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第8話 入浴を覗かれたアリシアは激怒する

 そう、俺の身体は10歳の少年のものだ。それにその行為は過失によるものである。決してわざとではない。だから、その行為には幾分かの言い訳の余地を残そう。仕方なかったのだと。


俺はアリシアの言葉を聞いていなかっただけだ。だから、わざとではない。決して俺はスケベな目的で大浴場に入ったわけではない。それだけは誓って良い。


 あれはそうだ。確か、俺達は突然の大雨に打たれたのだ。だから、そう、俺は風邪をひいてはいけないと大浴場の風呂に入ろうとしたのだ。


 それはよくあるイベントだろう。同居ものラブコメなんかでも定番だ。一つ屋根の下に暮らしていればよくある過ち(イベント)のひとつだろう。ひとつはトイレでばったり。ひとつは着替え中に部屋でばったり。そしてもうひとつが入浴中にばったりだ。


この場合は当然のように最後に述べた奴である。


「あっ……」


 俺は入浴中のアリシアとエスティアにばったり鉢合わせていた。


 当然のように、入浴中に服など身に着けているはずもない。お互いに全裸だった。アリシアの身体はまだ少女らしさを残していた。


 年齢から言えば、それも当然と言えた。彼女はまだ12歳なのだ。12歳といえその二つの膨らみは確かなものであった。将来は大きくたわわに実るであろう。


 そんな予感を抱かせるような体付きをしていた。


 対するエスティアは少女のような背丈と童顔をしつつも、服の上からでもわかっていた巨大な胸の膨らみは決してパットで作られたようなハリボテではなかった。


 実際にこの目で視認したからこそ、その胸が見栄で作られた偽物などではないと断言する事ができた。


 少女のような顔と背丈からは想像できない程のたわわに実った二つの果実は実にアンバランスであるようにも見えた。


「えっと……」


 ここはどうする? どうなるんだ? 大抵の場合そうだ。女の子はこういう時、悲鳴を上げるのだ。それで桶でも投げる。それと共に、男の俺は退散する。それがこういう場合のテンプレート的な展開であると言えよう。


 エスティアはただ呆けていただけだ。そもそもエルフのように人間のような羞恥感情があるのかもわからない。感覚がそもそも人間とエルフでは違うのかもしれない。彼女は俺に裸を見られても特に何か危害を加えてきそうにもなかった。


 それはもう、想像通りの反応だ。


 だが、アリシアはそうならなかった。それも想像通りの反応と言えた。彼女は悲鳴を上げるまでもなく、ギリギリと歯ぎしりをし、怒りを露わにさせた。


「愚弟。少しは力を身に着けたからと言って、いくら何でも調子に乗りすぎではないかしら? 性欲に目覚めた淫乱な猿みたいな愚弟にはきついお仕置きをしてあげなければならないようね」


「ご、誤解です。お姉様。お姉様の言う事をよく聞いてなかった事は謝ります。で、ですが別に僕にそんなつもりじゃなかったんです。別に僕は助平な目的で大浴場に入ったのではないのです。そう、これは不幸な事故なのです」


「ふん……不埒な痴漢はいつもそう言って、見苦しい言い訳を並べるものです」


「それに、僕とお姉様は血の通った姉弟(きょうだい)ではありませんか。一緒に入浴したところで何の不思議ではないでしょう。それに、僕はまだ子供ですよ。そんな性的な目で二人の身体を見るはずがないですよ」


「年齢を言い訳に不埒な変態行為を正当化するなど実にこざかしい。それに愚弟。私は一度たりともあなたを実の弟だと認めた事はありません。入浴を共にするなど考えた事すらない」


 ダメだ。何をどう取り繕おうと、アリシアの怒りが治まる事はありそうにもなかった。アリシアは手に魔力を集中させる。掌に顕現せしは炎のようだった。アリシアは火属性の魔法を放とうとしたんだ。


「落ち着いてください。アリシアさん」


 エスティアはアリシアを後ろから抱き着いて制した。


「は、離してください。エスティア先生。先生の裸は元より、高貴な私の裸を見るという大罪を犯したのです。あの愚弟をギタンギタンのバッタン、バッタンのボコボコにした上に、何日にも続く拷問を与え、この世に生まれてきた事を後悔させてやるのです!」


 アリシアは怒鳴り声を散らしまくる。


「止めないでください! エスティア先生! あの不埒な愚弟を最低でも虚勢してやらなければ済みません!」


 アリシアは激怒をしていた。その場はエスティアに制せられ、宥められ、一応、その場の怒りは治まった。


 とはいえ、完全に怒りが治まったわけでもなかった。元々、愛想の欠片もなかったアリシアの態度がさらに酷いものとなった。「ふん」と言って顔を背けて、ろくに顔も合わせてはくれないのだ。


 やはり、入浴を覗かれた事を根に持っているのだろう。10歳の弟に裸を見られたくらいで普通こんなに根を持つものだろうか。やはり我が姉は性格がおかしいのだろう。流石は我が姉、というべきか。

 そもそもの話として性根が腐っているのだ。他人の過ちを赦す器というものを持ち合わせてはいないのであろう。


                  ◇


 そして翌日の事であった。その日もまた、前日と同じようにエスティアにより魔法の実践講義が行われていた。


 その時、ついにはアリシアが制裁に乗り出してきた。とはいっても、不意打ちでいきなりしかけてきたのではない。アリシアは性格こそ実に悪いが、それでも頭はそれなりに回る少女だ。

 そして自分が世界で一番正しく、一番強いという勘違いをしているという、致命的な部分で頭の悪い少女でもある。


「魔法による実戦訓練を許可して欲しい?」


 アリシアはエスティアにそう提案した。


「ええ。愚弟の奴、少しばかりは力を身に着けたでしょう。今でしたら、偉大なるこの私が相手でも少しは良い勝負になるのではないかと思って」


 アリシアの魂胆は明白だった。『実践訓練』という名目の下、俺をいたぶって憂さ晴らしをしたいのであろう。

 高々12歳の少女が弟に裸を見られたくらいでいつまでも根に持つなど実に性格が悪いがそれも実に我が姉らしい事であった。


「それは確かにそうかもしれませんが」


「で、あったらよろしいでしょう。愚弟。私と闘いましょう。安心しなさい。これはただの『実践訓練』。魔法の『実践訓練』なのだから。そう、訓練。ただの訓練なのよ」


 くどいくらい、『訓練』という事をアピールしていた。


「そ、そして。訓練という名目のもとに、愚弟をギタンギタンのバッタン、バッタンのボコボコにしてやるのよ。ぐっふっふ。くっふっふ。おっほっほっほっほっほ!」


 アリシアは哄笑した。もう本音が駄々漏れだった。


 俺も断る理由がなかった。この短期間の訓練で俺の実力がどれくらいのレベルに至っているのかをアリシアで試す良い試験(テスト)だと考えられたからだ。


「良いよ。お姉様。じゃあ、やろうか。その『実践訓練』とやらを」


「ふっ。余裕ぶったその態度がむかつくわね。この優秀な私にまさか勝てるとでも思っているのかしら。その思い上がりがいかに愚かか、この私が痛みを以て教えてあげるわ」


 アリシアは鋭い眼光で俺を睨みつける。


 こうして、俺とアリシアの『実践訓練』が始まったのである。



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