第10話 残酷な手紙
拝啓 オリビア様
春の陽射しが暖かく、庭に咲く花を見ると貴方の笑顔を思い出します。
あれから一年と半年。如何お過ごしですか?
元気にしていたでしょうか?
卒業の時期だと唐突に思い出し、お祝いの言葉をとペンをとりました。
卒業と同時に結婚する予定だったと記憶しています。
残念ながら其方に行く事は叶いませんが、遠方よりお二人のお幸せを願っております。
今更ですが、その節は私の愚かな言動によりお二人を傷付けご迷惑をお掛けしたこと、心より謝罪致します。
体調が芳しくない為、情けなくも次期当主の任も退く事となりました。いつか互いが当主になった時、同じ女伯として肩を並べ切磋琢磨しながら、時には愚痴をこぼしお茶を飲みながら他愛のないお喋りをする事を想像しておりましたが、それも叶わぬ夢となり寂しい限りです。
それでも嘗ての親友が、心から信頼し愛する伴侶と手を取り合い立派な伯爵になるのだと思うと、嬉しくもあり勝手ながら鼻が高くなります。
ご迷惑をお掛けした私が言うのも烏滸がましいですが、貴方と出会えた事、共に過ごした日々は私にはかけがえのない宝物です。
今後は直接お会い出来る機会は無いと思いますが、私からの最後の言葉を贈らせて下さい。
貴方に出会えて私は幸せでした。
愛する方とこれからも仲良く、そして幸せになって下さい。
友でいてくれてありがとう。
そしてご結婚おめでとう。末永くお幸せに…
嘗ての友 アデルより
アデルは手紙を認め、嘗ての親友オリビアへ送った。
手紙は恙無く郵送され、オリビアの家の伯爵家の受け取りも確認した。
アデルは何だかやり遂げた気持ちになった。
これで自分の気持ちの整理が着いた…そんな気持ちだった。
オリビアの元にアデルからの手紙が届けられた。
薄いベージュ地に薄いピンク色の花柄が縁取られたその封筒は、確かにアデルが使っていたものだ。
封を開き手紙を見ると、懐かしい彼女の文字が並ぶ。
アデルはどんな気持ちでこの手紙を書いたのか…
オリビアはその手紙を読み終わると、ビリビリに破いて捨てた。
そして、窓の外を眺めこの一年半を振り返る…
アデルが学院を休学してから、ある噂が出始める。
誰が言い出したかは分からないが、その噂は徐々に広がり二月もすると学院全体に広まっていた。
「アデル嬢は婚約者が決まらない事に悩んで、精神的に病んでしまわれたそうよ。」
始まりはその程度で予想もしていたから、特別驚きもしなかった。しかし、徐々におかしな方向に進んでいった。
「密かに想いを寄せる方がいたらしい。」
「決して結ばれない相手らしい。」
「相手の方も実はアデル嬢を好いているらしい。」
「お互い想い合ってるのに事情があって結ばれないらしい。」
おかしい…何処からそんな話が?あの日の事は、私もハデムも誰にも話してない。それなのに、何故…。
オリビアはおかしいと思いつつも、想像力豊かな令嬢ならそうゆう方向に面白可笑しく話す事もあるだろうと、敢えて知らぬ存ぜぬを通した。
そして、噂が出始めてから半年後アデルは自主退学した。次期当主が貴族学院を卒業しないという事はありえない。つまりそれは、次期当主の座を降りた事を意味する。そうなれば噂が更に加熱するのは必然で、ある事ない事様々な内容の噂が飛び交った。
「傷心で次期当主を諦める程病んでるらしい」
「自殺未遂があったらしい」
「毎日想い人の名を呼んで泣いてるらしい」
そして…
「想い人は婚約者持ちらしい」
「想い人も本当は婚約破棄したいらしい」
「想い人の婚約者が脅して縛りつけてるらしい」
とうとう…
「アデル嬢の想い人は親友の婚約者らしい」
「親友への罪悪感で次期当主の座を降りたらしい」
「親友へ謝罪したが許してもらえなかったらしい」
「アデル嬢も辛かったでしょうね」
「アデル嬢は自分の非を認め身を引くなんて潔いい」
「アデル嬢が可哀想」
単なる冷やかし程度の噂話が、徐々に相手を特定する様な内容に変わり、最後は同情と称賛に。
言葉の表面だけを見ればアデルに対してだけを言ってる様に思えるが、想い人が誰か分かっても尚アデルを同情称賛するという事は、同時にオリビアに対して非難しているという事だ。何とも貴族らしい嫌がらせだ。
ゆっくり時間を掛けて少しずつ噂を浸透させる。しかも、噂が消えない程度の速度と頻度で続けられたその行為は、誰が言い出したかも分からないし、誰の仕業かも分からない。
やり方からして、アデルや彼女の両親とも思えない。
ハデムが本当は…とも思えない。
アデルもオリビアも次期当主…女伯になるという事で、一部の令嬢から妬まれているのも事実で、その線かとも考えたがオリビアが知る限り、こんな緻密なやり方を思いつくような令嬢はいない。
それなら誰が…考えても分からない。得体の知れない誰かにジワジワ追い詰められていく…そんな気がして、ただただ不気味だった。
ハデムとも学院では今まで通り普通に接していたが、二人でいるとあからさまにヒソヒソ話をされるので気分が悪い。二人で相談して、挨拶以外の会話はなるべくお互いの家でする事にした。
定例の婚約者とのお茶会の日。今日はハデムがオリビアの家に来ていた。
「……」
「……」
「……ハデム…最近、学院ではどう?」
「……以前と同じで直接何か言われる事はない。」
「…そう。私も同じ。寧ろ何か言われる方が対処仕様があるのに…ホント嫌になる…」
「……向こうが何もしてこないのに、こちらから動くのは却って不利な状況を作るだけだからな…ホント狡猾なやり方だな。」
「一体誰の仕業なのかしら…」
「いくら考えても分からないな…けど、僕達は何も疾しい事はしてないんだから堂々とすればいいさ。長くても卒業迄の辛抱だ。」
「…そうね。長くても卒業迄…後半年か…長いわね…」
「半年なんて忙しくしてればあっという間さ。」
「うん…」
ハデムはオリビアに近付き、椅子に座っているオリビアを背後から抱きしめる。
「僕達なら大丈夫。」
「そうよね。ありがとう、ハデム…」
ハデムの顔は見えなかったが、大丈夫の言葉にオリビアは改めてハデムの信頼と愛情を感じた。
しかし、噂話は相変わらずジワジワと浸透して、オリビアとハデムも表には出さないが疲弊していた。
両家で何度か婚約解消の話も上がったが、このまま結婚する事にした。
オリビアもハデムも腹を括った。
二人が結婚する事で、卒業後も社交界で色々言われる事は目に見えている。噂話は終息するどころか、更に熱気を帯びて広まっているからだ。
オリビアはハデムに最後の逃げ道として、婚約を白紙にしても構わないと告げたが、ハデムは首を横に振った。自分は逃げないと言って。
オリビアは嬉しかった。その気持ちだけで十分だった。
結婚する迄は…




