表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

2_機械を喰らう怪物

 

 廃墟の高層ビル群に走る亀裂。

 その側面を突き破り、現れたのは、信じられないほど巨大な怪物だった。

 高さ、幅ともに五十メートル、体長八十メートル。

 ギギ……と金属が軋むような音につられ、目を凝らすと、確かにそいつは普通の生き物ではなかった。

 その身体は、金属やコンクリートを寄せ集め、無造作に固めたかのようだった。


 怪物は少年が乗っていたカプセルを一口で飲み込み、がつがつと咀嚼してこちらに向き直った。

 巨体がビルを削り、瓦礫が崩落する。


「ああ……」


 顔から血の気が引いていく。

 未知なるこの場所で、唯一見知ったものが一瞬で喰われるのは恐怖でしかない。

 だが、絶望する暇さえなかった。

 金属のかたまりをペロリと平らげたそいつは、鋼鉄の目玉をギロリと動かし、二人を睥睨した。

 こいつは明らかに自分たちを狙っている。それを悟ってゾッとした。


 怪物は逃げる二人に向き直ると、追走を開始した。体を揺らしながら、徐々に加速していく。

 巨体が建物にぶつかる度、ドゴ、ドガン、と耳を塞ぎたくなる轟音が響いた。


「あれっ……あれは、なんなんっだよ……!」

「喋ると舌噛んじゃうよー」


 少年を担いで疾走するアルミナが、のんびりした口調で注意する。

 まるで明日の食事のメニューについて話しているかのようだが、続けて彼女が口にした言葉は限りなく不穏だった。


「あれは〈ヴァイリール〉。この星の固有種で、コンクリートとか鉄を食べるの。でも、一番の好物は機械なんだよねえ。あなたが乗ってたカプセルとか、あたしもそうー」


 あははーとアルミナは呑気に笑った。

 笑うところじゃないだろ、と少年が怯えていると、急に視界が開けた。

 廃墟の街の中心部──昔は大勢の人が行き交ってたであろう、無人の大通りが交差する十字路。アルミナはそこで足を止めた。

 少年を肩からストンと下ろし、左の大通りを指差す。


「あなたはそっちに走ってってね。〈ヴァイリール〉が食べたいのはあたしだけだし、別行動の方がいいと思う。撒いたら迎えに行くから、適当なとこで待ってて。できれば街の外がいいかなあ」


 アルミナは少年の肩をポンと叩き、「ほら、早く行って」と促す。

 彼が縺れるように走り出すのを見送って、アルミナはギ、ギギ、と軋む〈ヴァイリール〉に相対した。


「おーーい、あたしはこっちだよーー!」


 ブンブン手を振って、くるっと踵を返し、少女は颯爽と駆け出す。怪物がビルを崩しながらその後ろを猛追する。

 暫くの間、廃墟の街にドゴンドガンという大きな音が響き渡っていた。



 ◇◇◇



 ──どれくらい、そうしていただろうか。


 少女と別れた後、言われた道をひたすら走った。でも、すぐに息が切れてしまった。

 コールドスリープから目覚めたばかりで、元々なかった体力がさらに落ちていたのだろう。


 それでも気力を振り絞って、前へ進んだ。

 道の両側に聳えていた建物が段々低くなり、街並みが途切れ、崩れかけた人工物もまばらになっていく。

 街の外れだと思われる場所に辿り着き、彼は地面にへたりこんだ。


 助かった……そう思った。怪物が立てる地響きも、少しずつ間隔が開き、遠のきつつあるようだった。


 だが暫く一人でいると、次第に不安が募ってくる。あの少女が迎えに来てくれる保証など、どこにもないことに今さら気づいてしまったのだ。

 あの怪物に狙われて、そうそう無事でいられるとも思えなかった。


 ……絶望のなか蹲って、どれくらい時間が経っただろう。

 地響きはとうに聞こえなくなっていた。

 陽射しが徐々に傾き、静けさが辺りを包む。耳に届くのは、点在する廃墟を吹き抜ける風の音だけ。

 ──そんな時、彼女は唐突に現れた。


「みーーっけ!」


 底抜けに明るい声がした。

 思わずパッと顔を上げる。

 ──その瞬間、心にわき上がった安堵を、彼は一生忘れないだろう。

 ボロボロに汚れたアルミナが、目の前でニッコリ笑っていた。



 ◇◇◇



「……ねえ、泣かないでー」

「いや泣いてねえし!」


 実際は、安堵のあまり泣いた。

 それを必死に誤魔化す。


「じゃあ目から出てるのは、ただの水?」


 煽ってるのか、天然なのか。

 ニコニコしながらそう言ったアルミナは、ふと首をかしげた。


「そういえば、あなたの名前聞いてなかった!」

「……クーリ、だ」

「そっか、クーリかぁ……いい名前だね、クーリ」


 少女はにっこり笑うと、「じゃあ、あたしの拠点に連れてったげる!」と宣言した。




 ──そこから、二人きりの生活が始まった。

 アルミナの拠点は森の中にあった。

 掘っ立て小屋みたいな適当な作りの家だが、一応寝泊まりはできる。雨もしのげる。


 食事はアルミナが採ってくる木の実や獣、魚の肉。

 〈ヴァイリール〉のようなとんでもない種(正確には生き物ではないらしいが)もいるけれど、この星の生態系は地球とよく似ていた。

 人間が食べられるものもそれなりにあった。


「ここはねえ、ライロー星系の第二惑星、カナンだよ。ほら、月が三つあるでしょ」


 アルミナが空を指差す。

 言われて見上げた青い中空。そこには確かに三つの月が浮かんでいた。

 黄色いのが二つ、青白いのが一つ。

 クーリの知識でも、衛星三つを持つ植民惑星はカナンだけだ。……いや、すでに放棄されてしまったので、「元」植民惑星と呼ぶべきだろうか。


「おれのカプセル、別の惑星近くにあるドックを目指してたはずなんだが……」

「そっか……カプセルの故障でカナンに不時着、てとこかなあ」


 そこでアルミナが不思議そうに聞く。


「でも、そもそも、なんでカプセルに乗ってたの?」

「宇宙船がデプリにぶつかって……爆発しそうになったから、脱出カプセルに乗せられた。一緒に乗ってた家族はどうなったかわからない……」

「そっかあ。それは辛いねえ……」


 彼女は眉を下げて、クーリの頭を撫でる。

 そんなアルミナは、自分をAI搭載のアンドロイドだと説明した。

 以前は同様のアンドロイドが何体かこの星に残っていたが、みんな活動停止したり、〈ヴァイリール〉に襲われたりして、今動いているのはもう彼女だけらしい。


「なんかねえ、この星を機械化した頃から、〈ヴァイリール〉の被害がだんだん増えてきたの。廃都の亀裂みたいなのはね、〈ヴァイリール〉が食い荒らした跡だよ」

「……それで、星ごと放棄することになったのか」

「そういうことー。〈ヴァイリール〉を排除するのは無理って結論になったんだよねえ」


 都市や機械がある限り、〈ヴァイリール〉はいくらでも増殖してしまう。

 そのため、人々はせっかく手に入れた惑星を去ることになった。


「私たちAk型アンドロイドは、脱出する宇宙船を、地上から支援する役割を与えられたの。だからこの星に残ったんだ。でも今はすることないから適当にやってるー」


 あはは、と笑う彼女に悲壮感はない。

 ニコニコしているアルミナに脱力すると同時に、クーリは何だか救われた気分になった。


「あ、ねえねえ。クーリはこれからどうしたい?この星を出たいなら、なんか方法考えるけどー」

「……出られるのか?」

「まあ、やってやれないことはないよ。そういう目的であたしはこっちに残ったし。それにあたしの動力って、あと二、三年が限界なの」

「えっ……」


 あっけらかんと言う彼女に、むしろクーリが動揺した。


「あたしが動かなくなったら、クーリはこの星で一人になっちゃうもんね。よく考えてみてー」


 言われて、クーリは数日あれこれ考えた。

 そして出した結論は、「カナンを出たい」だった。この星で一人になってしまうことに、耐えられる気がしなかったからだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ