はきっとここに来ると信じてました」
僕は、はにかんで言った。
「わたし、もうすぐ死ぬの」
「なに言ってるんですか?」
「明日から、またしばらく病院に行きます」
それきりだった。
彼女はあれ以来現れなかった。
僕はこの店で和菓子を買い続けている。
このベンチに座りながら、食べ続けている。
あのときのまだ名前も知らなかった彼女のことを思い出す。
今日は、あのとき彼女が口にしていた「水饅頭」です。
60年前の恋。
いまもよく思い出される。
水饅頭を食べていた、あの横顔を。




