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【完結済】懸想の影  作者: 梦月みい


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第六十一章「引き寄せ」

ゆりはふらふらと、見えない何かに惹かれるようにビルの中へ足を踏み入れた。

雑居ビルらしく受付などは一切無い。雑然としたフロアに、エレベーターと階段。エレベーターに吸い込まれるように乗り込むと、すでに閉鎖されたフロアがあったり撤退したテナントマークがテープで隠してあったりと通常より寂れた雰囲気が印象的であった。

無意識に最上階のボタンを押すと、機械的な扉の開閉音が静かに奏でられて目の前で景色が遮られた。

ポン、と静かに到着を知らせる音が鳴る。

特段、扉が開く速度はゆっくりではなく一般的な速度ではあったが、ゆりには妙に重々しく勿体つけるように開いた印象を与えた。


恐る恐る足を一歩踏み出し、最上階のフロアに降り立つ。テナントは3つ程ありそうな佇まいであったが、一軒は営業時間外とプレートがかけられた年季の入ったスナック、もう一軒は閉店したらしくガラスの扉の向こう側にはバリケードのように椅子や机が積まれており、最後のもう一軒は「酒類を提供しそうな何かしらかの飲食店」のような雰囲気の名残だけ、裏返された看板やガラス扉から覗ける内装で察しがついた。それらのテナントの更に奥の方に、非常階段のありそうな鉄製の無機質な扉が見える。ゆりは真っ直ぐにそこの扉を目指し、流れるようにノブに手を掛けて回す。しばらく開閉をしたことがないような、油の足りていない「ギィ」とも「キィ」とも形容のつかないなんとも言えない音を立てて開くと、見当通り非常階段と思わしき殺風景な階段が、埃っぽさを纏って姿を見せた。エレベーターで降りたここは最上階のフロアではあったが、更に上の階へと伸びる階段がある。ゆりはやや緊張気味に小さく息を飲むと、何かに引っ張られるように階段を登り始めた。

引っ張られるのに、足が重たい。

例えるならば、魂だけがまるで無邪気な何かに「早く」と引かれているのに、身体の方は行きたくなくて踏ん張っているようなチグハグ感。

言いようのない違和感と、妙に生々しく響く反響したゆりの足音。冷たく鉄と錆の混じった手すりの匂い。

ふと急に恐怖心が湧き上がるが、「怖い」「戻ろうかな」と考える前にゆりの視界におそらく屋上へと続くであろう扉が入った。

ドアノブに手をかける。そこにゆりの意思は反映していない。

なんとなく、「開かないで」と意識の奥の更に奥の方では訴えていたような気がしなくもないが、そんな感情などお構いなしに扉は重い音を立ててあっさり開いた。

コンクリート打ちっぱなしの無機質な屋上。申し訳程度に設置されたフェンスは、酷く錆びついていて心許ない。簡単に向こう側へ超えられそうな頼りなさと、落下を防止させるつもりのなさそうな華奢で簡素なフェンスに、ゆりは「だから落ちちゃうのに」となんとなく既視感を覚えるような、苦々しい経験を想起させるような、複雑な感覚に支配された。

なぜ、そう感じたのかはわからない。

だけどここにいると、なんとなく飛べそうな気がした。

それがなぜか面白く感じて、ゆりは自然と口元が緩み、誘われるようにフェンスに近寄って下を覗き込んだ。

———やっぱり、こんなの落ちちゃう。

さも当たり前のことを無意識にそれも他人事のように考えて、何が楽しいのかまた笑いが込み上げた。

試しに飛んでみようかな、と不穏なことを考えた瞬間、風が吹き上げ流れるようにゆりに向かって来た。

「わ、っ」

思わず小さく声を漏らし、風に煽られたのかバランスを崩してその場に尻餅をついてしまう。

「……ふ、ふふ。あはは、もう少しなのに」

服が汚れるのも構わず、その場に座り込んで込み上げる笑いを堪えずに吐き出す。一体、何がもう少しなのかは、自分の独り言ながらゆりはわかっていない。その言葉自体にも、意味があるのかもしれないしないのかもしれない。

ゆりを纏う微かな闇が影となって、形を潜めるように内側へ溶けていく。


一頻り笑って満足したのか、ゆりはふうと大きくため息を漏らして立ち上がる。

淡い水色のコットンワンピースについた汚れを叩いて払うと、ゆりは振り返らずにそこを後にした。


「———ただいま」

「お帰りなさい、パパも帰ってきてるわよ。晩ご飯にしましょうね。手を洗ってらっしゃい」

「うん」

いつもの「日常」が、ゆりに盛大な違和感を植え付ける。

どうやって帰ってきたのか、わからない。どこに行って、何を見つけて、何を感じたのかも覚えていない。

何もわからないことが不安で気持ち悪かったけど、どうしてか何かを見つけた清々しいような気分になった。

「お、悠理。調子良さそうだな。何かいいことでもあったのか?」

正面に座って味噌汁を飲む父が、ゆりに問いかける。

「……、…ん、まあね」

返答が一拍遅れた。

調子は、妙にいい。

「今日はどんな1日だったんだ?」

「えーとね、今日は……」


———気持ち悪い。

早く、見つけないと。この隙間を埋めないと。満たさないと。

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