第30話 取り巻きとの会話
「あっ、変態貴族のアーサー君だ」
俺が男子寮の自室に戻るとリオンが開口一番そんな事を言ってきた。
「う、うるさい! 誰が変態貴族だ! 誰が! い、いや。だが否定しきれんな……うん」
あれから俺は学園内で『悪役貴族』としてではなく女風呂に侵入した『変態貴族』としてその名を馳せる事にした。
「大浴場にいた時、背中に女の子を隠してたんでしょ?」
「うっ」
ダメだ。こいつには嘘など通じない。天性の洞察能力を持っているのだ。何もかもお見通しだ。
「どういう理由でかはわからないけど、男湯に入って来たその娘を庇おうとして君は女湯に移動したんだ。どうだ? 大体そういう事だろう」
「ま、まあ……大体そういう事だ」
なぜ俺はこのイケメンチート主人公の未来の花嫁の羞恥と退学の為に、『変態貴族』の汚名を被らねばならないのか。シナリオ(運命)通りにいけばそうなるであろう。
理不尽ではないか。ただ我が姉の愚行(確証はまだないが)が招いた結果なのだから、俺としても多少の負い目はあった。だからああいう行動にならざるを得なかったのだ。
「ふーん。お人よしなんだね。アーサー君は」
「う、うるさい。お、俺はお人よしなどではない」
「じゃあ変態のお人よしだ」
「や、やめろ。変態をつけるな。余計な一言にも程があるだろうが。ともかく、今日は俺は寝るぞ。疲れたのだ」
俺はベッドに潜り込み、一日を終えるのであった。
◇
その日、俺は理事長室にいた。理事長であるカレンと被害者であるフィオナ、それからその三人以外にも、もう一人の少女がいた。あの日の容疑者である。
エリス・フォア・ドレイブニス
アリシアと同じく、顔立ちは整っているがその裏に秘めた性格が悪そうな顔をした少女。アリシアの取り巻きを務めている少女の一人であり、この学園の二年生である。
「あなたはお姉様の弟の……女風呂に侵入してきた変態貴族さんではないですか」
エリスは俺の顔を見るなり、そんな事を言ってきたのだ。
「ぐっ……うう」
俺は怒りを堪える。誰のせいで巡り巡ってその結果になったと思っているんだ。
「それで、私に何の用ですか? 理事長。私もそんなに暇ではありませんが」
「そこにいるフィオナ・オラトリアという少女の事を知っているか?」
「いえ、知りませんが。何のことやら」
当然のようにシラを切られる。そんな事はお見通しではあるが。
「彼女が誤って男湯に入浴してしまったそうなのだが、どうやら単なる誤りではないそうだ。作為的に引き起こされたものだと推察されている。そして、君はその日浴場近くをうろついていたらしいではないか」
「確かに私はその場にいたかもしれません。ですが私がやったと言う確証はあるのですか? その確証がなければ私がやったとは言い切れないでしょう? 確証がなければ私を犯人だとは断言する事はできないはず」
エリスは笑うのであった。
「それとも拷問でもしますか? 無実かもしれない私を。それはあまりに野蛮ではありませんか? 学園としてもあまりに問題があるのではないかと」
「そうか。だが、シラを切っても無駄というものだ」
「ど、どういう事ですか?」
「この魔法学園では学内の秩序の為に、記憶保存効果のある魔晶石による監視体制が引かれているのだよ。大浴場やプライベートな個室、トイレなどを除いた大抵の場所にな。そして君の犯行現場はその監視体制の範囲内なのだよ」
要するに監視カメラのようなものか。そんな便利な魔晶石があるのか。へー。流石は貴族と王族が通う魔法学園だからハイテクだな。
「嘘、そんなの。嘘に決まっています」
「嘘ではありません。これを見てください」
カレンは一個の魔晶石を取り出す。それは輝かしい宝石のようにも見えた。その魔晶石をテーブルに無造作に置き、カレンが魔力を込める。そうするとその魔晶石は映像を投影し始めた。
それは現実世界におけるスクリーンに投影するプロジェクターのようなものだ。
そこには大浴場の廊下が映し出されていた。大浴場の入り口には男湯と女湯の暖簾がかけられている。
そこには俺の姿が見えた。俺は男湯に入っていく。そして、そこから少し遅れて、物陰に隠れていたのであろう、エリスが姿を現した。彼女は男女の暖簾を入れ替え、何事もなかったかのように物陰に隠れる。
彼女はフィオナが来るタイミングを伺っていたのであろう。
そしてその後、フィオナが歩いていき、女湯の暖簾がかかっている大浴場に入っていく。彼女からすればそれは当然の行動でしかない。自然な行いだ。
そして、その後エリスは暖簾を元に戻し、何事もなくその場を立ち去って行った。
これはもはや言い逃れできない証拠だった。
「これでもまだシラを切るつもりか?」
カレンは問い詰める。
「……くっ」
エリスは表情を歪ませた。流石にこうも決定的な証拠を突きつけられては言い逃れをし続けるのは困難であった。
この学園にはあんな設備があるのか。俺がカツアゲした瞬間も映像として残っているというわけだな。未遂で終わって良かった。後でどんな文句をつけられるかわかったもんではない。
今度からは気を付けよう。そう、映像に残らないトイレか、寮の個室か、そういうプライベートな空間でするようにすればバレないのだからな。
「それで、どうしてこんな事をした? 誰に指示されてこんな事をしたのだ? まあ、見当は言われずともついているのだが」
「わ、私が独断でやった事です。お、お姉様には関係ありません。ど、どんな処罰でも受け入れます」
エリスは大人しく罪を認めた。認めはしたが、それでも自身の独断でやった行いでアリシア
「なぜ関係ないと言える? 君がフィオナにどんな恨みがあるというのだ? 彼女は確かに平民ではあるがそれだけで直接的な危害を加える程の動機にはなるまい」
「そ、それはその……」
エリスは口ごもる。
「やはりアリシアだな。あいつに指示されたのだろう。それに口を割らないようにも命令されているのだろう。違うか?」
「ち、違います。お姉様は何も、関係ありません。わ、私が独断でやった事です」
「呼吸が浅い。瞬きの回数が多いし。明らかに動揺が見てとれる。視線を反らそうとするのも嘘をついている人間の典型的な仕草だ」
カレンは断言する。口を割らなくとも裏でアリシアが糸を引いてたと見るのは限りなく確実に近い。
「大人しく口を割ったらどうだ? そうだ、簡単な司法取引をしようじゃないか。大人しく口を割ればお前に対する罰を軽くしてやる。口を割らなければ罰はそのままだ。どうだ?」
悩んだ末にエリスは口を割る事を選択する。そうだ。こういう連中はあくまでも利害の為に取り巻きをしているに過ぎない。
例えば、金銭的なメリットがあるとか。校内におけるいじめの対象にならない為、とか、いじめに回る側になれる、とか。
別に騎士のようにアリシアに忠義を尽くす為に取り巻きとなったわけではない。
利害で結びついた関係であるが故に、そこに綻びが生じれば簡単に裏切るのだ。
「アリシアお姉様に命令をされました。ほ、本当はやりたくなかったんですけど、言う事を聞かなかったら酷い目に遭わされるだろうから、逆らえなくて」
エリスは身を震わせながら告白する。
「そうか。素直に告白してくれてありがとう。やはり、裏ではあいつが糸を引いていたか。はぁ……全く、困った奴だな」
カレンは深く溜息を吐く。
「実行犯であるお前の処罰は後々決めるとして、アリシアもある程度の罰を与えなければなるまい。いくら姪っ子と言っても限度というものがある」
エリスは表情に怒りを滲ませるのであった。
「これで首謀者と実行犯は割れたが、問題は女湯にいた女子生徒達だな。彼女達の怒りは治まっていない。お前を退学にしろと五月蠅いのだ」
「ま、まぁ……そうですよね。そりゃ、まあ、はい」
やむない事とはいえ、被害者である彼女達はそんな事は知る由もない。怒りの念を抱くのは当然と言えたし、彼女達を責める事はできないであろう。
「今度はいかにして彼女達の怒りを治めるかだ」
「奴等にも俺様の尊いエクスカリバーを見られているのだ。それでおあいこという事にはならんだろうか?」
俺は胸を張って言い張る。
「なるか。たわけが。貴様の素チンくらいで」
素チンとは酷い言いようだ。俺のエクスカリバーを見た事もないくせに。何なら見せてやろうか? 叔母様よ。
だが、ここで露出するのはそれはそれで何らかの罪に抵触しそうなのでやりはしないが。
「……うむ。そうか。残念だな」
男女の裸体の価値の差。性差による問題がある気がする。
「ともかく、何とかお前が退学にならずに済むように彼女達の気を宥める手筈を整えよう」
カレンはそう言って、気が重い手筈を整えていくのであった。
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