戦闘
剣の交わる音と弓矢が飛ぶ音が鳴り響いて、戦闘がいよいよ始まった。
アミリアは仲間を飛んでくる矢から庇いつつ、自分も花弁を集め鋭く尖らせ相手に投げる。
しかし、アミリアが思っていたよりも数が多く、倒しても次から次へと相手は出てくる。
ここで麻痺や睡眠の効果がある毒の鱗粉を使えば仲間まで巻き込んでしまうし、遠くの敵には届かないかもしれない。
アミリアは打開策を必死で考える。
が、いい案は出てこないままで戦闘が長引いていく。
ドクン、と心臓の音が耳に響く。
呼吸が浅く早くなっていく。
「嬢ちゃん!!後ろ!!!」
「!!」
アミリアが振り返ると、剣を大きく振りかぶった抵抗軍の一人が背後に立っていた。
死ぬ________
アミリアは目を見開いたまま固まり動けなかった。
だが、その脳内では色々な考えが巡っていた。
自分はリュカスに助けられた。
だけど、それはきっとただの気まぐれで。
いつかは捨てられる、そんな存在なんだろう。
私は異能が開花しても所詮この程度で。
誰の役にも立てなくて。
それなのに、何故。
生きたいと思ってしまったのだろう。
「側にいたいと、思ってしまったのだろう。」
アミリアはそう言葉を零した後にゆっくりと目を閉じた。
しかし、死の瞬間はいつまで経っても訪れず、その代わりに頬が生温かい液体で濡れ、目の前には会うことを待ち望んだ人が立っていた。
「リュカス……?」
アミリアは死を前にして冷たくなっていた体が温まり始めるのを感じて、ぎゅっと自分を抱きしめる。
「取り敢えずこの辺の奴ら全員燃え尽きればいいよ。」
リュカスは普段よりも低い声でそう言ったあと、轟々と燃える炎を抵抗軍だけへと正確に飛ばす。
「皆、下がれ!!」
「悪魔大公が来たぞ!!」
「足止めの奴らは何処に行った!!」
抵抗軍の人間達が次々に叫ぶと、リュカスはニッコリ笑ってこう呟いた。
「全員、丸焼きにしたけど。」
「ギャァァ!!」
黒炎から逃げ回るその様子は阿鼻叫喚の光景で。
しかし、アミリアはこうして固まって震えている訳にもいかない、と動き出した。
黒炎が届いていない方まで走って、逃げ惑う相手を塞ぐように立つと鱗粉をその場に広げる。
「なんだこれ…体が痺れて……!?」
黒炎に燃やされる人間、痺れて動けない人間、剣で斬られる人間。
抵抗軍はあっという間に崩壊してしまった。
息を切らすアミリアにリュカスが駆け寄って、アミリアの周りをくるくる回り、隅から隅まで怪我がないか調べている。
そんなリュカスにくすくす笑って怪我をしていないと伝えると、リュカスは血液で濡れた頬を赤く染めて目を逸らした。
「…笑顔。」
「えっ?」
「笑顔、可愛いね。」
その言葉にアミリアもぽっと顔を赤く染める。
二人でどこか神妙な雰囲気を作り出してもじもじしていると、皇帝軍の一人が二人の元へと駆け寄ってくる。
「大公、と…ペットさん?お疲れ様でした!」
「ん、お疲れ様。」
「後日贈り物を報酬として送ります、疲れたと思いますので帰っていただいて構いません!ありがとうございました!」
アミリアとリュカスはそう告げられて、皇帝軍のキャンプ地に戻って休憩してから帰ることにした。
キャンプ地のテントには誰もおらず、皆後処理に励んでいるようだった。
「リュカス、先程はありがとうございました。」
「そうだよ!俺がいなかったら死んでたじゃないか!」
「でも、私は替えが利くので助けなくてもよかったのでは…?」
「は?」
アミリアは、死ぬ間際で葛藤していたのだ。
自分が死んでも変わらない、という想い。
まだ生きてリュカスの側で過ごしたい、という想い。
二つの想いが交錯して、結果アミリアは生きたいと、リュカスの側にいたいと答えを出した。
しかし、それは奥底に秘められた想いであり、余程の事が無い限り出てこないものだろう。
アミリアは目を伏せて、替えはいくらでもいる。
と悲しげにそう言ったが、それに対してリュカスは威圧するような低い声で抗議をする。
「あのねぇ?俺がペット、しかも女の子を側に置くと思う?」
アミリアは不思議そうな顔をした後にコクリと頷いて肯定的な意思を見せた。
「はぁ…俺ってそんな尻軽に見える??」
「いえ、そういうことでは…」
「俺、女の子を側に置くなんて普通しないし、こんなに優しくしたりしないから。」
「……えっと、その。」
「だから!……これ以上は言えないけど、替えは利かないから。」
アミリアは、自分を認められたような気がして微笑を浮かべ嬉しそうにそわそわと落ち着きがなくなる。
リュカスはもっと言ってやろうとしたが、そんなアミリアを見て言葉が詰まり言うのをやめた。
「…そろそろ帰ろう。体も洗いたいし。」
「はい。」
二人は停めていた馬を撫でてやり、上に乗って走らせる。
アミリアは馬の上で、黒炎で少し焦げた服の裾から香る煙の香りに頬を緩ませていた。
_____
「坊ちゃん、おかえりなさいませ。」
「ただいま、早速だけど風呂は準備できてる?」
「できております。」
リュカスはメイドに軽く礼を告げてから、アミリアの手を引いて風呂場へと連れて行く。
「先に入ってきてよ。」
「でも、リュカスも血がついてます。」
「一緒に入りたいの?」
アミリアはそう言われて恥ずかしくなったが、よく考えれば自分の体は貧相なのだから問題ないのでは?と、一緒に入ることを伝える。
リュカスは目を見開いたが、すぐにそっぽを向いてしまいその顔は見えなかった。
「…じゃあ、一緒に入ろうか。」
「はい。」
アミリアが躊躇うこと無く衣服を脱ぎ始めてしまい、リュカスは慌てて後ろを向いた。
タオルを巻くように指示をして、やっとアミリアの方を向いた。
「なんか…細…細くない…??」
「そうですね、私は貧相な体つきなので。」
リュカスはひっそりと、もっと食べさせなければとアミリアの食事量を増やさせることを決意した。
風呂場に入って二人は別々の、少し離れた場所でそれぞれ体を洗う。
一通り洗い終わり、湯船に浸かる二人の表情は柔らかくまさに極楽という様子だ。
「気持ちいいです…疲れと傷に…しみる…」
「落ち着いてきたからお腹も空いてきたね…」
同じ湯船に向かい合わせで浸かっているが、お互い少しぎこちない。
それはきっと、恥じらいによるものだろう。
そこで、神妙な雰囲気を崩したのがアミリアだった。
「リュカス、お願いがあります。」
「なぁに?」
「私は今日頑張りました、ペットにご褒美をあげてもいいと思いませんか。」
「ご褒美、勿論あげるよ。何がいいかな?」
アミリアは目をスッとそらしながらこう言った。
「一緒に寝たいです。ピュティがいないから、一人は寂しい…」
「ぐっっっ…!!!」
リュカスは心臓の辺りを押さえて俯いた。