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5_各々の夜

 

 一通り作業を終え、二人は帰途についた。

 プラントにはクーリが食べられる食料がなく、どうしても拠点に帰らなくてはならなかったのだ。


 燃料は辛うじて使えそうだった。

 しかし食品は保存期間がとうに過ぎていて、容器も中身も劣化し、もはや生ゴミですらなかった。

 ただ予想はしていたので、二人が特にがっかりすることはなかった。

 宇宙船で航行する間は基本的にコールドスリープで眠っている。食料はなくても別に構わない。


 それよりも、問題は帰路の方だった。

 プラントからの帰り道は、行きより遥かに物騒なものとなっていた。




「ぎゃぁぁああああっ」

「クーリ、口閉じないと舌噛んじゃうってば」


 通路を通って林に出ると、何体もの〈イヴァリール〉が待ち伏せしていた。

 アルミナは咄嗟にクーリを抱え上げて走った。突然のことに、悲鳴を上げるなという方が無理だろう。


 彼女は荒野や林を疾走し、時にクーリを降ろして囮になった。

 アルミナは強かった。小型は元より、中型なら難なく倒してしまう。複数の〈イヴァリール〉に囲まれても、すぐに包囲を突破していた。

 極めつけは、二十メートル級の〈イヴァリール〉を再起不能にしたことだった。


 武器は左腕に内蔵されたエネルギー銃一丁。

 彼女は怪物の背を俊敏に駆け上がり、銃弾を五、六発、〈イヴァリール〉の急所である背中に叩き込んだ。


「やべえ……」


 反撃を許さない、鮮やかな攻撃。

 クーリは思わず見とれた。

 轟音を上げて〈イヴァリール〉が倒れる。

 怪物は巨体を維持できず、あっという間に砂上の楼閣のように崩壊した。瓦礫の山を前に、少年はただ呆然とするばかりだった。


 ……だが、強さにも代償があるのだと、クーリは戦闘終了後に知る。


「なあ、なんで全部倒さねえの?あれだけ強いのに」


 不思議に思ってそう尋ねたら、


「んー、できれば、エネルギー銃はあんまり使いたくないかなあ。あたしの寿命が縮んじゃうから」


 という、クーリの肝が冷えるような答えが返ってきた。エネルギー自体はプラントで補充できても、銃撃の高出力が、リアクターを急激に劣化させてしまうらしい。

 そのため、彼女は残りの中型の〈イヴァリール〉は遠回りして撒いた。


「百年の間に、都市を喰い荒らして大型化しちゃったんだよねえ。前は大きくても馬くらいだったのに」


 のんびりした口調で「面倒くさいよねえ」と同意を求めてくるアルミナに、クーリは「そうだな」と棒読みで返すしかなかった。

 ……彼女は、よくここまで生き残れたものだ。本当に。




 ようやく拠点に戻った頃には、クーリはへとへとになっていた。

 食事を取り、寝る支度をして横になる。

 隣の寝台に横になったアルミナは、頬杖をついて、からかうような笑みを浮かべた。


「クーリ、これからプラント周辺はあんな感じになっちゃうから、あたしだけで行くね。その間、ちゃんと一人でお留守番できる?」

「できる、当たり前だ」

「そっか、偉いねえクーリは」

「子供扱いすんな。……アルミナは、おれが何も出来ないからバカにしてんだろ」

「あはは、そんなことないよー」

「嘘だ」

「嘘じゃないってば。クーリはよくやってるよ。あたしは、クーリの役に立てて嬉しい」

「……」

「毎日、夜には帰ってくるからね」


 アルミナは優しい声で「おやすみ」と告げると、明かりを消した。

 真っ暗になった小屋で、クーリも「おやすみ」と囁いて目を閉じた。

 日中の疲れもあって、少年の意識はすぐに深い眠りに落ちていった。



 ◇◇◇



 翌日から、アルミナは一人でプラントに向かった。

 その間、クーリも拠点の周辺で木の実を取ってきたり、罠で魚を捕まえたり、四苦八苦しながらそれを調理して、出来ることをやった。

 今までアルミナに頼りきりだった分、自分の食事くらいは自分でやらないと、と必死に頑張った。


 アルミナは夜になるとふらりと拠点に戻ってくる。でも、あちこち汚れて、ボロボロになって帰ってくることが次第に増えていった。

 機体の表面を覆うシリコンも、日々傷だらけになっていく。

 プラント周辺に〈イヴァリール〉が増えて、攻撃が激化しているのだろう。本人は「大丈夫だよ」と笑っているが、クーリは心配で堪らなかった。


 宇宙船製造を初めて八日目。

 これまで以上にボロボロになって帰ったアルミナに、クーリはさすがに我慢できなくなった。

 特に膝の辺りが酷い。表皮代わりのシリコンが抉れ、剥き出しになった金属部分には、鋭い爪で引っ掻かいたような痛々しい傷痕がついている。

 生身の人間なら、きっと、膝から下を失くすくらいの大怪我だろう。

 そう思ったら居ても立ってもいられず、クーリは半泣きで懇願していた。


「なあ、もうやめよう。宇宙船はもういいよ。その前にアルミナが死んじゃうだろ……!」

「やだなあ、あたしは死なないよ。アンドロイドだもん」

「そういう話じゃねえよ、バカ!!!」


 あんまりな言いように、思わずクーリは大声を出してしまった。寝台に寝転がって背を向け、丸くなる。

 胸が潰れそうなほど心配なのに、こんなにも伝わらない。それがひどくもどかしかった。


「ねえ、クーリ。あと少しなんだよ。三日後には宇宙船は完成する」

「…………」

「そんなに心配なら、危険を減らすために、完成まではプラントにいる。三日後に迎えに来るね」

「……わかった」

「一緒にこの星を出ようね、クーリ」


 アルミナが優しく髪を撫でてくれる。

 無言で頷くと、嬉しそうに笑う気配がした。


 翌日。夜が明けて、アルミナは「じゃあ明後日、迎えに来るね」といつものように気負わない笑顔を残して出掛けていった。

 長い二日間、クーリは落ち着かない気持ちで、アルミナを待った。



 ◇◇◇



 ──〈イヴァリール〉の追跡をかわし、ようやくプラントに辿り着いたアルミナは、メインのコントロールルームに向かった。

 しつこく追い回されて全身土まみれだが、五体満足なだけよしとする。


 所狭しと並ぶモニターや計器の光を眺め、ここで何かするのは百年ぶりだな、と感慨深く思う。


 つい一ヶ月ほど前──クーリに会うまでは、宇宙船に関わることなど、もう二度と……永遠にないだろうと考えていた。

 この星の最後の一人として、ただ朽ちていくだけなのだ、と。


 細々とプラントを守り続けてきたのも、義務感からではない。単に感傷だった。

 懐かしさを理由にした不合理な行動で、機械としては不適格かもしれない。

 でも、そのおかげでクーリの役に立てる。


 アルミナは前列に設置された、小さな白い機器の上に黒いチップをそっと乗せた。

 クーリの乗っていたカプセルから抜き取った情報デバイスだ。この中には、宇宙における人類の最新情報が詰まっている。

 各植民惑星、宇宙ドッグの位置、安全な航路……

 それを元に、最適な航行計画を立て、繰り返しシミュレーションする。


 その間、時折プラント全体がズシン、ズシンと揺れた。〈イヴァリール〉の仕業だ。

 震源は徐々に近づきつつある。

 プラントは二週間耐えうると計算していたが、それより早く彼らはここに到達するかもしれない。

 時間との勝負だ。


「絶対に脱出させてあげるね、クーリ」


 アルミナはモニターを眺めながら呟いた。


 ──明日、あの少年を宇宙に連れていく。

 そのために、できることを全力でやるだけだ。



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