2_機械を喰らう怪物
廃墟の高層ビル群に走る亀裂。
その側面を突き破り、現れたのは、信じられないほど巨大な怪物だった。
高さ、幅ともに五十メートル、体長八十メートル。
ギギ……と金属が軋むような音につられ、目を凝らすと、確かにそいつは普通の生き物ではなかった。
その身体は、金属やコンクリートを寄せ集め、無造作に固めたかのようだった。
怪物は少年が乗っていたカプセルを一口で飲み込み、がつがつと咀嚼してこちらに向き直った。
巨体がビルを削り、瓦礫が崩落する。
「ああ……」
顔から血の気が引いていく。
未知なるこの場所で、唯一見知ったものが一瞬で喰われるのは恐怖でしかない。
だが、絶望する暇さえなかった。
金属のかたまりをペロリと平らげたそいつは、鋼鉄の目玉をギロリと動かし、二人を睥睨した。
こいつは明らかに自分たちを狙っている。それを悟ってゾッとした。
怪物は逃げる二人に向き直ると、追走を開始した。体を揺らしながら、徐々に加速していく。
巨体が建物にぶつかる度、ドゴ、ドガン、と耳を塞ぎたくなる轟音が響いた。
「あれっ……あれは、なんなんっだよ……!」
「喋ると舌噛んじゃうよー」
少年を担いで疾走するアルミナが、のんびりした口調で注意する。
まるで明日の食事のメニューについて話しているかのようだが、続けて彼女が口にした言葉は限りなく不穏だった。
「あれは〈ヴァイリール〉。この星の固有種で、コンクリートとか鉄を食べるの。でも、一番の好物は機械なんだよねえ。あなたが乗ってたカプセルとか、あたしもそうー」
あははーとアルミナは呑気に笑った。
笑うところじゃないだろ、と少年が怯えていると、急に視界が開けた。
廃墟の街の中心部──昔は大勢の人が行き交ってたであろう、無人の大通りが交差する十字路。アルミナはそこで足を止めた。
少年を肩からストンと下ろし、左の大通りを指差す。
「あなたはそっちに走ってってね。〈ヴァイリール〉が食べたいのはあたしだけだし、別行動の方がいいと思う。撒いたら迎えに行くから、適当なとこで待ってて。できれば街の外がいいかなあ」
アルミナは少年の肩をポンと叩き、「ほら、早く行って」と促す。
彼が縺れるように走り出すのを見送って、アルミナはギ、ギギ、と軋む〈ヴァイリール〉に相対した。
「おーーい、あたしはこっちだよーー!」
ブンブン手を振って、くるっと踵を返し、少女は颯爽と駆け出す。怪物がビルを崩しながらその後ろを猛追する。
暫くの間、廃墟の街にドゴンドガンという大きな音が響き渡っていた。
◇◇◇
──どれくらい、そうしていただろうか。
少女と別れた後、言われた道をひたすら走った。でも、すぐに息が切れてしまった。
コールドスリープから目覚めたばかりで、元々なかった体力がさらに落ちていたのだろう。
それでも気力を振り絞って、前へ進んだ。
道の両側に聳えていた建物が段々低くなり、街並みが途切れ、崩れかけた人工物もまばらになっていく。
街の外れだと思われる場所に辿り着き、彼は地面にへたりこんだ。
助かった……そう思った。怪物が立てる地響きも、少しずつ間隔が開き、遠のきつつあるようだった。
だが暫く一人でいると、次第に不安が募ってくる。あの少女が迎えに来てくれる保証など、どこにもないことに今さら気づいてしまったのだ。
あの怪物に狙われて、そうそう無事でいられるとも思えなかった。
……絶望のなか蹲って、どれくらい時間が経っただろう。
地響きはとうに聞こえなくなっていた。
陽射しが徐々に傾き、静けさが辺りを包む。耳に届くのは、点在する廃墟を吹き抜ける風の音だけ。
──そんな時、彼女は唐突に現れた。
「みーーっけ!」
底抜けに明るい声がした。
思わずパッと顔を上げる。
──その瞬間、心にわき上がった安堵を、彼は一生忘れないだろう。
ボロボロに汚れたアルミナが、目の前でニッコリ笑っていた。
◇◇◇
「……ねえ、泣かないでー」
「いや泣いてねえし!」
実際は、安堵のあまり泣いた。
それを必死に誤魔化す。
「じゃあ目から出てるのは、ただの水?」
煽ってるのか、天然なのか。
ニコニコしながらそう言ったアルミナは、ふと首をかしげた。
「そういえば、あなたの名前聞いてなかった!」
「……クーリ、だ」
「そっか、クーリかぁ……いい名前だね、クーリ」
少女はにっこり笑うと、「じゃあ、あたしの拠点に連れてったげる!」と宣言した。
──そこから、二人きりの生活が始まった。
アルミナの拠点は森の中にあった。
掘っ立て小屋みたいな適当な作りの家だが、一応寝泊まりはできる。雨もしのげる。
食事はアルミナが採ってくる木の実や獣、魚の肉。
〈ヴァイリール〉のようなとんでもない種(正確には生き物ではないらしいが)もいるけれど、この星の生態系は地球とよく似ていた。
人間が食べられるものもそれなりにあった。
「ここはねえ、ライロー星系の第二惑星、カナンだよ。ほら、月が三つあるでしょ」
アルミナが空を指差す。
言われて見上げた青い中空。そこには確かに三つの月が浮かんでいた。
黄色いのが二つ、青白いのが一つ。
クーリの知識でも、衛星三つを持つ植民惑星はカナンだけだ。……いや、すでに放棄されてしまったので、「元」植民惑星と呼ぶべきだろうか。
「おれのカプセル、別の惑星近くにあるドックを目指してたはずなんだが……」
「そっか……カプセルの故障でカナンに不時着、てとこかなあ」
そこでアルミナが不思議そうに聞く。
「でも、そもそも、なんでカプセルに乗ってたの?」
「宇宙船がデプリにぶつかって……爆発しそうになったから、脱出カプセルに乗せられた。一緒に乗ってた家族はどうなったかわからない……」
「そっかあ。それは辛いねえ……」
彼女は眉を下げて、クーリの頭を撫でる。
そんなアルミナは、自分をAI搭載のアンドロイドだと説明した。
以前は同様のアンドロイドが何体かこの星に残っていたが、みんな活動停止したり、〈ヴァイリール〉に襲われたりして、今動いているのはもう彼女だけらしい。
「なんかねえ、この星を機械化した頃から、〈ヴァイリール〉の被害がだんだん増えてきたの。廃都の亀裂みたいなのはね、〈ヴァイリール〉が食い荒らした跡だよ」
「……それで、星ごと放棄することになったのか」
「そういうことー。〈ヴァイリール〉を排除するのは無理って結論になったんだよねえ」
都市や機械がある限り、〈ヴァイリール〉はいくらでも増殖してしまう。
そのため、人々はせっかく手に入れた惑星を去ることになった。
「私たちAk型アンドロイドは、脱出する宇宙船を、地上から支援する役割を与えられたの。だからこの星に残ったんだ。でも今はすることないから適当にやってるー」
あはは、と笑う彼女に悲壮感はない。
ニコニコしているアルミナに脱力すると同時に、クーリは何だか救われた気分になった。
「あ、ねえねえ。クーリはこれからどうしたい?この星を出たいなら、なんか方法考えるけどー」
「……出られるのか?」
「まあ、やってやれないことはないよ。そういう目的であたしはこっちに残ったし。それにあたしの動力って、あと二、三年が限界なの」
「えっ……」
あっけらかんと言う彼女に、むしろクーリが動揺した。
「あたしが動かなくなったら、クーリはこの星で一人になっちゃうもんね。よく考えてみてー」
言われて、クーリは数日あれこれ考えた。
そして出した結論は、「カナンを出たい」だった。この星で一人になってしまうことに、耐えられる気がしなかったからだ。




