第4話 悪夢の始まり
目の前に知らない一組の男女がいる。服装や佇まいからして恐らく高位の貴族だろう。
『…殿下。私はこれから一臣下として貴方様にお仕えすると誓います。ですから殿下も善き君主となって下さいませ。』
目に涙を溜め相手の男性を見上げ笑うその女性は、細く小柄な体と相まって儚げで、庇護欲を唆るには充分な姿だ。
『……アデルッ!!』
容姿の整った相手の男性は、ガシッとその女性を抱きしめ
『やはり私はアデル、君でなければダメだ。君とこれからの人生を生きたい!!』
『…っ!!殿下…でも、それではフローラ様が…』
『……フローラには…私から謝罪と説明をして分かってもらう。だから君は、待っていてほしい。』
『……殿下…はい。いつまでもお待ちしています。』
二人は互いの気持ちを繋ぐ様に強く抱きしめ合った。
何この茶番…そう思わずにいられなかった。傍から見ればただの不貞だ。フローラとかいうあの男性の恋人か婚約者か…妻なら悲惨だが、この場にいないその人に酷く同情する。
それに、何より許せないのが不貞相手の女性の名が自分と同じ「アデル」だという事。
偶然にしては何とも後味が悪い。一言物申してやろうかと目の前の二人に向かって歩き出すが、態と音を立てこちらの存在を示したのに当の二人は気付かない。
いよいよ腹が立ち、んんん…と咳払いしたが、それでも二人は抱き合ったままだ。
余計に腹が立ち「ちょっと貴方達!!」と声をあげるが、それでも気付かない。
何なのこの人達!!と女性の肩に手をかけると、スルッと自分の手がすり抜けた。
えっ!!と思い再度試みるが同じ様にすり抜ける。
「どうゆう事…?」
私は自分の手を掴む。
…掴める…何で?
自分で自分の手は掴めるのに、目の前の二人には触れられない。しかも自分を認識していない様子に、ふと我に返りこれは夢の中なんだと思い至る。
ならば観劇のつもりで成り行きを観てみようと、女性の方に視線を戻す。
『……え…何その顔…』
アデルと呼ばれるその女性は、男性に見えないと分かっていてなのか、厭らしく口角を上げニヤリと笑っていた。
『……あぁ、この男性…騙されてるのね。可哀想に…いえ、愚かなのね、きっと。
でも、殿下って呼んでたわよね…こんな人が王族?この国大丈夫なの?まぁ、私の知ったこっちゃない事だけど…本当にいるのねこんな愚かな人が…あ、これは夢か。私も本の読み過ぎかしら…ふふ』
と、自分が認識されない事が分かってからは、観劇の感想を語る様に独り言を呟いていた。
それから一瞬で場面が変わり、あの男性が婚約者らしき女性…フローラと対面していた。
『……フローラ、すまない。君の献身はよく分かっているんだ。けど…私は…』
『……分かりました。殿下は…本当に酷い方ですね…。それでも……心からお慕いしておりました。貴方の為にしてきた事は…無駄になってしまいましたが…ぅ…貴方の…殿下の幸せを…ぅぅ…………一臣下として願っております…どうか…お元気で……』
涙を流しながら、渾身のカーテシーをし背筋を伸ばし退出するその女性は、フローラは凛としてとても美しかった。
別れを告げた男性も見蕩れるほどに。
その男性を見て、私は「愚かだな…」と呟いた。
きっとこの男性は、自分の愚かさに後々後悔するだろう。せめてフローラというあの美しい女性には幸せになってほしいと心から願った。
しかし、その後場面がコロコロと変わり、フローラという女性は自死をした。自分を捨てた愛する男性が、他の女性と仲睦まじく過ごす姿に耐えられない…と。
あの男性は王太子で次期国王だった。そして、フローラは幼い頃からの婚約者。多くの貴族と国民は彼女を慕っていて、王太子の婚約破棄と別の女性との婚約に難色を示した。
しかし、入れ替わる形で新しい婚約者となった女性…アデルは貴族派の筆頭公爵家の令嬢で、国王としては否やを言い難い相手という事もあり、渋々王太子の意向を受け入れるしかなかった。
結果としては、王家派の筆頭公爵家の令嬢であったフローラを無下にしたと、公爵家を始めとする多くの王家派の貴族達が中立派に変わり、王家は力を失い貴族派の傀儡に成り下がった。
そして最後は貴族にだけ利益のある政策に民の怒りが爆発し、内乱が起き王家は滅亡した。
「まぁ、そうなるわよね。あんな愚かな王族では…」
最後の感想を言い終えた後、アデルは目を覚ました。
「……ホント、胸糞悪い夢。せめて名前がアデルじゃなきゃ、観劇として楽しめたのに、あれじゃまるで私があの酷い女みたいで後味悪いったらないわ!」
夢にしてはリアルで、さも自分が体験した事の様に感じ、背筋が冷える目覚めだった。
そして、その実体験の様なリアルな夢は暫くしてからも見るのだが、登場人物は違うものの不貞相手の女性の名前は「アデル」だった。