薔薇の異能
パーティーから一日経った。アミリアは現在、リュカスに監修してもらって温室で異能を扱う練習をしていた。
「そう、力を集めるイメージで…」
「ぐ…………ふぬ………」
アミリアは顔をくしゃっと歪めながら、上に向けた手のひらに力を込める。
すると、手のひらから鱗粉を纏った花弁達が出てきて、そのまま宙に浮いていた。
「で、出た…出ました…」
「そう、それは自分の一部だから、何も考えずただ動かすようにしてみて?」
「ん……」
アミリアは目を閉じて、手の上に浮いている花弁と鱗粉の力を感じ取る。
温かくて綺麗な異能、私の欲しかったもの。
それを、手足を自在に動かすように…
「お、いいんじゃない?目を開けてみて。」
「………わ!?」
手のひらから、花弁で出来た蝶々が何匹か飛んでいった。
飛んでいった蝶々はリュカスの頭に次々と止まっていく。
「あは、俺の方に来たけどなんでかな?」
「ご、ごめんなさい…」
「いいよ、それじゃああの的に異能を当てられる?」
リュカスが指さした先には小さな的が立っており、アミリアはその的だけをじっと見つめながら手先に力を集中させる。
「……はっ!!」
すると、花弁達は集まって槍のように鋭くなり、的に向かって勢いよく突進する。
バキ、と木の砕ける音がして、見ると的は粉々に壊れていた。
「よくやったね、これなら戦場でも大丈夫そう。」
「戦場…」
アミリアは下を向いて黙り込んでしまった。
しかし、決心がついたのかリュカスの目をしっかりと見つめ口を開く。
「私も、戦場に連れて行って下さい。リュカスの役に立てるなら行きます。」
「本当にいいのかい?君まで血に塗れることはないんだよ?」
「…私はリュカスのペットですから、血に塗れるくらいがちょうどいいです。」
リュカスはアミリアがそう決心したのを聞いて、見て、ふわりと微笑みを浮かべながらアミリアの頬を撫でた。
「はは、言うようになったじゃないか。確かに、悪魔大公のペットなんだからそれくらいじゃないとね。」
________
数日後、アミリアは今日までたくさん異能の扱い方を練習し、わかったことが二つあった。
一つは、花弁達は変形が自由に出来てどんな形にもなれること。
もう一つは、花弁と一緒に舞っている鱗粉は、麻痺や睡眠等の効能がある毒の粉だということだった。
今日はその能力を発揮する本番、戦場に立つ日なのである。
アミリアは異能を駆使して抵抗軍を倒さなくてはいけない。
だが、不思議と前よりも迷いは無く、逆にリュカスのことばかり考えていた。
リュカスはこんな自分にも優しくしてくれて、あたたかくて、それに比例するように私の心は燃えていくような感覚に襲われる。
その度に私は、新しく生まれ変わっていく。
私は、どこか狂ってしまったのかもしれない。
けれど、リュカスの側にいられるのならそれでいい。
アミリアの瞳は、その想いと比例してどんどん輝きを増していく。
それは愛なのか、救ってくれた人間への執着なのか。
まだ誰も、アミリア自身もそれは分からない。
アミリアは座っていた自室の椅子から立ち上がって、リュカスの元へと向かう。
アミリアの装いはいつものドレスではなく、女性用の乗馬服に軽い鎧を少しだけ付けたものだった。
いよいよ、抵抗軍との戦いが開幕する。
アミリアはリュカスと合流した後、馬に乗り領地を離れ遠くの森へと走らせる。
暫く走った所で、皇帝軍が数人キャンプを設営して待っていた。
「大公、要請に応じて下さり感謝します。」
「いいから、状況は?」
リュカスは皇帝軍の人間とテント内に入って作戦会議を始める。
アミリアもついていこうとしたが、それは残りの皇帝軍の人間二人に阻まれた。
「おいアンタ、何者だ?戦場に女なんて珍しいじゃないか。」
「私はリュカスのペットです。」
「ペットだぁ?」
軍人二人は怪奇そうな顔をしたと思えば、ニタァと気持ち悪さを感じる笑みを浮かべてアミリアに近づく。
「女が戦場で役に立てる訳がないんだからよ、今のうちに男に奉仕するべきだよな?」
「そうだそうだ。」
そんな二人にアミリアは軽蔑の眼差しを向けながら異能を発動させる。
花弁と鱗粉を纏わせて、それを相手の顔に飛ばし軽くぶつける。
すると、二人はドサリと倒れ痙攣する。
「あ…が…動けねえ…」
「ぅ゙…異能か…?」
アミリアは一言も発すること無くテントに入ってリュカスの隣に立つ。
「ん?外の二人はどうしました?」
「あの人たち悪い人。なので私がお仕置きしました。」
アミリアは淡々とそう告げる。リュカスと作戦会議をしていた軍人達は焦ったような顔で、次々と外へ向かう。
そこには先程麻痺させた二人が倒れていたが、外傷は無く無事だった。
「麻痺…?」
「私の異能です。」
「異能持ちでしたか…!で、お仕置きとはこれですか?」
アミリアは何があったのか話すと、軍人の中で一番上の立場であろう人が頭を下げて謝った。
麻痺させた二人はそのまま数人に運ばれて馬でどこかへと連れて行かれた。
きっと皇帝の元へと帰り処罰を受けるのだろう。
「アミリア、大丈夫だった?」
「リュカス……ちょっとイライラしました。」
「でも、冷静にお仕置きできて偉かったね。俺だったら燃やしてたよ。」
リュカスとアミリアの雰囲気は暖かかったが、周りの人間の温度は下がっていた。
「ン゙ン゙っ…大公、そろそろ抵抗軍が動く時間ですので…」
「そうだね、持ち場に移動しようか。」
普通の人間よりも強い、異能を持ったアミリアとリュカスはそれぞれ別々に配置される。
分散することで力の配分が丁度よくなり偏らないで済むからだ。
アミリアは持ち場に急ぐリュカスの背中を見送り、自分も持ち場に着く。
暫く待っていると、パキパキと小枝を踏む足音が複数聞こえてくる。
アミリアは一緒に戦う周囲の仲間に合図をして、いちにのさんで飛び出した。
アミリアは瞬時に花弁で槍を複数空中に作り出し、相手の腹に向けて一斉に放った。
「ぐぁっ!」
「奇襲だ!!」