第五十一章「合わせ鏡」
私は小さい頃から可愛かった。
産みの母の事は、昔は嫌いだったけど今はどうでもいい。悠理を産んだ直後に自殺したと、どこかで何かの拍子に聞いた気がするけれど、どうでもよかった。なんの感情も沸かなかった。
ただ、「私を可愛く産んでくれてありがとう」とだけは常々思っていた。母も、見た目は可愛く美しかった。
そんな私の遺伝子だから、娘の悠理も顔は可愛かった。
自分によく似た栗色の髪の毛、白く澄んだ肌、色素の薄い瞳、整った目鼻立ち。
見た目が可愛いから、小さな頃は目に入れても痛くない程可愛かったと思う。母である自分しか縋る相手がいない、母である自分しか世界を知らない無垢な瞳に映る、可愛い自分の顔。まるで合わせ鏡のようだとすら思っていた。
なのに、今にして思えば反抗期、というものだったのかもしれない。
悠理が突然、私に「いや」とか「きらい」とか言い始めたから、可愛くなくなった。
だから私は、私を「可愛い」「綺麗」って、愛してくれる人に縋るしか無くなった。男の人はみんな、私の事可愛いって言って私に夢中になる。男の人は誰だって、私の身体が綺麗だって言って、欲を私に向けてくる。
────ほら、やっぱり私は愛されてる!
そう思ったら、満たされていく。
器の底に、穴が空いていて中身が零れていくのも気付いていたけれど、上からまた「愛」を注いでいっぱいにすればいい。
私は可愛い。
私は美しい。
だから私は、誰からも愛されている。
それでも由仁は、自分という存在に意味がないことを、どこかで理解していた。
由仁は嘆いている。
相変わらず、歪んでて捻くれてて、自分本位で。見た目こそ、由仁のいう通り「美しく」はないのかもしれないが、由仁が由仁たらしめる本質こそ全く変わっていなくて、千歳は愛おしくてたまらない。
この歪みはまさしく自分の遺伝子である。
千歳が世界で一番愛した女との結晶である由仁。
千歳が世界で一番幸せであれと願う悠理。
そして千歳が、世界で一番可愛いと思う由仁。
「由仁」
「何よ!うるさい!黙れ!喋るな!!!」
「由仁、可愛いよ。君はいつでも、世界で一番、誰よりも何よりも可愛い。美しい」
「…、…ッ、な、そ…そんな…口からでまかせ…!」
「可愛いよ。僕が嘘ついたこと、ある?」
あからさまに動揺した由仁の曇った双眸を覗き込む。その瞳は戸惑いに揺れていて、千歳は自分の一言にこんなにあっさり一喜一憂する由仁がそれはそれは可愛くて堪らなかった。
現に千歳は、かつて由仁が千歳に「私のこと一番愛してる?」という陳腐な質問にも、悪びれることなく「愛してるのは由良だよ」と言ってのけたこともあった。
「さ、由仁。きちんと僕のところに帰ってくるのなら、僕は君を生涯可愛がって愛してあげられるよ」
「…あい、して…くれる…」
「そ」
千歳は短く返事を返すと、由仁の傷んで乱れた髪をそっと撫でた。
「由仁、君は可愛い。美しい。僕なら君をまた『整えて』あげるよ」
そう、風呂場で綺麗に隅々までその身体を磨いてあげる。
髪も綺麗に整えてあげる。
肌も美しく保てるように、愛してあげるよ。
人形のように綺麗に着飾って、愛玩動物のように目一杯愛でて、そして千歳の所有の女である証明にその身体の隅々まで余すことなく愛して可愛がってあげる。
覚えてるよね?僕が君をいかに「愛して」いたか。
悪魔のような千歳の囁きに、由仁は揺れ動く。
「君は僕がきちんと愛してあげる、なのに君が他に執着しているのは僕に対してフェアじゃないと思わないかい?」
「……え、ど、…ちとせ…」
戸惑いに揺れる由仁の瞳を見て、千歳はもうひと押しかなと呑気に考える。
「君は僕のことだけ、愛してくれないの?」
その言葉が、由仁にとって決定打になった。
「可愛い由仁、一緒に行こうね。僕と。ずっと」




