1_カプセル
──その日、空からカプセルが落ちてきた。
「ん?」
視界の端。
何かが光った。
空を見上げる。
雲はない。ただ無窮の青が広がっている。
青を帯びた大気を切り裂くように、その何かは、物凄いスピードで落下していた。
みるみる内に地表に近づき、アルミナが「あ、地面に衝突する」と思った瞬間。
その何かの上方で、大輪の花のようなもの──きっと白いパラシュートだ──が、パッと開いた。
パラシュートの花はふわりふわりと風に流され、瓦礫の街へと落ちていく。
視界をズームに切り替えると、パラシュートに金属のかたまりがぶら下がっているのが見えた。さっき光ってたのはこれだろう。
長さ三メートル、幅一メートルくらいの、おそらく、カプセルか何か。
アルミナはそれに強く、強く興味を引かれていた。瞬きもせず目で追う。
過去、星の外へ脱出する船ならたくさん見てきた。アルミナはずーっと、それを見送る側であったので。
でも長くここで生きてきて、大気圏外から何かが落ちてきたのは初めてのことだった。
「なんだろ、気になるー!」
落下地点を計算する。およそ二十キロ先。
いったいあのカプセルの中に何が入ってるんだろう。好奇心がうずく。
よし、確かめてみよう。
そう思った瞬間にはもう、アルミナは駆け出していた。
アルミナは、カプセルの落下地点だと思われる場所に立っていた。
目の前には、廃墟の街を引き裂くような、深い亀裂がぽっかりと口を開けている。
その幅は約五十メートル。長さは街の端から端まで。
都市全体に何本も走っているこの亀裂の奥底。瓦礫の街の最下層に、カプセルは落っこちてしまったらしい。
「うーん、どうしよ」
一人ごちる。この街はアルミナにとって安全ではない。亀裂の底は、特に。
でも迷ったのは一瞬だった。
アルミナはカプセルの落ちた所まで降りてみることにした。
今にも崩れそうなビルの縁や、剥き出しになった鉄骨を器用に伝って、ひょいひょいと身軽に降りていく。
そうして五分もすると、渓谷に似た亀裂の底、一番下の階層に辿り着いた。
ふと頭上を仰ぐ。街の最下層から見上げた空は、青い一本の帯のようだった。そこからうっすらと太陽の光が射し込んでいる。
視線を下げると、アルミナの予想通り、くたりと萎れたパラシュートと、金属のかたまりがそこに転がっていた。
「なんだろうなー?」
近づいて、側にかがんでコンコンと叩いてみる。
側面に蓋のようなパネルがついているが、ボタンのようなものは見当たらない。
内側からしか開けない構造になっているようだ。
「いいよね、こじあけちゃお」
アルミナはパネルの僅かな隙間に指をかけ、力を込めた。するとパネルが熱した飴のように歪み、細い隙間ができた。
さらに指を差し入れ、指先からシュルシュルとコードを伸ばす。
それが内側の機械に入り込んだかと思うと──シューッと音を立てて外側のパネルが開いた。
「……うわ、人だ。しかも生きてる」
カプセルの中にいたのは人間──十五、六歳くらいの少年だった。
短めの黒髪に、平均的な体重と身長。ほそっこい手足。
まさかとは思っていたが、さすがに本物を見ると驚いてしまう。
アルミナが最後に宇宙船を見送ったのは、百年以上も前のことだ。生きた人間を目にするのもそれ以来である。
どうしたもんか、と思ったその時。
廃墟の街のどこかから地響きがした。
「あー、あいつに見つかっちゃった。ねえ、起きてよーう」
ペチペチと頬を叩くと、少年は「うーん」と唸って身動ぎした。
薄く開いた目蓋から覗く瞳は、髪と同じ黒。宇宙の深淵のように綺麗だな、とアルミナはほんの一瞬見とれた。
──誰かが声をかけている。
意識が夢うつつから現実に引き戻されていく。
自分は助かったのだろうか、とぼんやり考えながら、少年は薄く目蓋を持ち上げた。
そして視界に飛び込んで来たのは──類い稀な美貌の少女だった。
一瞬あの世からお迎えが来たのかと思ったが、はっきりしてきた意識が、いや違う、と否定する。鮮やかな水色の髪に、煌めく銀の瞳。精巧な人形のように整った顔立ち。天使ではないが、おそらく人間でもない。
少女の色彩は、自然に生まれた人間のそれではなかった。
着ている服は身体にぴったりしたワンピース型のスーツとレギンスで、デザイン自体は普通、というかありきたりだ。けれど表面は独特の光沢を放っていた。
あれは、おそらくメイオール樹脂だろう。数百年の耐久性を誇るといわれる高級素材だ。
「あ、起きたんだねえ、よかった。ここにいたら危ないから、移動するけどいい?」
のんびり言われて気がつく。
少年のカプセルが……いや、周囲の廃墟全体が、細かく振動していた。鼓膜を震わせる地響きも次第に大きくなっていく。
何かがこちらへ迫っているのだろうか……?
「このカプセルはさすがに持っていけないなあ」
呟いた少女はカプセル内側の制御装置に手を伸ばした。そこに軽く手を当て、目蓋を閉じる。
その数秒後、パチッと目を開けた少女は、制御装置をバキッと力任せに引き剥がすと、その奥に手を突っ込んで、小さなパーツを取り出した。
「ん、これは使えそうだねぇ」
彼女は黒い小さなパーツをしげしげと眺めた。その間にも、地響きはどんどん大きくなる。もう轟音と言っていいくらいだ。
だが少女の態度は、音の主を脅威だと思ってないかのように、のんびりしたものだった。
「君は……?」
「あー、まだ名前を言ってなかったね。あたしはアルミナ。じゃ、とっとと逃げよっか」
「うわっ!!?」
アルミナは服のポケットにパーツを仕舞うと、無造作に少年を抱え上げた。
荷物のように彼を肩に担ぎ、亀裂の底を走り出す。しなやかで力強い走りは、幼い頃、図鑑の動画で見た地球の鹿を連想させた。
その時────逃走する二人の背後で、ドゴオッという激しい音が轟いた。
ビル街を抉り取ったかのような亀裂の側面が弾ける。
瓦礫が降り注ぎ、土煙が舞い上がった。
もうもうと吹き荒れる薄茶の煙。
その中から現れたのは、こちらも図鑑で見た地球の深海魚──鮟鱇のように巨大な口腔を持つ、怪物。
見たこともないその光景に、少年は息を飲んだ。




