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第11話 結婚が絶望に変わる


オリビアとハデムは予定通り、卒業後直ぐに結婚式を挙げた。

しかしそれは、当初の予定とは大幅に変わり招待客も身内のみの質素で慎ましい式だった。

披露宴もパーティーではなく、両家での食事会で三時間もしないうちにお開きとなった。


噂が一向に消える事の無い中、大々的な結婚式やパーティーを開くのは、要らぬ種を生むだけだと両家で話し合い決めた事だ。


本来なら多くの人に祝福され、次期当主としてのお披露目と挨拶も兼ねた盛大なものになる筈だったのに…と、一生に一度の晴れの日があまりにもひっそりとしたものになってしまった事が悲しかった。


救いだったのが、色々あったにも関わらず両家の関係は良好で、ハデムもその日は一日中幸せそうな笑顔を見せていた事だ。

オリビアは華やかな式を挙げられなかった事より、こうして家族みんなが仲良く過ごせる方が貴重で、幸せな事だと思いを改める。



食事会も終わり、二人の当面の新居となる別邸に移り初夜の身支度を整える。

ハデムとは長い付き合いとはいえ、さすがに緊張するオリビア。


準備が整い夫婦の寝室でハデムを待ったが、なかなか現れない。


「……遅いわね…そんなに飲んでたかしら…?」


時間だけが刻々と過ぎ、心配になったオリビアはハデムの様子を見に行こうとベッドから腰を上げると、ガチャ…と扉を開く音がする。


「……ハデム?」


「…………遅くなって…すまない…」


ハデムに近付くとお酒の匂いがプンプンしている。


「……貴方どれだけ飲んだのよ…」


「……すまない…その…き、緊張して…」


「え…何よそれ…ふふ。普通は女性の方が緊張するもんでしょ?あんまり遅いから何かあったのかと心配になったじゃないの〜」


「………ごめん…」


「…え、ちょっと、怒ってる訳じゃないからそんなに落ち込まないでよ。ね?とりあえず水でも飲んで落ち着きましょ?」


「……いや、待たせちゃったし…ベッドに行こう…」


「…え…あ、そ、そう?大丈夫なら…私は…いいけど…」


オリビアは急に恥ずかしくなり、しどろもどろになってしまった。


二人でベッドに上がり向かい合わせに座る。


「……じゃあ…オリビア…」


「…え、ええ…お願いします…」


ハデムの手がオリビアの両肩に添えられ、いつもの軽いキスをする。チュッチュッと何度か口づけた後、そのまま後ろに押し倒される。


オリビアは勿論初めての事で、緊張と恥ずかしさで心臓がバクバクと激しく鼓動する。


顔中にキスをされ、胸や腰にハデムの手が滑り落ちる。オリビアは恥ずかしくて目をギュッと閉じた。


その後も暫く身体中を愛撫されたが、突然ハデムの動きが止まる。どうしたんだろうと、恐る恐る目を開くとハデムは辛そうな表情で「ごめん」と一言呟き、ベッドから降りて部屋を出て行ってしまった。


オリビアは自分が何か粗相でもしたのか、何か気に触る事でもしてのだろうかと不安になり、慌てて身なりを整えハデムを追った。


ハデムは自室のバルコニーに居た。

石造りのバルコニーの床に座り込み、月をぼーっと見ていた。


ハデムは私が来た事に気付いているのに、こちらを見ようとしない。


「……ハデム?」


返事は返ってこない。もう一度声を掛ける。


「……ハデム?……何か怒ってるの?」


「…………いや、すまない…不甲斐ないな…」


漸く月から視線を外しこちらを見たハデムの顔は、今にも泣きそうだった。

思わず駆け寄り頭を抱きしめた。


「すまない…ごめん…すまない…ごめん」


ハデムはそれ以外言わない。どうしたのか理由を聞きたかったが、今は何も聞かないのが最善だろうとオリビアは黙って頭を抱きしめ続けた。



暫くしてハデムはポツリポツリと話し始めた。


「オリビアを想う気持ちは以前と何も変わらない。

……側にいて愛し支えたい…その気持ちは…嘘じゃないんだ…でも……何故か…出来ないんだ…身体が…反応しない…すまない…自分でも何故なのか分からない…」


私を愛しているのに身体が反応しない?そんな事ある?私に魅力がないって事?……嘘でしょ…


私はショックで言葉が出ない。


「……今日はお互い疲れてるから…何もしないで…眠りましょ?」


「……あぁ…そうしてくれると…有難い…ごめん…」


「……謝らないで…」


「……ごめ…いや、寝よう…」


「……ええ。そうしましょ…」


こうして私達の結婚初夜は明けた。

その次の日にアデルからの手紙が届いたのだ。


こんな状況で、あんな謝罪と祝いの言葉が綴られた手紙を読んで喜べる訳がない。

寧ろ嫌味にすら思えてくる。


「……何が信頼よ…何が愛する人よ…誰のせいで…」


オリビアは、アデルがいなければ…アデルがあんな事言い出さなければ…と、怒りの矛先が全てアデルに向かっていた。


結婚式から一週間は当主補佐の仕事は休みになっていて、二人共やる事がなかったのでそれが余計に気まずさに拍車をかけた。


本当なら恥ずかしくも幸せな一週間になる筈だったのに…と、ハデムではなくアデルへ憎悪を燃やすオリビア。


一方ハデムも、自分の不甲斐なさに苦しんでいた。


理由は分からないとオリビアには言ったが、ハデムには心当たりがあった。


アデルが退学した辺りから、時々おかしな夢を見る様になっていた。

始めは噂が広まったせいからくる、ストレスが原因だと思っていた。…いや、思おうとしていた。


最初に見た夢は、以前の様にオリビアとハデム、そしてアデルの三人で楽しく過ごした時の夢だった。

以前は楽しかったな…なんて思う事もあった為、そんな夢を見たのだと思っていた。


しかし、噂がエスカレートするにつれて、夢に出てくるのはオリビアよりアデルの方が多くなり、次第に噂通り自分がアデルに好意を持っている様な態度をとるものに変わっていく。


そんな夢を見た日は、目が覚めると汗だくになっていて、ありえないと自己嫌悪に陥る。


そして、結婚の最終確認とでも言うように、オリビアから白紙にしてもいい、今ならこの状況から逃げられるからと言われた。


自分だけ逃げ出すなんて出来ない、一緒に乗り越えようとオリビアには言ったが、本当は夢の中でアデルに懸想している自分を否定したくて、自分に言い聞かせるつもりで逃げないと言ったのだった。


それが更なる負担になり、平静を保つのがやっとだった。心は疲れ切っていた。


結婚式の数日前には、毎日アデルに懸想する悪夢に魘された。そして式当日…初夜を迎える直前迄、こんな状態でオリビアを抱けるのかと悩んでいた。酒を飲まずにはいられなかった。


その結果、これから初夜だと言うのに浴びる程酒を飲み、酩酊に近い状態でオリビアの元に向かった。


いざベッドでオリビアの恥ずかしそうな顔を見たら、とても愛おしく感じて自分は大丈夫だ、やれると奮起したが、結果的に出来なかった。


行為の最中オリビアの顔が見たくて、目線を向けるとアデルの顔がチラつく。ギョッとして目線を逸らし行為を続け、気持ちが昂った時オリビアの顔を見るとまたアデルの顔が…限界だった。


オリビアに申し訳ない気持ちと、自分はおかしくなったという気持ちで、このままではオリビアを不幸にしてしまう。自分が不能だと言う理由で離縁して、別の誰かと再婚し後継者を産むのがオリビアの幸せだろうと思う。でも、オリビアを他の男に渡すのは嫌だ。


自室のバルコニーで月を見ながら、ぼんやりこれからの事を考えていた。


オリビアが部屋に入ってきたのは気付いていたが、何を言えばいいのか分からず月から視線を外せなかった。


理由は言えなかったが、オリビアの優しさに甘えた。そして、もう少し頑張ってみよう。そのうち悪夢から解放されるかも知れない。そうすればオリビアとまた始められる…そう思う事にした。


それでも結婚休暇の一週間、何度か試したが結果は初夜の時と同じでお互い気まずさだけが残った。

それでも、気持ちは変わらないから昼間は仲のいい夫婦で、義両親も邸の使用人も暖かい目で見守ってくれていた。


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