第3話 剣術の稽古を受ける
チュンチュンチュン。
朝だ。
「んんーっ!」
俺は大きく背伸びをする。
小鳥のさえずりが聞こえる。俺は珍しく、早朝に起床した。窓を開ける。
朝日と穏やかな風が心地よい。
怠惰な悪役貴族である俺にとっては珍しい事ではあった。
たまには早起きもいいものだ。ただ、これからこの生活が日常になるのかと思うと気分がどんよりとしてくる。
だが、それも死亡フラグが立つのを回避するまでの辛抱だ。全ての死亡フラグが立つのを回避した暁には死ぬほどダラダラとした怠惰な生活を送ってやるんだ。
俺は固く、そう誓うのであった。
「ア、アーサー様、どうしてこんな朝早くから。い、いつもは昼頃までは寝ていらっしゃるのに」
俺がこんな早朝から廊下を歩いているものでそれを見たメイドが目を丸くした。貴族であるこの俺に失礼な奴だな、と思うが普段の行いが悪いからだ。彼女に非はないと言えよう。
「最近、心を入れ替えてね。もっと真面目に生きようと思うようになったんだ」
勿論、嘘である。心は入れ替えてはいない。だが、やがて来ってくる死亡ENDを回避する為には必要な事だったのだ。必要だから仕方なく、努力する事にした。ただそれだけの事であった。
「そ、そうですか。それは大変、結構な事であります」
メイドは笑顔を浮かべた。
「それで聞きたい事があるんだが」
「は、はい。なんでありましょうか?」
「今日の午前中は剣術の稽古だったよね。指南役の剣士も来てるとか」
「は、はい。今、庭でお姉様のアリシア様が指南役から指導を受けています」
「……そうか。なら僕もそこに行って指導を受けようかな」
俺は屋敷の庭まで移動する。
◇
「はぁっ!」
掛け声が聞こえてくる。俺の姉であるアリシアのものだ。
木剣と木剣がぶつかり合っていた。傍目から見ても、彼女の動きは良かった。剣術のセンスが良い。彼女は間違いなく、剣の才がある人間であった。
「あら。こんな時間に珍しいじゃない。愚弟」
んっ! なんだ、その言い草は。普段の行いが悪いとはいえ、実の弟を『愚弟』呼ばわりとは。我が姉ながらなんとむかつく女だ。
「どういうつもりでここに来たのよ? いつもは昼間で寝てるくせして」
「僕も剣術の稽古を受けようと思ってね」
「なによそれ。どういう事? あんな怠惰でいい加減でどうしょうもなくて、クズで、怠け者で。クズで傲慢で、ろくでなしで。クズで。性悪最悪な愚弟が剣術の稽古を受けるですって。耳がおかしくなったのかしら。な、何かの幻聴? 私。何か、悪い魔法でもかけられたのかしら。幻惑魔法?」
事実とはいえ、何て言い方だ。クズだのなんだの言い過ぎだろう。この性悪姉は。実の弟相手に。流石に口が
「僕は(一時的に)心を入れ替えたんだ。このままじゃいけないって。僕は危機感を持ったんだ」
姉であるアリシアは知らない。やがてこの俺がどのような結末を辿るか。その死亡ENDを回避する為には、アーサー・フィン・オルレアンの才覚を発揮する必要性がある。原作のアーサーはその傲慢さと怠惰さから主人公のリオンに足元を掬われて死亡したり、魔族にたぶらかされたり、散々な目に合って死亡していく。
だから、この人生ではあまり怠惰に過ごしているわけにはいかないのだ。
ちなみにアリシアには死亡ENDこそ訪れないものの、それなりに悲惨な結末が用意されていた。こいつもまた、その傲慢さから庶民出身の正ヒロインであるフィオナに敗北を喫したり、フィオナに惚れた婚約者の王子に婚約破棄をされたりと、散々な目に合う事になるのだ。
だが、その事は教えないでおこう。知らぬが仏、という奴だ。
「木剣を貸してよ。姉さん。鍛錬していて疲れたでしょう」
「疲れた、という程ではありませんがいいでしょう。貸して差し上げます」
俺はアリシアから木剣を借りた。そして、構える。
目の前にいたのはガタイの良い男だった。この男が剣術の指南役なのだろう。
「俺の名はエドガー。エドガー・ヘルリオン。その昔、冒険者としてАランクパーティーで前衛をしていた男だ。今は引退して、こうして剣術の指南役を買って出ている。どういう心境の変化かはわからないが、剣を学ぶ気になったのは良い心掛けだ」
剣術指南役の男——エドガーは語り始めた。やはり貴族であるオルレアン家に指南に来るだけあって、それなりの経歴の持ち主なのだろう。ガタイの良さから、どれほどの修羅場を潜り抜けてきたのか、何となく察する事ができた。
「剣はいいぞ。剣には魔法のような魔力量による明確な使用上限がない。魔力が切れた時に頼りになるのは己の肉体と剣のみだ。それに剣は魔法と違って小回りが利く。接近戦になった時は発動までに時間がかかる魔法より、断然有利だ。遠距離では魔法や弓には敵わないのは確かではあるし、それは短所ではあるが」
目の前には大木がある。エドガーは剣を構え、斬った。木剣であるにも関わらず、エドガーが斬ると大木はまるで鋼の剣で斬られたかのように、崩れ落ちたのだ。
「己を鍛えれば、この程度の芸当はやってやれない事もない。それに装備の中には魔法を無力化するものや、反射するものもある。さらにはモンスターでも魔法の効き目が悪いモンスターも存在する。全く効かない場合もあるそうだ。そういう場合に、剣術は特に重宝するんだ」
「はぁ……」
俺は呆けたような返事をする。言われてみれば確かにその通りだ。この世界では剣と魔法のどちらにも一長一短がある。
「それじゃあ、実際に手合わせをしてみようか」
いや、けどあんな木剣で大木を斬り落とせるような人と手合わせをするのは些か怖いものがあるのだが。
「なに、俺も子供相手に本気は出さない。無論、手加減はするさ」
俺の心境を察したか、エドガーはそうフォローしてきた。
「行きます」
俺は剣を構えた。木剣と木剣が交錯し、けたたましい音が庭に鳴り響く。こうして剣術の稽古が始まったのだ。