第10話 魔法の『実践訓練』の終わり
「くっ……」
アリシアの放った地属性魔法『アースクエイク』の効果により、発生した地震。
それにより、俺達がいた地面が地響きと共に、崩落し始めた。それにより、俺はアリシアを解放してしまう。
アリシアは距離を取った。これでは俺が再び闇魔法『シャドウワープ』による奇襲をしかけても、学習能力が高いアリシアが相手では流石に二度目は通用しない事であろう。
「ちっ……汚いですよ。お姉様。勝負は既についていたというのに」
「あら。汚いですって? 勝負事に卑怯も何もないって言っていたのはあなたではなかったかしら」
それもそうである。だが、既に勝負は決していたはずなのに、往生際悪く、地属性魔法『アースクエイク』を放ったのはいかがなものか。
「それに、私の命はこうしてこの世にちゃんとあるのです。まだ、勝負はついていなかったとは言えるんじゃないかしら?」
そもそもこれは『実践訓練』のはずだ。魔法の。それなのに姉——アリシアはその事を完全に失念していた。失念していたというよりも最初から念頭になかったと言う法が正しいだろうか。
あの程度の不慮の事故で10歳の弟を本気で殺しにかかるとは、人としていかがなものであろうか。性格が歪みすぎであろう。我が姉ながら。
距離を取られた俺はアリシアに強力な魔法を放たれる隙を与えてしまう。
「愚弟。これだったらどうかしら?」
アリシアは不敵な笑みを浮かべた。
「火の精霊よ。水の精霊よ。風の精霊。地の精霊。偉大にして、最強、この世でもっとも美しく優雅で、気品を持ち合わせているこの私に力をお貸しなさい」
よく、そんなに自分の事を持ち上げられるな。我が姉ながら。流石に言い過ぎだろう。偉大だとか最強だとか美しい気品があるとか。それはともかくとして。
重要なのは前の方の台詞であった。
「なっ!?」
なんだと。まさか、四重魔法を使うとでも言うのか。属性魔法の重複使用はせいぜいが三重までが限界とされるのが現代の魔法学の定説だ。
しかし、アリシアはその四重魔法を使おうというのか。
「そんなものハッタリだ! できるはずがない! それにできたとしても魔力消費に見合うだけの効果が得られるわけがない!」
「驚いているようね。愚弟。だけど、偉大なるこの私に不可能などないのよ。もっとも、これから放たれる魔法はこの天才である、偉大な私だからこそ放たれるもの。冥府で己の愚行を後悔するといいわ」
姉——アリシアは雄弁に語る。いつも雄弁だが、いつにも増してこの場では雄弁だった。
「これから放つ魔法は、『重複使用』ではないわ。『同時使用』よ。異なる属性の魔法があなたをこれから貫くのよ」
「なっ!?」
四属性の魔法の同時使用だと。そんな事を12歳にして出来るのか。流石、我が姉であるアリシア。その性格や言動はともかくとして、剣術や魔法の才能はピカイチである。
「愚弟。これからあなたを貫くのは四つの異なる属性を持つ龍よ。死になさい。この私の全魔力を込めた必殺魔法で」
アリシアの全魔力と引き換えに、四匹の龍が作り出される。炎属性の赤い龍。水属性の青い龍。風属性の緑の龍。地属性の茶色い龍。
その四匹の龍は凄まじいオーラを放ち、俺を見下ろしていた。
まずい。流石にこれを食らってしまうのはまずい。まともに当たったら死んでしまうかもしれない。
死んでしまうかもしれないじゃない。死んでしまうであろう。こんな魔法学園編が始まり、死亡フラグが立つよりも前に姉であるアリシアに殺されてしまうなど、こんな事あって良いはずがない。
「う、嘘だろ……こ、こんな事で俺は死ぬのか……」
お、俺は誓ったのに。やがて、魔法学園に入学した後にやってくるであろう数多の死亡フラグを叩き割り、多数の死亡ENDを回避した末には、死ぬ程ダラダラとした怠惰な生活を送ってやろうと心に誓ったのに。
姉であるアリシアに殺されてその短い生涯を閉じるなど、そんな人生あんまりである。実に哀れではないか。
アリシアは躊躇いもなく、魔法により作り出した四属性の龍を俺に向かって、解き放った。
「フォースエレメンタルドラゴン!」
放たれた四つの異なる色、属性を持った龍は明確な殺意を持って、俺に襲い掛かって来た。
「くっ!」
もう、避け切れそうにもない。まともに食らったら死んでしまう。
ただ、結論から言えば、俺は死を免れた。魔法の講師であるロリ巨乳エルフのエスティアが俺の前に現れた。
流石に講師としてこれ以上の無茶は見過ごせなかったのだろう。いくらなんでもやりすぎであった。それに万が一これで俺が死んだとしたらエスティアにだって、何らかの責任追及がされるだろう。
アリシアの放った『フォースエレメンタルドラゴン』に立ち向かったエスティアは手早く魔法を放つ。高速の魔法展開はもはやアリシアが放っている同時魔法の行使と言っても過言ではなかった。
「ファイアウォール」「アイスウォール」「ウィンドウォール」「ガイアウォール」
四属性の魔法属性の障壁。その障壁をそれぞれの龍に対して、相性の良いように展開させた。それが最も効率的なこの場の凌ぎ方なのだろう。エスティアの展開した属性の障壁により、アリシアの放った『フォースエレメンタルドラゴン』は霧散していくのであった。
「……はぁ」
俺は深い溜息を吐いた。これで何とかこの場での死からは回避されたのである。
「な、何をするのですか! エスティア先生! もう少しでそこにいる愚弟を始末できたというのに!」
「これは『実践訓練』のはずです! 始末をしてどうするのですか! これ以上の事はいくら何でも見過ごせません! 監督者としての私の責任問題にもなってしまうのです!」
「……そ、それは確かにそうです」
「いい加減、怒りを治めたらどうですか? それに、これ以上、『実践訓練』をしようにも、アリシアさんにはもう魔力が残っていないはずです。あれだけの魔法を連発したのですから、無理もないでしょう。今日のところは屋敷に帰って寝るとしましょう」
エスティアはそう言った。気づけば、それなりの時間が経過していたのだろう。いつの間にか、時刻は夕暮れ時になっていた。
「今日は私は馬車で近くの町まで移動して、宿で寝ます。今日の魔法の講義はここまでとしましょうか」
「は、はぁ……そうですね」
アリシアの怒気は少しばかりは静まったのであろう。恐らくは全力で魔法を連発した事ですっきりしたのか、あるいは精神が疲労しすぎて疲れて、怒る気力もなくなったのか。そんなところであろう。
ともかく、こうしてアリシアとの魔法の『実践訓練』は終わりを迎えたのである。そして俺達は屋敷に戻り、睡眠を取りまた新しい一日が始まるのであった。




