第6話 初めて闇魔法を放つ
「な……なによ、これは……」
姉は魔法を放とうとしている俺に驚愕していた。とはいえ、発している魔力量自体にでない。その魔力量自体が特別多いわけではない。平均的な子供に比べれば多い方であるかとは思うが、素質を持って生まれたアリシアと比べて特別多いという事もないだろう。
問題なのは魔力を介して干渉している精霊にある。その精霊が発している色は黒く、不気味なオーラを放っていた。その精霊はアリシアが見た事のないものだったからだ。魔法の講師であるエスティアも同様であった。彼女の経験……恐らくは見た目に反して相当に長い人生経験の中でもあまり見た事はないのであろう。
エスティアはその瞳を大きく見開いていた。
驚いている二人に対して、俺は極めて冷静であった。なぜならその事を知っているからだ。原作ゲームで『アーサー・フィン・オルレアン』は使える者が殆どいない。希少な魔法属性である『闇属性』を扱う事ができた。
だから俺にとっては闇の精霊に干渉できる事は驚きではない。だが、二人は違う。予想外の出来事に驚愕している様子であった。
俺は遠くにある大岩を見据えた。そして、干渉した闇の精霊から力を借りて、魔法を放つ。
「ダークフレイム」
放たれた闇の炎は普通の炎のように熱を感じなかった。故にアリシアの放った炎属性の魔法のように焼失はさせなかった。だが、その闇の炎は大岩を食らいつくし、消失させた。
「どうしたのですか? お姉様?」
呆けている姉に、俺はわざとらしく聞いてみた。とはいえ、なぜ驚いているのかまで理解しているが普段の行いの当てつけにわざとらしく聞いてみたのだ。
「い、今の魔法はなんですか? 私だって基本的な属性魔法は一通り使えるのです。火・水・地・風。この世の中には基本的には四大属性の魔法しかないと聞いております。ですが、先ほどの魔法はその四大属性のどれにも当てはまらなかった。あの魔法は一体何なのですか?」
「恐らくですが」
魔法に対する知見に長けたエスティアは何となく理解したようだ。
「先ほど放った魔法。あの魔法は四大属性以外の魔法です」
「四大属性以外の魔法、そんなものがあるのですか!?」
アリシアは驚いたように声を上げる。
「古代には四大属性以外の魔法を使う魔法師も存在していたという文献を読んだ事があります。現代では失われてしまいましたが、それでも極稀に四大属性以外の魔法を使える者も生まれてくるのかもしれません」
エスティアは考えつつ、
「そして、恐らくは使ったのは闇属性の魔法です。光と闇の魔法は古代には存在していたと文献で読んだ事があります。あの黒い闇のような力は間違いなく光ではなく闇の魔法でしょう」
「こ、この怠惰でいい加減な穀潰しの愚弟がそんな珍しい魔法を使えるというのですか?」
アリシアは叫ぶ。
「そ、その言い方はあんまりです。実の弟を怠惰だのいい加減だとごく潰しだの、愚弟だの、悪く言ってはいけません。それに、最近ではアーサー君は心を入れ替え真面目に頑張っているではないですか」
「そ、それはその通りですが……」
至極真っ当な事を言われ、アリシアは黙り込んだ。俺が心を入れ替え、努力しているように見えるのは別に性根が変わったわけではない。アリシアの言う通りである。
俺はの怠惰でいい加減な穀潰しの愚弟である。その認識は決して間違いではない。ただ俺はこれからやってくる死亡ENDの事を知っていた。そして、その死亡ENDを回避する為には怠惰に過ごしているわけにも行かなくなった。
必要に駆られて必死になっているというだけで、別に性根が変わったかというと、そんな事はない。
俺は死亡ENDを回避した暁には死ぬほどダラダラしてやるつもりなのだ。
「わ、わかりました。愚弟——い、いえ。私の弟のアーサーがその闇魔法という珍しい魔法が使える事はわかりました。ですが、なぜ使えるのです?」
「そ、それは私もわかりません。恐らくですが、アーサー君は特別な才能を以て生まれたのだと思います。アーサー君、他の精霊に干渉はできそうですか?」
「や、やってみます」
エスティアに言われ、俺は瞳を閉じて精神を統一する。他の精霊に干渉し、魔法を行使してみようと試みた。だが、如何せんどうにもならないのだ。基本となる四大属性の精霊達は俺の呼びかけに応えてくれそうにもない。
応えてくれるのは闇の精霊だけだ。これは努力の問題ではどうしょうもならない。適正の問題だし、才能の問題だ。この『アーサー・フィン・オルレアン』という少年の肉体には四大属性の魔法は使えないようになっている。そして闇属性の魔法のみを使う事ができる。
そう、生まれつき設定されているようにしか思えなかった。
「ダメです。どうやっても他の精霊は応えてはくれそうにもありません」
「……そうですか。恐らくは闇属性の精霊との波長が合うのでしょう。ですが、普通は干渉できない精霊とは波長が合わずに魔法を行使できないのでしょう」
「ふーん。精霊に嫌われそうな性格しているものね」
アリシアはしれっと毒舌を吐いた。せ、性格が悪いのは俺だけではない。我が姉アリシアよ。お前も性格が悪い。その性格の悪さから、ゆくゆくは学園で『悪役令嬢』として皆から忌み嫌われ、距離を取られる運命にあるのだ。
「ともかく、闇魔法が使えるのは貴重な才能なのです。この貴重な才能は魔法研究にとっての大きな進歩になるかもしれませんよ」
エスティアは浮かれていた。やはり魔法師だけあって、魔法に対する興味は人一倍強いようであった。こうして俺は翌日からエスティアの指導に基づき、闇魔法を極めていく事になる。