第13話 堕天使ルドガー
堕天使の名前はルドガー。
アデルには名前はないと言ったが、敢えて教えなかった。もしかしたら思い出してくれるかも…と少しの期待をしたのだ。
が、見事にその期待は裏切られたが…。
堕天使ルドガーは元は天使だった。
この世界には人間が住む人間界と神が住む神界、そして悪魔が住む魔界がある。
ルドガーは神界で天使だった。天使の上に大天使がいて、その更に上に神がいる。
天使は人間界で神の使いとして教会に下り、聖女候補を探す。そして候補を見つけ神界に報告し、自分の推薦した候補者が聖女と認められ、その生を聖女として全う出来ると大天使へと昇格するのだ。
そして天使が大天使に昇格すると、既にいた大天使は神へと昇格する。これが神界の決まりである。
聖女は数百年に一度の割合で誕生すると言われており、当然大天使への昇格も数百年に一度となる。
が、聖女候補はしばしば現れても、聖女として最期まで全う出来る者はかなり少ない。仮に聖女となっても、情愛を知った後心が清らかでい続けるのは至難の業だからだ。
その為、天使が大天使へと昇格するのも簡単ではなく、神の数が矢鱈と増える事もない。
悪魔が住む魔界に於いては、そういった決まりや秩序はない。完全なる実力主義だ。
人間界の様な継承云々もない。力の最も強い者が王となる。その為、王の入れ替わりはよくある事で、また在位期間も様々だ。
悪魔の力とは「悪意」が大きく関わる。
神界の者が持つ神聖力は「清らかな心」と「信仰心」が大きく影響するが、悪魔の持つ魔力は「醜い心」と「信仰心」が影響する。
神聖力に於ける「清らかな心」は幼い子供には多く、大人になるにつれて減少する。その代わり、大人になっても持ち続ける事で力は強くなる。
魔力に於ける「醜い心」は大人になるにつれて増加する為、力を集め易いが「信仰心」が極めて少ない。
それもあり、神界と魔界の力関係は拮抗している。
この拮抗状態を左右するのが聖女の誕生である。
聖女の力は絶大で、聖女として生を全うした者は死後神界で女神となり、神界の神聖力が増大するのだ。
逆に聖女を闇堕ちさせると、その聖女は大魔女となり魔界の魔力を増大させる。
そうゆう理由から、聖女候補が見つかると神界は保護に尽力し、魔界は闇堕ちさせようと躍起になる。
そして、当時天使だったルドガーは聖女候補を見つけた。それが「アデル」だった。
アデルは幼い頃から「清らかな心」と「信仰心」を持ち、人間界にいる他の天使や神界も一目を置いていた。後は、そのままの心で生を全う出来れば…というところだったが、残念ながらそれは叶わなかった。
恋情を知ったアデルは闇堕ちしてしまったのだ。
聖女ではなく候補だった為、魔界への影響もそこまで大きくはなかったが、ルドガーの失態となってしまった。
百年後、再び聖女候補が現れた。
何の因果か、それはまた「アデル」だった。
今生のアデルは、前回の聖女候補だったアデルの生まれ変わりだった。
前世で闇堕ちしたアデルは魔界に降りたが、力がそれ程強くなかった為、当時の魔王に直ぐに捨てられ人間界に放逐されたのだ。
人間界は、神界と魔界にとってリセットの場であり、やり直しの場だった。
その為、人間界で前世の力と記憶がリセットされたアデルは、普通の人の子として新たな生を受けた。
前世は公爵令嬢で恵まれた生活環境で、何不自由ない暮らしをしていた為、恋情を知って思い通りにならない状況に業を煮やし闇堕ちした。
今生は平民として生まれたアデルは、生活環境は恵まれているとは言い難いが、周りの人には恵まれ優しく穏やかで、正に「清らかな心」の持ち主だった。
ルドガーも初めは前回の事もあり警戒して神界への報告を躊躇ったが、恋情を知っても「清らかな心」を持ち続けた為、神界へ報告後聖女と認定された。
この時、ルドガーはアデルを注視していたせいもあり、前回よりも側に居過ぎた。
そして、知らぬ間にアデルに対して恋情を抱いてしまったのだ。
自身の気持ちに気付いた時には、アデルは聖女となり王太子と結婚していた。
聖女は本来、純潔のままなら絶大な力を死ぬまで保持し、子を産んだ場合は力が半減する。しかし半減と言っても候補者に比べたら、その力は比ではない。
ルドガーは苦しい気持ちを抑え、聖女アデルを支えた。が、またしてもアデルは闇堕ちしてしまった。
子を産み母となったアデルは、権力に魅入られてしまったのだ。正に悪魔の囁きだ。
正妃として我が子を真っ当な王の跡継ぎに育てたい…その思いを悪魔の囁きで、自分の地位を守りたい、権力を手離したくない、愛する人を誰にも渡したくない…そうゆう方向に書き換えられてしまったのだ。
またしてもルドガーの失態となった。
ルドガーはアデルにも自分にも幻滅した。
天使になって数百年。人間界で様々な人を見てきたが、結局清らかな心を持ち続ける者は見つからず、ましてや自分がその対象に恋慕する等…と、天使を続ける自信を無くしかけていた。
そんな時「悪魔の囁き」が聞こえた。
何度か抗ったが、五度目の囁きに屈してしまい、とうとう自分も闇堕ちしてしまった。
堕天使ルドガーの誕生である。
「悪魔の囁き」に抗った回数が多ければ多い程力は増す。だが、それには制約があり五度の囁きに抗うと神聖力が跳ね上がり、二度と悪魔の囁きによる影響を受けなくなるのだ。
ルドガーは最後の試練を越えられなかった。
逆に四度の囁きに抗った為、闇堕ちした際の力も増大しており、当時の魔王に匹敵する程の力を有していた。
ルドガーは闇堕ちして直ぐに、魔界で一二を争う魔力の持ち主となった。
また、ルドガーの闇堕ちにより魔界の力が増大し、神界を上回ってしまい人間界にも影響が出始めた。
悪意が人間界に広がり、犯罪者が増え、やがて戦争が起き、人間界は酷く荒れた。
だが、その影響で人々は神に祈りを捧げ「信仰心」が増大した。結果、神界と魔界の力は元の拮抗状態に戻った。
それから百年後、新たな聖女候補が現れた。
今回はアデルではなかったが、その聖女候補は候補で終わった。今生のアデルの元婚約者の恋人で、婚約破棄されたその恋人を無下にした事で候補から脱落したのだ。
今生のアデルを見つけたルドガーは、アデルを試したかった。今回も悪魔の囁きに屈するのか…。
結果、奇しくもルドガーと同じ五回目で堕ちた。
夢の中で何度か囁いたが、その度に拒絶してきたアデル。今度は聖女になるのか…と思ったら、急に悔しさと嫉妬心が湧き上がり、何としても闇堕ちさせたくて最後の囁きのタイミングを見計らっていたのだ。
それがあの時の囁きだった。
ルドガーの作戦は見事成功して、アデルを闇堕ちさせた。しかも五度目で。
後は魔界に連れて行けばアデルは大魔女となり、ルドガーは魔王になる。だが、ルドガーは別に魔王になりたい訳ではなかった。アデルを見つけた時から、天使だった時に手に入らなかったアデルを手に入れたいと思って行動していただけ。
ルドガーが迷っているのは、アデルに絶望を味わせてから魔界に連れて行くか、今の幸せな状態で連れて行き魔界で絶望させるか…それだけ。
ルドガーの愛と憎しみの葛藤とも言えるだろう。
どちらにしても、ルドガーはアデルを連れて行く事には変わらない。しかも、魔界に降りてアデルの力が無くなろうとも、ルドガーは手放すつもりはなかった。
『アデル。君は死ぬまで私と一緒だよ…』




