7_君と宇宙を旅しよう
「10、9、8……」
機械音声が発射のカウントダウンを始めた。いよいよ打ち上げだ。
遥か頭上で、発射孔が開く。
アルミナは横目でそれを確認した。
孔はずいぶん上の方にあったので、子どもの手のひらよりも小さく見えた。
細い光が射して、プラント最下層に設置された宇宙船を照らす。
雲間から射し込む「天使の梯子」のようだ、とアンドロイドの少女は思った。
高く跳躍したアルミナは、暴れる〈イヴァリール〉の鼻先に着地した。身を捩らせる怪物の顔を駆け上がり、背中の弱点──青く光っている場所を目指す。
あれが無機生命体の核だ。
揺れる足元をものともせず、アルミナは一気にそこに到達する。
視界の端。一瞬、クーリが窓をドンドン叩いて、何か叫んでいるのが見えた。悔しそうな目元からは「水」が溢れている。
彼が無事に脱出できるのであれば、この百年に意味はあった、とAI回路の片隅で思う。
そして少女は憐憫の眼差しで、足元の〈イヴァリール〉の弱点を見下ろした。
「別に〈イヴァリール〉が嫌いとかじゃないんだ。……でもごめんね、宇宙船を食べられたら困っちゃうんだよ」
アルミナは全エネルギーを左手に集約させ、金属とコンクリートで出来た生物の巨体に銃弾を叩き込む。
閃光が弾け、怪物の体を貫いた。
「……2、1、0」
燃料点火。宇宙船が発射される。
オレンジの炎と白い煙が尾を引いて、プラントの中を垂直に駆け上がっていく。
発射孔を通過。地上からみるみる内に遠ざかっていく。
小さな宇宙船の内側で、クーリは床に膝をついて嗚咽していた。
「……おっとー」
ガラガラと音を立てて、崩壊を始めた〈イヴァリール〉の残骸。
生命活動を終えた瓦礫の上で、アルミナはバランスを崩した。何とか踏ん張って立っているけれど、体はボロボロで、動いているのが不思議なくらいだ。
「やった、大成功ー!」
アルミナは小さくなっていく宇宙船を見上げ、満足そうに笑う。
そこに再び轟音が響いた。
振り向くと、彼女の背後、プラントの壁に空いた大穴から中型の〈イヴァリール〉が三体躍り出た。
アルミナはその光景に目を細めた。
彼女はこの星──カナンが好きだった。
アルミナはここで生まれ、ここで百年以上生きてきたのだ。嫌いになれるはずがない。
自分の機械の体が、愛すべきカナンの生態系に取り込まれる。そう思えば悪くない気分だった。
この無機質な体が、連綿と続くものの一部になるのであれば、それはきっと「終わり」ではない。
ギ……ギギ、と三体の〈イヴァリール〉が迫る。
先頭の一体が、ぐわりと大きく口を開けた。
アルミナはその銀色の目を閉じた。
◇◇◇
「うっ……うう……」
クーリを乗せた宇宙船は、すでに大気圏を突破し、衛星軌道に乗っていた。そこからさらに外宇宙へ出て、一番近くにある宇宙ドックを目指す。
カナンからの脱出はおそらく成功するのだろう。
だが、クーリは床に崩れ落ちて、立ち上がれずにいた。感情がぐちゃぐちゃで、とてもじゃないがそれを喜べる状況ではなかった。
無音の宇宙を航行する宇宙船の、静かな空間に、彼の嗚咽だけが響いては消える。
──その時、ポン、と軽い音がして、壁のモニターが点灯した。
『…………もー、クーリはほんとに泣き虫だなあ』
スピーカーから、この一ヶ月で聞き慣れた呑気な声がした。
「……は?」
驚きすぎて涙も引っ込んだ。
モニターには、水色の髪に銀色の瞳の少女が、ニッコリ笑って映っていたからだ。
「え、は?アルミナ……なんで?」
『えへへ。実は、あたしの人格データとか情報をまるっと宇宙船のデバイスにコピーしたの。あたしのリアクターがメインコアだから、自分でオペレーション担当するのが一番良さそうだったからー』
しれっと笑うアルミナに、様々な感情がクーリの中に渦巻く。
ちゃんと言えよ、とか、涙を返せ、とか、こいつは本当に一切何もわかっちゃいねえ……!とか。
叫び出したいような衝動を何とか捩じ伏せて、最初に口に出したのは、やっぱり恨み言だった。
「幾ら何でもひどすぎんだろ。なんで言ってくんなかったんだよ……」
「だって時間があんまりなかったから。ごめん」
「はあ…………でも、アルミナがここにいるなら、もういいよ。約束、ちゃんと守ってくれたんだもんな。……釈然としねえけど」
『あはは。そうだねえ。体は失くなっちゃったけど、あたしのリアクターも人格も、クーリが安全な場所に着くまではずっと一緒にいるよ。無事にドックに連れてったげるね!』
ニコッと笑ったアルミナは、ふと首を傾げ眉を下げた。
『でも、体がないのはちょっと不便だねえ。泣いてるクーリを抱き締めてあげられないのは、困る』
「……」
『だから、クーリにお願いがあるの』
「……何だよ」
『無事ドックに到着したら、新しいボディにあたしをインストールしてもらえないかなぁ、なんて……できれば最新式のやつ。お願いしますー!』
アルミナが両手を合わせて懇願する。
……飄々とそんな要求をしてくるこいつは、やっぱりアルミナの人格で間違いない。
本当にちゃっかりした奴だ。
クーリは苦笑いして立ち上がり、モニターにコツンと額を当てた。そして深く息を吐く。
「……うん、まあ何とかする。おれもアルミナとモニター越しでしゃべんの、なんか落ち着かないし」
『わぁ、やった!ありがとー』
「こちらこそだ。おれが生きてるのは、アルミナのおかげだ。全部、ありがとな」
そしてクーリは、コールドスリープで眠りにつき──無事、宇宙ステーションのドックに回収されたのだった。
両親も無事にそこに辿り着いていて、互いの生還を喜んだ。
それから一年後。
シュー……と音がして、少女がパチッと銀色の目を開いた。彼女の背中側で、ロボットアームが手際よくチューブやコードを外していく。
「……アルミナ」
声がした方を向くと、ほんの少し大人びたクーリが横に立っていた。
ちょっぴり心配そうな顔をしている。
「クーリ、これ、ありがとうー!」
ピカピカの自分の体を見下ろし、それからクーリを真っ直ぐに見てアルミナはにこりと笑う。
少年の顔がくしゃりと歪む。
「ほら、目から水出さない」
「うるせえよ!」
「ふふ、また会えたねー!」
のんびりした口調で明るく言うと、アルミナは顔を片手で隠したクーリをそっと抱き締めた。




