第2話 不審な男
パトリックの事故から約一年。
十五歳の誕生日直前に婚約破棄と、その破棄した婚約者が事故で亡くなる。そんな嫌な出来事から半年後に高等部へ進級。
色々言われるかと思ったが、同情される事の方が多く何とか過ごしてきた。
そうして、高等部に進学して半年。
漸く十六歳の誕生日を迎えた。パトリックの事故があり、まだ婚約者を決めるのに前向きになれなずにいた為、今年は王城でのデビュタントパーティーに参加し、後日身内だけのささやかな誕生日パーティーをするという事にした。
とは言え、次期伯爵家当主となる私にとっては、大事なデビュタントになる為気が抜けない。
我が伯爵家は爵位こそ貴族階級で真ん中に当たるが、建国から続く名門でもあり領地も広く資産も多いので、国内では高位貴族並に扱われる。
また、お母様の実家が侯爵家という事もあり、表立って何か言ってくる家もない。
が、それと同時に背負う責任も重く、常に自分を律していなければならないという重圧もある。
いつまでもパトリックの事を理由に、婚約者を決めない訳にはいかない。
いい加減どこかで折り合いを付けなければ…。
そして、デビュタント当日。
私は両親と共に参加した。
陛下への挨拶を済ませ、両親と共に他家の当主や次期当主となる子息や令嬢と挨拶を交わす。
時折、次男三男を紹介される事もあったが、特に惹かれる人はおらず無難な挨拶でやり過ごした。
「アデル、誰か気になる人はいないのか?」
「お父様…残念ながら……。」
「そうか。まぁ、焦っても碌な事にならんからな。慎重になり過ぎてもいかんが、見極める目を育てるのも大事だ。まだ学生とは言え、今日から社交入りだ。
しっかりと勉強しなさい。」
「はい。お父様。」
「まぁまぁ、二人共その辺にして今日は折角のアデルのデビュタントなんですから、もっと楽しみましょう?」
「ハハハ。そうだな。アデル、すまなかったな。」
「いいえ、お父様。でもお母様の言う通りですね。気を張り過ぎて顰めっ面になるところでしたわ。」
「そうよ、アデル。女性は笑顔が大事なのよ。難しい話はまた今度にして、楽しみましょう。」
「はい。お母様!」
家族三人仲良く語り合う姿を遠巻きに見ている人物がいたが、それには気付かずアデルはデビュタントを楽しんだ。
「………ふっ…」
デビュタントの翌日は学院も休みで、遅めの起床で昨夜の疲れを補う。
「今日は学院も休みだし、予定もないからゆっくりしましょ。」
コンコン…
「アデルお嬢様。お休みのところすみません。お嬢様にお客様ですが、如何致しましょう?」
「来客?今日は誰とも約束してないけど、どなた?」
「ベント男爵家のルドガー様と仰ってますが、旦那様は奥様と外出中で、予定の無い面会は出来ませんと申したのですが、どうしてもと仰られて…。私共では判断出来ず、ご指示を頂きたいと思いまして。」
「そう…。要件は聞いた?」
「お聞きしましたが、お嬢様に直接話すからと仰られて…」
「……分かったわ。支度をするから応接室にお通しして。それから、家令と騎士を二人を付ける事が会う条件だと伝えてちょうだい。」
「畏まりました。」
「それとマリを呼んでくれる?」
「はい。直ぐに。」
「お願いね。」
メイドが下がった後、ベント男爵家のルドガーの情報を頭の中で探す。
しかし、男爵家当主ならお父様と一緒の時に会ったかも知れないが、ルドガーなる人物は名前すら記憶にない。誰だか分からない相手には警戒しなくては。
「大体、先触れもなく要件は会って話すですって?無礼にも程があるわね。」
爵位が上の者に先触れもなく家を訪ねる等、貴族の基本的ルールすら守れない相手に、礼儀正しく対応する必要はないと、身支度はたっぷり時間を掛けてやった。それは両親が帰る迄の時間稼ぎでもあった。
「お待たせしました。」
伯爵家の騎士が応接室のドアを開け、次にアデルが入る。続いて家令、もう一人の騎士と続く。
「アデル ベルクラーです。初めまして…ですわよね?お名前をもう一度お聞かせ頂けるかしら?」
「ベント男爵家が次男、ルドガーと申します。
初めましてではありませんが、こうしてきちんとご挨拶させて頂くのは…初めましてですね。」
ルドガーなる人物の顔をよく見ても、全く覚えがなく不信感が強くなる。
「初めましてではないのですか?生憎、私には記憶がないのですが?どちらで私をお知りに?」
「立ち話も何ですから、お座りになりませんか…と、この家の者ではない私が言うのもおかしいですが。」
アデルは長話するつもりはないから座らなかったのに、どうしたものかと逡巡する。
この程度も上手く躱せないなんて、私もまだまだね。
そう思い、溜息を一つ吐いて座る。
「…それで、本日お越し頂いたのはどのようなご要件で?」
「……それをお話しするには、人払いをお願いしたいのですが…」
「……は?」
家令も護衛騎士もバッと顔を上げ、ルドガーを睨みつける。
「それは出来ませんわ。残念ですが、お話しはこれで終わりという事で…セバス、お客様がお帰りよ。」
そう言って立ち上がろうとした私に、ルドガーは声を掛けた。
「お待ち下さい。本当に私の話を聞かなくて宜しいのですか?」
「宜しいも何も、当主の不在中に先触れなしに訪ねてきて、ほぼ初対面の私に二人きりで話しがしたいなんて…失礼にも程がありますわ。」
努めて冷静に返したが、内心では怒鳴りつけたい気分だった。
「…話しを聞いて損はしませんよ。寧ろ、聞いて良かったと思って頂けるかと。」
真面目そうな外見に不釣り合いな、含みのある笑みを見せ見つめてくるルドガーに、背筋がゾクリとする。
何なの、この人…何だか気持ち悪い…
するとそこへ、外出から帰宅したお父様がノックも無しに入室してきた。
バンッ!
「ルドガー殿…だったかな?本日は娘にどの様な御用ですかな?まあ、用があったとしても、当主不在の時に先触れもなく訪問するのは無礼だがな。」
「これは、ベルクラー伯爵。お邪魔させて頂いております。改めてご挨拶を。
ベント男爵家が次男、ルドガーと申します。
以後、お見知り置きを…。」
ニッコリ人のいい笑みを浮かべ、丁寧な挨拶をするルドガー。ここだけ見たら、実に好青年だ。
「挨拶は立派でも礼儀はなっていない様だな、ルドガー殿。
して、何用か?」
「恐れ入りますが、少々込み入った話なので…
アデル嬢ご本人の承諾を得ないと、申し上げる事が出来ません。」
「「……は?」」
淑女らしからぬ言葉を発してしまった。
「…お父様。私も話の内容を知らないのです。
聞いても人払いを頼まれて…ですから丁度今お断りをしたところだったんです。」
「……そうか。
どんな目的かは知らんが、金輪際娘に近付かないでもらおうか。其方と話す事はない!お帰り願おう。」
「……そうですか。それは残念…ですね。
もし気が変わりましたら、ご連絡下さい。お待ちしておりますので。
それでは失礼致します。」
恭しくお辞儀をして部屋を出るルドガー。
私もお父様も無言でその後ろ姿を見つめ、得体の知れない気味悪さを感じる。