第6話 悪夢再び
目の前に知らない男性がいる。それを見て私は察した。あぁ、また夢を見ているのだと。
『……アデル…僕は苦しいよ。僕が王族でなければ…と思わずにいられない。』
『……殿下…』
この会話で、あぁ、またなのね。また私なのね…。もう…名前を変えてしまいたい。
『僕が王族である限り、平民とは結婚出来ない。例え貴族の養子になったとしても…だ。王族は勿論、高位貴族は血筋を第一とする。愛人の子供ですら実子と認めるのは余程優秀か跡継ぎがいない時位だ。
…伯爵家以上の家門は君を養子には迎えてくれないだろう。……すまない。いっその事私は王族の籍を抜いて…『殿下!!』…平民に…アデル?』
『…殿下。それは言ってはなりません。殿下がこれまで国王になる為にどれだけ努力をしてきたか私は知っています。それを私の為に無にするなんて…私は耐えられません!!』
『…っ!!アデル…君って人は…ありがとう。すまない…。』
今回も愚かな王族…王太子と、貴族ではなく平民の女性…もう女呼びでいいや。どうせ私と同じ名前だし…。
うんざりする茶番を横目に、私は女の顔を注視した。
すると、やはりと言うか…相手に見えない角度でニヤリと口角を上げている。
平民が王族になれる訳がない。常識的に考えても分かるだろう。もし、何らかの方法でこの二人が結婚し平民が王族に…なんて事になったら、それこそこの国は終わる。
そして、本当に終わった。
まさかの聖女。そんなものいる筈がない…と思うのは私だけだろうか?
だが、この国の民、貴族、そして王族は信じた。
「……バカなの?」
何ともおめでたい頭の集まりだ。私は最近、そんな小説読んだかしら?と思わず首を傾げてしまう。
夢とはいえ、何ともお粗末な登場人物達。だが、夢だからこそ罷り通る…のだろう。
その後の展開も、前回の夢と似たり寄ったりで、平民が王妃になるシンデレラストーリーに誰もが憧れ、お約束通り転落していく。
しかし、前回と違うのは悪女アデルが死の間際見せた笑みだ。
あれは何だったんだろう…まるで死ぬ事を分かっていて、喜んでる?様にも見えた。前回のアデルは…どちらかと言うと「絶望」の様に見えた。
名前は同じでも、人が変われば違うものなのね…と、当たり前の事を呟く。
そして、目が覚めた。
「…はぁ。何だか…やるせないわね。
……あぁ、そうゆう事か。エリックの事でやるせない気持ちになっていたから、こんな夢を見たのね…。」
後味が悪いのは前回と同じだが、何となく納得してしまったアデル。
寝汗をかいたから湯浴みをしたいと頼み、頭をスッキリさせて学院へ向かった。
「……えぇ〜、今度は平民?それはまた…。」
「でしょ?でもまぁ…何となく今回の夢を見たのは…仕方ないな…って思ってる。」
「…え?何で?」
「……実は…」
今日も淑女の仮面を着けてヒソヒソと会話する二人。
アデルは昨日見たエリックと見知らぬ女性の事を、オリビアに包み隠さず話した。
「……はぁ?何それ…とんだクズだったのね、アイツは…はぁぁぁぁ。最悪ね。」
「……ホント嫌になる。これでエリックと一緒にいた女性が平民だったら、最早これは正夢ね…ふふ」
「…ふふって、笑い事じゃないでしょうに…。」
今回の事でエリックとの婚約は破棄になるだろう。
いや、破棄決定だ。両親が許す訳ないし、私自身も嫌だ。ホント私って見る目がないわ…と、ゲンナリする。
数日後、調査の結果…正夢が確定した。
そう、エリックの相手の女性は平民だった。私と知り合う前からの付き合いだったらしい。
彼女は好きだが平民にはなりたくないからと、相手の女性には自分に婚約者ができた事を内緒にしていたとか…。クズね。
エリックのクズ振りにも驚いたが、まさかの聖女話まで持ち上がった事には更なる驚きだった。
しかもその聖女が、エリックの平民の恋人だった。
ここまで来ると、夢が夢とは思えなくなる。ちょっと怖くなってきた。
私は二度目の婚約破棄…しかも二回とも相手の不貞…ときたら、社交界では色々と…面白おかしく言われるのは当然だった。
好奇の眼差し、憐憫の眼差し、嘲笑の眼差し…と、どれも予想はしていても、正直堪える。
表向きは何でもない顔をしているが、心は疲れていた。
「……ホントに私…前世で何かやったのかしら…その報いを受けてるの?」
最早そうとしか思えなくなっていた。
『……アデル…フッ』
何者かが暗闇に潜みほくそ笑む。が、その呟きは風のざわめきに消されアデルには届かなかった。
翌朝、アデルは信じられない話を両親から聞くことになる。
エリックが亡くなった…と。




