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第1話 不幸の始まり


私はアデル。伯爵家の一人娘。

この国は女性の爵位継承が認められている。そして私は幼い頃から次期当主として育てられた。


それなのに、将来爵位を継げなくなるなんて…

婚約者が私を裏切り死ぬなんて…


この時の私は知る由もなかった。





伯爵家の一人娘の私は、次期伯爵になる事が決まっている為、婿を取らなければならない。

我が家の分家筋に当たるパトリックは、子爵家の次男で家を継ぐ事が出来ない。

それで婚約者候補になった。



私のお母様は伯爵家に嫁ぐ前から体があまり丈夫ではなかったらしく、出産は命懸けになると言われていて親族は結婚を反対したが、お父様が黙らせた…らしい。


二人は貴族にしては珍しく恋愛結婚で、互いを思いやり社交界では密かに憧れられていたとか。


結婚後お母様は愛する人の子を産みたいと、一人でいいから産ませてほしいと懇願し、お父様が渋々承諾し産まれたのが娘の私だった。


お母様は男子でないことに初めは落胆したが、小さな産声をあげ必死で乳を飲む我が子を見て、とてつもなく愛しくなったそうだ。

また、性別は関係ない、私達二人の大切な子だとお父様に言われ、男子でない事に一瞬でも落胆した己の心を恥じたとか。


それからは、夫婦二人で一人娘を惜しみない愛情で育て、また次期当主としての教育も手を抜く事はしなかった。


私も両親の愛情に応えるべく、必死で勉強し次期当主として恥ずかしくない様に、日頃から自身の振る舞いにも気を付け周りからも伯爵家は安泰だ等と言われる様になる。


十歳そこらの娘が可愛げがないと言われる事もあったが、女の身で爵位を継承する人は大体がそんな感じなので、然程気にしなかった。


十二歳の誕生日を迎え、そろそろ婿探しをという話になり、先ずは候補という事で同じ歳のパトリックが選ばれた。


両親は私の幸せを第一に考えてくれたので、直ぐに決定にはせず候補という形にした。当主補佐としての資質は勿論のこと、お互いの相性や性格等も考慮した上で決めるという事になった。


顔合わせでの印象は、可もなく不可もなくと言った感じではあったが、親睦を深める為の二人のお茶会の席でも、ニコニコと笑顔を絶やさず聞き上手なパトリックに対し、徐々に好意を持つ様になり、この人となら上手くやっていけるかもと、気付けばパトリックとの将来を考えていた。


彼の事が好きみたいと自覚すると、恥ずかしいやら擽ったいやらで、ニヤニヤしてしまうのを専属侍女のマリに見られ冷やかされたりもした。


ある日、お父様にパトリックとはどうだ?と聞かれ、思わず顔を赤らめ俯きながら「良い方だと思います」と答えると、お父様は「顔を見れば一目瞭然だな」と笑顔になった。


お父様も反対ではない様で、二人の婚約の話を進めると言われた。その日は嬉しくてなかなか眠れなかった。婚約者候補から仮婚約となり、学院に二人揃って入学し、これまで以上にお互い仲良くなり、信頼関係も築けていると思っていた。


その時は…。




この国の貴族は、十二歳から国が運営する貴族学院に入学する事が義務付けされている。

私とパトリックは、十八歳で卒業となるこの学院に十二歳で入学して二年経つ。


十五歳になると高等部に変わり、男女各々専門科目が増え一緒に授業を受ける事がかなり少なくなるので、その前に本婚約しようかと両家で話し合っていた。


私の十五歳の誕生日に、本婚約の発表とお披露目をする予定でいた。


その誕生日迄あとひと月に迫ったある日。

教室に忘れ物を取りに戻ろうと、校舎二階の渡り廊下を小走りしていたら下からパトリックの声が聞こえた。誰かと話しているようだ。


「リリア、今日も可愛いね。もうすぐ帰らなきゃいけないなんて…凄く寂しいよ。」


「パトリック様、私も寂しいです。いつも一緒にいられたら良いのに…。」


パトリックは女子生徒と話しているようだが、その内容にショックを受ける。


「……どうゆう事?リリアって……誰?」


パトリックとリリアと呼ばれる女子生徒の丁度真上にある渡り廊下で、アデルは足を止め一歩も動けなくなる。覗き込む勇気もないし、覗き込んでもし二人に見つかったらどんな反応をすればいいのか…アデルは怒りからなのか、何なのか分からずガタガタ震える。


「でも、パトリック様は来月には婚約が正式に決まるのですよね?そしたら私達もう……ぐすん」


「あぁ…リリア。ごめんよ。婚約はどうしようもないんだ。家同士の契約だからね。でも、結婚してからも僕の気持ちはリリア、君だけのものだよ。だから…」


「パトリック様……」


それから話し声が聞こえなくなり、くぐもった声とくちゅくちゅという不快な音が時折聞こえる。

それは見なくても容易く想像出来るもので、声を出さない様両手で必死に自分の口を押さえ、心で泣き叫んだ。


「……もうこんな時間か。そろそろ行こう。」


「また明日の放課後、ここでお待ちしております。」


「うん。また明日。」


そう言って二人は別々にその場を離れた。


二人の気配がなくなり漸く息を吐く。


「また明日って…いつもの事なの?……いつから?」


考えても分からない。学院にいる時はそんな素振りを見せなかったし、寧ろパトリックの方から声を掛けてくる位だったのに…何故…いつから…どれだけ考えても答えが分からず、悔しさと嫌悪感が募った。


真っ青な顔で帰宅すると、出迎えてくれたお母様が私の表情に気付き慌てて駆け寄る。


「アデル!!貴方どうしたの?どこか具合でも悪いの?大丈夫?」


玄関先でお母様が騒いだ為、お父様にも知られる事となり、心の準備も出来ないまま事情を説明する事になった。

ついさっき見聞きした一部始終を両親に話すと、二人は激怒した。特にお父様は烈火のごとく怒りを顕にした。


「誠実な奴だと思ったのに、とんだ見当違いだったな!私も見る目がなかった。クソッ!!」


「まさかパトリックがそんな人だったなんて…。」


「不誠実な奴にアデルは勿論、この伯爵家も任せられん。直ぐ様あちらに抗議して、婚約は無かった事にしよう。あちら有責での破棄だ!!」


「そうね。仮に昨日今日の数日の事だったとしても、浮気する人は一度許されると次もきっとやるわ。信じられないし、私なら気持ち悪いわ…」


気持ち悪い…確かにそうだ。他の誰かとあんな風に口付けた人と、結婚式で誓いのキスをする…考えただけで気持ち悪い。無理だ。触れられるのも近付くのも嫌。気持ち悪い…。


「お父様、お母様。私が至らず申し訳ありません。ですが、彼とはもう無理です。婚約は破棄して下さい。お願いします!!」


「アデル、お前が謝る事はないんだ。パトリックが悪い!婿入りを何と心得るか、彼奴は分かっていない様だな。思い知らせてやる!!」


「お父様!!命を取る…なんて事はやめて下さいね。私はもう彼と関わりたくない、関わらなければそれで良いんです!」


「しかし、彼奴が今後平民になるならまだしも、何処かの貴族と結婚でもしたら社交界で顔を合わせる事もあるだろう。命とまではいかずとも、向こうから逃げ出す位には思い知らせる必要があると思うが。」


「そうよ。アデル。お父様の言う通りよ。命は取らずとも、何かしらの厳しい対応は必要よ。仮にも子爵家が伯爵家の婚約に傷を付けたのだから、今後の為にも手を打たなくては。

それに貴方に子供が出来た時の事を考えて、我が子を守る方法を今回の事でお父様からきちんと学びなさい。」


「……そうですね。私が浅はかでした。確かに、こんな甘い考えでは大切な我が子を…この伯爵家を守れませんね。お父様、宜しくお願いします。」


「ああ。分かった。任せなさい。アデルもしっかり学びなさい。これが我が伯爵家のやり方だと。」


「はい。」



それから直ぐにお父様は顧問弁護士を呼び、書類を作成し証拠となる証言を学院生から取り、完膚無きまでに子爵家当主に叩きつけ婚約破棄と伯爵家への出入り禁止を告げた。本当は家門からの除籍を命じたかったが、本婚約ではなく仮婚約状態だった為除籍は厳しいと弁護士に言われ、除籍に近い処分をと考え、許しなく伯爵家の門を潜る事を禁じる事にした。


それは実質除籍と同じ扱いになる為、子爵家にとってはかなりの打撃となり、家が傾く要因になった。


パトリックは早々に籍を抜かれ、屋敷を追い出され平民となった。

家を追い出されたその足で我が家を訪ねて来たが、当主の命令で門番は一切相手をせず、街の警備隊に通報し追い払った。


その後、厳重注意を受け釈放された後、街中をフラフラしている時に馬車に引かれ亡くなったと聞いた。


誰もが自業自得だと、また平民になった彼をいつまでも気にする者もいなかった。


相手の女性は歴史の浅い男爵家の娘で、平民だが裕福な商家の跡取り息子との縁談の話が出ていたらしい。

彼女は平民になりたくなかったが、伯爵家の婿入りがほぼ決まっていたパトリックの愛人の座を狙い近付いた。万が一関係がバレて破談になっても、子爵家の援助を受け平民になっても貴族に近い環境で暮らせると踏んでいた。が、パトリックは廃嫡されただの平民になった為、それなら裕福な商家の若奥様の方がいいとパトリックを捨てた。


当然、商家からは身持ちの悪い娘は貴族だろうと御免だと断られ、行く宛てがなくなり修道院行きとなった。浅はかな女だった様だが、それにまんまと引っかかるパトリックも浅はかだとしか言いようが無い。


私は何とも後味が悪い終わり方だと思ったが、試験や当主教育等で忙しい日々を過ごすうち徐々に忘れていった。



しかし、それは始まりでしかなかった。



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