第9話 夢と現実の違い
「オリビア…言い方。」
「……ごめんなさい。」
オリビアを咎めるハデムを見て、やはり私を…と心が踊る。
「……アデル嬢。」
「…はい。」
「……はっきり言わせてもらうね。」
「……はい。どんな言葉も受け入れます。」
オリビアと別れて私と…そう言われるのを期待して待つアデル。……だが
「……アデル嬢の気持ちは有難いが、受け止める事は出来ない。僕はオリビアを愛してる。政略とか婿養子だからとかは関係なく、一人の女性としてオリビアを愛してるし、信頼してる。
貴方の境遇には同情するが…冷たい言い方になるけど…僕はアデル嬢の人生を背負う事は出来ないし、そのつもりもない。
オリビアの親友という気持ちしか持っていない。それは今後も変わらないと断言出来る。
僕を想ってくれてありがとう。でもその想いに応えるつもりはない。
そして、アデル嬢から私への異性としての好意が消える迄は、例えオリビアの親友だとしても距離を持ちたい。今後は、私からアデル嬢に声を掛ける事はしないでおくよ。」
「………………そんな…」
ショックでそれ以上の言葉が続かない。まさか拒否されるとは思わなかった。
……いや、本当は分かっていた筈。彼がそんな不誠実な事をする訳がないと。
でも、あの夢を見た後ではもしかしたら…と期待してしまった。
あれはやっぱり私の願望だったのね…
認めたくなかったが、認めざるを得ないこの現状に情けなくなる。
「……ハデム様。それからオリビア。本当にごめんなさい。私どうかしてたわ…。普段ならこんな事…。
やっぱり私…冷静になる為にも暫く一人でいたい。」
「……アデル…」
「…オリビア。本当にごめん。私、色々あり過ぎて頭がおかしくなったみたい。あんなに嫌ってたナルシスト令嬢に…まさか自分がなってるなんて…恥ずかしいわ。
ハデム様の言う様に、暫くはお互い近付かない方がいいと思うから…オリビア。貴方とも少し距離を置かせて。お願い…」
「……分かったわ。学院には来るんでしょ?」
「ううん。学院も暫く休むわ。耳障りな声や視線もうんざりだし、この状況で私達がよそよそしくしてたら、オリビアにまで変な噂が流れちゃうかも知れないでしょ。それに私もこれからの事とか、静かにゆっくり考えたいし。」
「……そう。分かったわ。貴方の気持ちを尊重する。
でも、大丈夫になったら連絡ちょうだい。直ぐに駆けつけるから。」
「……ありがとう。また連絡するね。」
「…うん。待ってるわ。」
私達はこうして暫く会うのをやめた。
その後、私は休学届けを出し領地に引きこもった。
それからは地獄の様な日々だった。
毎日毎日、後悔してはどうして私ばかりがという被害妄想からの嫉妬、そして自責の念に駆られ後悔するの繰り返し。出口の見えない負の感情がループし、徐々に精神が病んでいき、いつしか夢に縋った。
夢の中ならハデムが自分を選んでくれる…と。
そして再びあの声を聞く。
『……手を貸そうか?』
『……奪ってやろうか?』
『……自分だけのものにしたくはないか?』
そして私はその声に返事をしてしまった。
「……手を貸して。奪って、私だけのものにして。」
そしてその声は答えた。
『……承知した』
でも、承知したと確かにその声は答えたのに、何も起こらない。
やはり夢か…と自分の愚かさに自嘲する。
それからも心の回復は出来ず、夢に縋り逃げ続け、眠る時間が増えた事で体力も減り痩せ細り、以前の様な堂々とした姿は欠片も無くなった。
医者には精神的なものからくる心の病だと診断され、学院復帰の見込みもなくなり退学した。
当然次期当主としての役割は果たせず、両親は泣く泣く遠縁から養子を貰う事にした。
既に生きる希望を見出せなくなった私は、眠るか黙って窓の外を眺めるかしかやる事がなかった。
学院を退学して一年が経ち、オリビアとハデムが卒業を迎える年になった。
確かあの二人は卒業後結婚する予定だったな…とぼんやり思い出し、結婚式には呼ばれないだろう…もう忘れられてるか…等と何となく考えていた。
そしてその日もまた夢を見た。
いつも見るその夢は、アデルにとって心の平穏を保つ唯一の救いになっていた。
ここは現実ではなく夢の中だと頭では分かっているが、心が認めたくないと思っているのだろう。
自分に都合のいい、甘く居心地のいい…願望の世界だった。
ハデムが毎日自分に愛を囁き自分を求めてくれる…何とも甘美な夢だ。
気分良く目覚めたアデルは、久しぶりにオリビアに手紙を書こうと思った。
ハデムと結婚したであろう想定で。
祝いの言葉を贈ろうと…