第9話 アリシアとの魔法の『実践訓練』
アリシアは激しい怒気——というか強い殺気を放っていた。普通、10歳の実の弟に裸を見られたくらいで普通、ここまで強い殺気を放てるものか。
流石は我が実の姉ながら性格が良くない。
「それでは、これより魔法による『実践訓練』を始めます」
アリシアは宣言する。
「い、いいですか。じ、『実践訓練』を行うのは構いませんが。それはあくまで『訓練』ですよ。あまり、相手に怪我をさせないように」
エスティアはそう注意する。
「え、ええ。それはもう、勿論。できうる限り留意致しますわ。でも、その『訓練』の結果、不慮の事故が起きて愚弟が命を落とすような事があっても仕方ありませんわ
。なんと言っても、それはただの不慮の出来事。不幸な事故なのですから」
アリシアは哄笑し始める。
「おっほっほっほっほっほ! 不慮の事故により、儚い夜空の一つ星になる愚かな愚弟。せめて、最後の一瞬くらいはこの高貴で美しい、この私の裸体を思い浮かべながらその短い生涯に幕を閉じるがいいわ。おっほっほっほ! おっほっほっほっほっほ!」
この姉。『不慮の事故』を装う気すら何もない。『実践訓練』という名目の下に俺を殺害するつもりなのだろう。全く、風呂を覗いたくらいで殺されていては命がいくつあっても足りはしない。
死亡フラグを迎えいるより前に姉であるアリシアに殺されるなんてまっぴらごめんだ。
「エスティア先生。魔法で何かで合図をお願いします。それにより愚弟との『実践訓練』のスタートと致しますわ」
「わかりました。では、爆裂系の魔法を頭上に放ちます。破裂音が聞こえたら、『実践訓練』を始めてください」
エスティアは俺達の頭上に魔法を放つ。火属性の魔法。本来は爆弾のように魔力を爆裂させて広範囲の敵にダメージを与える魔法だ。
「フレアボム」
エスティアが爆裂魔法を放った。
ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!
頭上でエスティアの爆裂魔法『フレアボム』が炸裂し、けたたましい音がその場に響き渡った。
「行きますわよ! 我が愚弟。高貴なるこの私の強力にして無慈悲なこの私の魔法を食らい、冥府に旅立つがいいわ!」
いちいちよく喋る姉だなぁ、本当に。余計な事ばっか本当よく喋る。
「ファイアボール!」
アリシアはファイアボールを放った。ファイアボールは炎属性の初級魔法だ。いくら初手の様子見とは言え、いくら何でも今の俺を舐めすぎというものであろう。
「シャドウウォール」
俺の影から突如として、黒い壁のようなものが出現した。闇魔法『シャドウウォール』。使用者である俺を護る盾となるのだ。俺の使用した『シャドウウォール』の効果により、アリシアの放ったファイアボールは容易に防がれてしまう。
「ちっ。ちょこざいな」
「いくら何でも、僕を舐めすぎだよ。お姉様」
「ふん。そんな事くらいわかっています。これはただの小手調べよ。こんなもので勝負が決まってしまったらいくら愚弟相手とはいえ、面白味がなさすぎるわよ」
アリシアは次の魔法を放とうとする。
「だったらこれはどうかしら」
アリシアの手には火の精霊と風の精霊が集まっていくのを感じ取る事ができた。
『二重属性魔法』
四大属性のうち、複数の属性に長けた者は複数の属性の魔法を同時に使う事ができ、そのシナジーにより、その威力が格段に高まったり、効果範囲を広げる事ができるようになるなどの、単一属性の魔法しか扱えない魔法師にはできない特別な効果を発揮する事ができた。
それが『二重属性魔法』である。要するに二つの異なる属性の魔法を組み合わせる事でより強力な魔法を放つ事ができるようになる、という理解で良い。
ただこの『二重属性魔法』にも問題点がいくつかあった。一つに、当然のように消費する魔力量が多くなる事。二つの属性の精霊に働きかけ、魔法を行使するのだ。
そうなると単純に考えれば使用される魔力は倍増されるというわけだ。
次に、属性により相性というものが存在する。基本的に火の属性と水の属性は相性が悪く、掛け合わせる事はできない。お湯の中に氷を入れても溶けてしまう事を考えれば自然な道理であろう。
だからいくら四大属性の魔法を極めていたとしても『四重属性魔法』なんていうものが使えるわけではないし、使えるとしてもその単純計算で四倍に増える魔力消費量に見合うだけの効果があるわけでもない。つまりはせいぜいが使えたとしても『三重属性魔法』くらいのものだ。
今からアリシアが放とうとしている魔法は火属性と風属性の『二重属性魔法』である。
「フレイムブラスト!」
俺に襲い掛かってきたのはその身を切り裂かんとする突風と灼熱のような紅蓮のような灼熱。その異なる属性の二つが同時に襲い掛かってくる。
流石に我が実の姉であるアリシアである。性格はともかくとして魔法の才能だけはピカイチであった。とても12歳の少女が放つ魔法とは思えない。その威力も、12歳にして高等魔法である『二重属性魔法』を使えるというのは驚異的な事だった。
この魔法であったのならば、俺の繰り出す闇魔法『シャドウウォール』を以てしても防ぎ切れそうにない。ダメージを負ってしまう事であろう。
だが、相手が悪い。この『アーサー・フィン・オルレアン』の肉体は真面目に努力と修練さえ怠らなければその才能は姉であるアリシアに決して劣るものではない。
その事を証明してやろうではないか。
確かにアリシアの『二重属性魔法』「フレイムブラスト」は大層な威力である事が想像された。
だが、結局のところ攻撃なんて当たらなければいいのだ。どんな強力な攻撃も当たらなければどうという事もない。昔、どこかの偉い人が言っていたではないか。そう。
俺は新たなる魔法を発動させた。
「シャドウワープ」
その闇魔法は単純にして明快。さらには攻撃と防御を両立させる便利な魔法であった。効果は俺が視認できる範囲の影から影に自在に移動する事が出来るという、便利な闇魔法であった。その効果は地味なようでいて、強力な効果だ。特に手ぶらで闘っているような魔法師相手には有効な攻撃手段であった。
強烈な熱と風に包まれ、俺の姿は見えなくなった。アリシアの頬が緩む。恐らくは自身の勝利を確認したのだろう。
しかし。俺はアリシアの予想だにしていない方向に現れた。『シャドウワープ』により乗り移った影は当然のようにアリシアの影だ。
「なっ!?」
アリシアは俺の気配を察したのだろう。だが、遅すぎる。魔法なんていうのは発動までに時間がかかるのが定石だ。特に、その威力が高ければ高い程、発動にまでかかる時間と、その発動後の隙みたいなものがどうしても生まれてくるのが自明の理であった。
「シャドウナイフ」
闇魔法『シャドウナイフ』効果は単純。闇から鋭利なナイフを作り出す。攻撃範囲は狭く、その威力も大して高くない。普通のナイフと違って携帯しなくてもいいのが利点なくらい。それと威力がない反面、発動までの間がなく、隙もない事くらいか。
「お姉様。詰みですよ。僕の勝ちです」
「い、いつからそこに」
「闇魔法で僕の影から後ろの影に乗り移ったのです」
「ひ、卑怯よ。後ろから襲ってくるなんて」
「卑怯? 闘いに卑怯もクソもないでしょう。お姉様は敵に背後を取られたら卑怯だと言うのですか? それで敵が矛を収めるなど。正々堂々なんてスポーツの場でしか起こりえない事です」
「それもそうね。あなたの言う通りよ」
アリシアは不敵に笑う。
と、突如。地響きが始まった。これはアリシアの放った魔法だ。
「アースクエイク」
地属性魔法『アースクエイク』。アリシアの放った魔法により、地面が陥没し始めた。それにより、俺も足を取られ、バランスを取るので必死になった。アリシアを離してしまう。
「な? 僕の勝ちじゃ」
「何言っているのよ。私はこうして生きてるじゃない。生きているだから負けじゃないのよ」
こんな魔法の『実践訓練』くらいで命のやり取りをするわけがないだろうに。だが、この闘いはまだ続くようであった。