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【完結済】懸想の影  作者: 梦月みい


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第六十章「寄る」

とろとろのスクランブルエッグと、カリカリのベーコン。ふわふわのバターロールと小さなガラスの器に盛られたブロッコリーとトマトのサラダに、インスタントのコーンポタージュ。

お手本みたいな朝ごはん、とゆりは思いながら定位置に座ると、母がゆりの前に牛乳の入ったコップを置いた。

「ちょっと張り切り過ぎたかしら、多かったら残して大丈夫だからね」

「うん、ごめんなさい」

無意識にゆりの口からは『ごめんなさい』とついて出るが、これは最早染み付いた癖のようなものであると両親は理解しているため特に訂正を挟んだりはしなかった。

「いただきまーす」

「はーい、召し上がれ。ほらアナタもテレビばっかり見てないで」

「ああ、すまんすまん」

一般的な団欒を、ゆりは知らない。これは普通なんだろう、と考えながらコップに注がれた牛乳を半分程一気に流し込んだ。

────牛乳、にがてなんだよな…

その事は口にせず、食事で牛乳を流し込む。怒られないように、母の気に触らないように、間違えないように。

元々食が細めだった事と、昏睡していた期間を経て相当に胃が小さくなったらしいゆりに配慮してかなり少なめに配膳してくれていた食事は、6割程食べたところで進まなくなってしまった。

「……悠理ちゃん、無理して食べなくても大丈夫よ?」

「ち、ちがう…!ごめんなさい、ごめんなさい食べられる!おかあさんごめんなさい!!」

母の配慮の言葉が、かつての母だった女性の面影と重なった。きっとかつての母なら「そんなに私の作ったご飯が不味いのか、なら食べるんじゃないわよ!」とヒステリックに叫んで髪を掴んで食器に打ち付けられていただろうに、真逆の優しい言葉が何故か過去をフラッシュバックさせて何年かぶりにゆりは激しく取り乱してしまった。

それを見て母は慌てて、それでも優しくゆりの痩せ細った身体を抱き締めると落ち着かせるように何度も背中と髪を優しく撫でた。

「大丈夫よ悠理ちゃん、悠理。ママ怒ってないわ、ご飯は楽しく食べるのが一番美味しいのよ、おなかいっぱいなのにママ怒ることなんか何もないわ、大丈夫、大丈夫…」

「はぁ、はぁ……ごめ、なさ…ママ…」

「なにもいっぺんに食べる必要なんかないのよ、そうだ後で小さいおにぎり作ってあげるわ。小腹が空いたら食べたらいいのよ。そうしましょ」

ね?と優しく微笑む母の顔に、ゆりはほんの少しの安堵と大きな戸惑いを抱え、小さく頷いた。


「……ママ、ちょっとお散歩してくる」

「うん、気を付けてね」

少ししてからゆりはラフな格好に着替え、玄関でサンダルを履いて母に声をかけた。

お互いに少しいたたまれない何かを抱えていた為、母も特に言及せずに気晴らしに出かけるゆりの背中を見送った。

道を進み、分かれ道に差し掛かると、一方の道の少し遠くに人影が見えた。宛もない散歩である為、ゆりは人のいないもう一方の道へと進む。同じようにまた交差点や路地で人のいない方を選んで進み、どちらにも人がいなかったり人がいたりすると、敢えて引き返して先程来なかった道へ進んでみたりした。そうして少し開けた交差点に出たところで、道の一角を占拠するように花やお菓子、果物、ジュースが所狭しと置かれている。何本か線香が置いてあり、電柱に括られるように『目撃情報求む』と立て看板がある事から、死亡事故があった現場である事は容易に想像がついた。

手ぶらのゆりは近くに寄って、線香の独特の香りを嗅ぎながら手を合わせた。

ここで死んだ人を、知っているわけではない。無慈悲かもしれないが、正直興味もない。

形式的に手を合わせてから、無意識に供え物に手を伸ばして拾い上げた。

────わたしは、何をしている?

どう考えても倫理的ではないその行為に、ゆりははっと手元の供え物に目を落とす。誰かの目を気にするように静かに周囲に目線を投げてから、あたかも『落ちてたから拾って置き直しました』というような体を装って、供え物を置き戻した。

ドクドクと、心臓が嫌な跳ね方をしているのを感じる。

逃げるように小走りでその場を立ち去るものの、体力のないゆりは簡単に息が上がった。

くるしい、きもちわるい。

とにかく人の目が気になって、震える足でゆりは無我夢中で道を進んだ。

ようやく、人気の無さそうなビルの隙間に落ち着くと、その場にしゃがみこんで膝を抱えた。じっとりと嫌な汗が背中を伝う。先程から嫌な拍動を感じる心臓は、まるでドロドロの血液を押し出しているように脈が重たかった。


正午が近付き、日が高くなる。丁度ゆりのいるところはビルの影になり、ゆりの足元には影の中に作られた自分の影が色濃く浮き出て再び心臓が跳ねた。


────なんで、わたしは今……影を祓わないとって思ったの?


きもちわるい、きもちわるい。

もういやだ。たすけてよ、────くん!


────誰のこと?


思い出せなくて気持ち悪くて、吐きそうで顔を上げて空を見上げた。

「あ」


短く声を上げたゆりの視界には、『二人で飛び降りたビル』がいっぱいに映っていた。

そうか、探さないと。


だけど、なにを探すのかはまだはっきりしていないから、ほんの少しだけきもちわるい。

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